夏休み、君と二人で

内山 すみれ

夏休み、君と二人で


「美味しいかき氷が食べたい!」

「いきなりどうしたんだよ」


 夏休みの課題に取り組んでいたはずの恵子が両手を上げて、そう言い放った。俺はそんな彼女の様子に苦笑する。


「うちでね、去年かき氷機買ったのよ。でもろくに使わないまま夏が終わってさ。今年こそは食べたいなって思って」

「へえ」

「今年の夏ってとにかく暑いじゃん?梅雨が遅かったせいなのか、ムシムシして余計暑く感じるわけよ」

「確かに」

「そこで!かき氷機の出番だよ!」

「課題は終わったのか」


 すかさず突っ込みを入れると、恵子は分かりやすく息を詰まらせた。が、笑顔で俺の腕を掴み、立たせようとする。


「まあまあまあ!いいじゃんいいじゃん!祐介も涼しくなるよ!」

「……はあ。仕方ねえなあ」

「さすが祐介!愛してるう!」

「おま……そういうの軽々しく言うなよな」

「あはは、祐介だから言ってるんだよ」


 恵子の言葉に心臓が跳ねる。彼女の言葉はイマイチ本気なのか冗談なのか分からない。頬に熱が集まるのを感じながら、彼女の部屋を出てキッチンへと向かう。氷は既に作ってあったようだ。


「シロップは三種類あるよー」


 そう言って彼女が取り出したのは、イチゴ、ブルーハワイ、抹茶だ。


「……お前が好きな味しかないのな」

「へへ、まあね」

「じゃ、俺はこれ」


 俺はその中から抹茶を選ぶ。


「おっ、お客さん、シブいねえ!」

「何がお客さんだ」

「もう、のっかってくれてもいいのに。あ、トッピングに小豆あるよ」

「お、いいな。……やけに用意がいいな。お前、さては今日かき氷作る気でいたな?」

「あ、バレた?」

「……はあ。折角課題見てやるって言ったのに」

「お礼だよ、お礼!課題見てもらうお礼!」


 俺と恵子は幼馴染で同級生だが、恵子は勉強がからっきしダメだった。俺は天才や秀才ではないが、彼女よりは成績がいい。人に教えるのも勉強には効果的だとテレビで言っていたので、俺は夏休みの宿題を彼女とすることにしたのだ。……というのは建前で。本当は、彼女と夏休みも一緒にいたいのだ。愛してると軽口を叩く彼女に心臓を跳ねさせては落胆しているが。俺は今、純情で不毛な片想いをしている。


「よし、じゃあ作るよー!」


 恵子の用意したかき氷機は電動のようだ。氷をセットして、スイッチを押す。ガガガガガッと機械音がけたたましく部屋に響く。あっという間に、二つの器に小さな氷の山が出来上がった。彼女はイチゴ、俺は抹茶のシロップをかける。トッピングに彼女は練乳、俺は小豆を加える。


「いただきまーす!」


 元気よく手を合わせ声を上げた恵子は、スプーンで氷を掬い、口に入れる。


「ん~~~!美味しい!やっぱり夏はかき氷だね」

「……ああ、美味いな」


 一口一口噛み締める恵子は幸せそのものといった顔だ。俺は横目で彼女を盗み見る。こういう単純なところも可愛いなと思うのは惚れた弱みなのだろうか。


「かき氷ってさ、コタツで食べたらどうなるんだろう?アイスみたいに格別なのかな」

「いや、冬じゃないんだから」

「あはは、確かにそうだね」


 恵子は笑いながら再び氷を口に入れた。器はあっという間に空になり、彼女は名残惜しそうに器を片づける。


「美味しかったね!あ、そうだ!勉強のオトモにお菓子持っていこうよ!この前買ったうなぎパイあるよ!」

「……お前、勉強から逃げてないか?」

「そ、そそ、そんなことないよう!」


 恵子はうなぎパイとその他テキトウなお菓子を持ち、自室へと戻る。俺の予想とは対照的に、彼女は真面目に課題に取り組み始めた。一時間ほど経過し、今日の目標である課題が終わった。


「やったー!終わったー!」


 達成感にそのまま身体を横たえる恵子。寝ていても分かる豊満な胸に目がいき、俺はそっと目線を外す。気が付けば時刻は五時を過ぎていた。オレンジ色の夕日が窓から差し込む。


「……そろそろ帰るわ」

「そっか、もうこんな時間か」


 彼女は、俺の勘違いでなければ、少しばかり寂しそうな表情を見せた。家は隣同士だが、俺の家の玄関まで見送ってくれるそうで、俺は彼女に見送られる形で玄関のドアを開ける。


「あっ、祐介!」


 何かに気付いた恵子が声をかけてきた。


「何だよ?」


 振り向いた俺の左腕を掴み、引っ張る恵子。頬に、何かが触れた。


「忘れ物だよ!愛してるって、冗談で言うわけないじゃん!気付けよ馬鹿!」


 顔を真っ赤にした恵子が声を上げる。まさか、頬に触れたのって……。つられて俺の顔も熱を帯びていく。


「ちょ、お、おま……!」

「返事は明日でいいわよ!またね!」


 そう言い捨て、帰ろうとする恵子の左腕を掴む。


「お、俺だって!お前のこと……!」

「……なに?」

「……あ、あい、…てるよ!」

「ちょっと!大きな声で言いなさいよ!」


 照れて小声になってしまった俺に、彼女はすかさず突っ込む。


「……ちゃんと言えるようになったらまたキス、してあげる」


 頬を赤くしながらそんなことを言う恵子。悪戯な笑みが少しばかり憎らしい。


「お前、言ったな?!」

「ええ!言ったわよ!」

「絶対に言ってやるから、待ってろよ!」


 俺はそう言い放ち、勢いで玄関のドアを閉めた。心臓はまだバクバクしている。何だよ、両想いじゃねえかよ。じわじわとせり上がって来る喜びに口元が緩む。

 俺達の夏休みは、始まったばかりだ。


Fin.

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