あそこに神様がいる

@aikawa_kennosuke

あそこに神様がいる

僕が小学生のころに起きた話です。




僕が通っていた小学校には通常の学年クラスとは別に、「ひまわり学級」というクラスがありました。


いわゆる特別支援学級というやつでして、知的障害のある生徒や通常通り学習を進めるのが困難な生徒が所属していました。




僕の学年にもひまわり学級に入っている生徒が一人いて、学校では「しんちゃん」と呼ばれていました。




しんちゃんは大柄な男子生徒で、身長も高く、それでいてまるまると太っていました。


しんちゃんは基本的にひまわり学級の方にいましたが、通常の学級にも所属はしており、「せいかつ」の時間やホームルーム活動等はときどきクラスに参加していました。




しんちゃんがどのような病気を抱えていたかなど、詳しいことは分かりませんが、いろいろと問題がある子ということは僕たちも学校生活を送る中でなんとなく察していきました。




例えば、


目の前を歩いていた生徒の頭に、急に噛みつき怪我をさせた


全校集会中、大きな声で突然「もう帰りたいよう」と喚きたてた


図書館の本を何冊も破き、投げつけた


等、いろいろな事件がありました。




話しも通じず、大柄で、何をするか分からない暴力的な生徒ということで、学級・学年全体で彼のことを恐れるような雰囲気がありました。






そのしんちゃんが、ある日から変なことを言うようになったんですね。




その日はホームルーム活動でしんちゃんもクラスに参加していて、僕のちょうど目の前の席に座っていました。


しんちゃんの横にはひまわり学級の担任の先生がついているのですが、しんちゃんが妙にそわそわして、その先生となにやら話しているんです。




こんなことを言っていました。




「あそこに神様がいるよ」




僕たちの教室は、校舎のその階で、一番端に位置していました。


そのため教室の出入り口は一つしかなく、生徒側から見て教壇の右手にその出入り口がありました。




しんちゃんは教室の右端の席に座っていたのですが、教室の出入り口の方を見ながら何度も言うんです。




「あそこに神様がいる」




付き添いの先生は


「そんなものいないでしょ? ほら、ちゃんと先生の話を聞きなさい」


といった感じでしんちゃんを注意していました。




しんちゃんがクラスにいる時、必ずと言っていいほど、そのようなやり取りが何度も続くんです。




僕たちも特に取り合わず、しんちゃんにはあまり関わらないでおこうとしていました。






ところが、ある日のこと。




その日もホームルームか何かで、しんちゃんもクラスに参加していました。




また、付き添いの先生に言うんです。




「あそこに神様がいる」




そういった発言は何度も耳にしていましたから、僕らも先生も取り合わずにいました。




けど、その日はしんちゃんがすごく執拗だったんです。




先生の袖を引っ張りながら、


「ねえねえ、どうしよう。どうしよう。」


と言い始めました。




あんまりしつこかったので、付き添いの先生が一度しんちゃんを叱ったんですね。


しんちゃんは静かになったのですが、また言い出すんです。




「あそこに神様がいる」


「どうしようか。どうしようか。」




先生にまた怒られるぞ~、と内心思いながら僕らもそれを聞いていました。




その時、突然しんちゃんが立ち上がったんです。




「あっ!!」




と大きい声をあげて。




そして、横にいた先生を突き飛ばしたんです。


僕らはあっけにとられていました。




そして、しんちゃんは教室の後ろに向かって駆けだしました。




教室の隅で立ち止まると、しゃがむような姿勢をとって言うんです。




「神様がこっちにくるよ! 助けて!」




何人かの生徒が駆け寄ろうとしましたが、制止され、先生が駆け寄りました。


先生は必死に「大丈夫?大丈夫?」と訊いていました。




しかし、しんちゃんはまるで先生が見えていないかのように、教室の出入り口の方を凝視していました。




「神様が怒ってる!! 怖い! 助けて!」




そんなふうに大声で叫んでいて、教室中を異様な空気が包んでいました。




そして、しんちゃんはより一層けたたましい叫び声をあげました。




「あああ!! 痛い痛い痛い!!!」




しんちゃんは自分の右腕の肘辺りを押さえていました。




そして次の瞬間、


しんちゃんの腕がひとりでに回っていったんです。


いや、回るというよりは捻じれるとったほうが適切かもしれません。




肘と手首のちょうど間あたりが捻じれていくんです。




雑巾をゆっくり絞るように。




「痛い痛い痛い!!!」




しんちゃんは叫び続けていました。


先生も何が何だか分からず、しんちゃんの肩を揺さぶっています。




そして、




カン!!




という無機質な音が教室に響きました。




その瞬間、しんちゃんの腕がだらりと折れ曲がりました。




骨が折れた。


そう思いました。




しんちゃんはあまりの痛みに気を失ったのか、ぐったりと倒れてしまいました。




それからは大騒ぎです。


救急車が呼ばれ、担架で運ばれるしんちゃん。


この騒動の中で過呼吸になり、倒れてしまう女子生徒。


野次馬のように集まってくる他のクラスの生徒たち。




警察も来て、先生たちが事情聴取を受けていたので、


結局、その日は僕たちのクラスだけすぐに下校することになりました。






しんちゃんはその後一か月ほど登校しませんでした。




登校し始めてからも、クラスには参加しなくなり、ひまわり学級の教室にずっといるようになりました。




しかし、結局その年度の最後、しんちゃんは隣の市に引っ越すということで、転校することになりました。




三学期最後のホームルームで、しんちゃんをクラスに呼んで簡易なお別れ会をしました。




僕はその時のしんちゃんの姿を忘れることができません。




右腕にはまだギプスが巻かれていました。


しかしそれだけではなく、顔や首元にいくつもの絆創膏が貼られ、左手の甲も傷だらけで血がにじんでいました。


そして、片足も引きずって歩いていました。


何より、以前とは別人のようにげっそりと痩せていました。




しんちゃんはお別れ会中、俯いたまま一言も話さず、ときどきはっと思い出したように教室の出入り口を見つめていました。






それっきり、しんちゃんとは会っていません。


どこで何をしているのか、生きているかすら分かりません。




ただ、ときどき思い出すんです。




あの日、しんちゃんが言っていたこと。




「あそこに神様がいる」








あそこには何がいたんでしょうか。




しんちゃんには何が見えていたんでしょうか。




仮に本当に神様だったとして、なぜしんちゃんの腕が折られたのか。






今となっては確かめることも、どうすることもできませんが、


あの教室の出入り口に何かがいて、それに気づかず学校生活を送っていたと思うと、


ゾッとするんです。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あそこに神様がいる @aikawa_kennosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ