分野編

第5講 密室とは? 

 密室とは読んで字の如く、密閉された部屋のことです。

 政治上の話ならばこれはおそらく「外部から中を見ることができない室内での密会」を示しますが、ことミステリーにおいては少し意味が違います。

 多くの場合、この二文字は「外部との連絡が絶たれた室内における犯行(あるいは殺人)」を示します。


 鍵のかかった部屋の中での殺人。あるいは、雪が降ったり雨が降ったりして、「その部屋に辿り着くまでにはどうしても足跡が残らないと不自然」というような環境での殺人。もしくは上記と同じ条件下の中での凶器の消失。パターンは色々あります。「鍵がかかった空間」もしくは「外部からアプローチがあると足跡が残る」。これらに共通するのはそれが物理的であれ心理的であれ「空間的に遮断されていること」です。外部から手を加えられない不可能状況の演出。これこそが密室の本質です。


 さて、この密室の作り方ですが、まずは密室の種類について考えるのが早いでしょう。以下にまとめます(以下、『*』で挟んだ箇所には、エドガー・アラン・ポオ『モルグ街の殺人』コナン・ドイル『まだらの紐』横溝正史『本陣殺人事件』貴志祐介『硝子のハンマー』ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』のネタバレを含みます)。



 一、厳密な密室ではない。

 第1講で話した『モルグ街の殺人』はこれに当たります。人が通れない高さかつ人が通れない大きさの窓からある生き物が出入りしたことで殺人が起こります。シャーロック・ホームズシリーズの『まだらの紐』も同様ですね。要は完全に締め切った空間ではなく、特殊な条件さえクリアすれば外部からのアプローチが可能な環境、ということです。ドアに鍵がかかっていて窓も閉め切っていたけれど、猫用のドアがあってそこから出入りはできた、というような。


 二、外部から鍵をかける手段があった。

 犯行自体は室内で行い、犯人は部屋の外に出る。その後外部から何らかの機械的手段を用いて「内側から鍵がかかっているように」見せかける、あるいはというものです。肩透かしのようですが意外とこのパターンは多いです。例えばドアを閉めた後にドアの上の隙間からかぎ針と糸や針金などを垂らしてドアの鍵を弄る、などといった手法が代表的です。凶器の消失だけならこの手法はやりやすく、例えば『本陣殺人事件』では凶器に使われた日本刀が糸のトリックによって室内から持ち出され、庭に刺さったことで「犯人が外に出た」ように見せかけています。


 三、時間的要因や偶然等により完全な密室内で犯行が起こり、その後「犯人が消えた」かのように見えた。

 かなり美しい形の密室です。例えば「室内に入った被害者が室内にある機械的な仕掛けで絶命。その後証拠となる機械的な仕掛けそのものも消失してしまう」というようなもの(例えが分かりにくいか……)です。機能的な面を見れば文字通り「ありんこ一匹通らない」「酸素さえ通るか怪しい」という完全な密室を作れるのでこれが作れるミステリー作家はかなり腕がいいと言えます。「密室そのものが凶器になった」という『硝子のハンマー』のような例がありますが、個人的な一番はやはりガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』でしょう。様々な要因が綺麗に重なった結果、密室という環境ができてしまっているという作品です。1907年に発表された作品ですが、未だに多くのミステリー愛好家から「全ての密室モノの至高である」という評価を得ていると思います。



 では、これらの密室を作る方法について少し考察してみたいと思います。

 一、はかなりやりやすいと思います。厳密な意味での密室である必要がないので。例えば「子供が通れる」だとか、「特殊な体勢をとれる人なら(リンボーダンスみたいな)通れる」というような条件にしてしまえば、後は出入り自由なのでやりたい放題です。問題は、如何にして「通れなさそう」に見せるか、です。


 二、はやや難易度が上がります。物理的に「可能かどうか」が大事になってくるので、実際に糸を使ったトリックをやってみて可能かどうか調べたり、ノートに書きだして条件を整理してみる必要があるでしょう。


 三、はかなり難易度が高いです。考えてみれば分かると思うのですが、何らかの装置で人を殺した場合、その装置そのものが証拠になってしまうので形としては綺麗ではない。例えば「明らかにナイフで刺し殺されたのに室内にはナイフが見当たらない」状況で「ありんこ一匹通れない」環境だったらこれはもう相当美しい密室です。芸術性が高い。


 さて、今しがた「芸術性が高い」と言いましたが、実はこの密室殺人というのはかなり「現実性がない」ものであり、フィクションだからこそできる演出になっています。実際に、例えばあなたが誰かを殺したかったとして、手間暇かかるこのような手を使うのか、という疑問は多々あるでしょう。つまり密室モノを扱うミステリーにおいては犯人が密室を選んだ理由を如何に自然に見せるか、が鍵になってきます。


 とはいえ、密室殺人はやはりミステリーの花形。

 これに挑む作家は数多くいます。


*総括


・密室とは?

 外部から連絡を絶たれた室内における犯行。不可能状況にフォーカスした作品になるので現実性の演出が肝要になるが、ミステリーの花形。

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推理作家は語りたい 飯田太朗 @taroIda

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