第32話 勇者アレン
突如として魔王軍中枢となる総司令部へと現れた勇者アレン。その目的は魔王との会談だと言う。
彼は約束通り武器を預け、身体検査を行ってからクリスの前に通された。
総司令部はクリスの改造したダンジョンの中にあり、その奥は兵士たちの家族が住む居住区となっている。故郷を追われた者が多いので仮住まいの色合いが強く、部屋も家具も一様に簡素なものが多い。クリスが待つのはそんな部屋の一室だ。
「お初にお目にかかります魔王閣下」
そんな挨拶をしながら辺りを見回す勇者アレン。
「随分と慎ましく生活されているのですね。正直意外です」
「人種族の価値観ならそう思うだろう。私には立派な城など必要ない」
一通りの挨拶を終え、二人はテーブルを挟んで座る。勇者アレンの後ろには数名の随伴者がおり、今会談の見届け役となっている。彼らは勇者アレンの部下でもあり一切の口出しは禁じられているようだ。
その対面に座るクリスの背後には魔将軍とその部下が睨みを効かせている。こちらもクリスの命令により口出しはできない。
――力は強く私と同等。だが幽体に不純物が多く器も合っていない。無理やり何かを降ろされたか。
それが勇者アレンを見たクリスの印象だ。制御しきれない力を内に秘めてはいるがそれを表には出さずにいる。それが精神力の強さと暴発寸前の危うさを同時に漂わせている。
「で、この私になんの用だ」
「はい、人種族の始めた戦争は閣下や亜人たちを巻き込み、今現在では全く終わりが見えない状態となっています。私はそれに終止符を打つべく、閣下との話し合いに参上した次第です」
「ほう、戦いは望まず戦争を終わらせたいという事か。聞くだけ聞いてやる。だがその前に勇者とやらについて話せ。ただの称号ではあるまい」
現在の人種族国家は魔王軍に追い詰められ連合という形で結束している。連合はその状況から逆転の一手を打つべく各国から有能な魔法研究者を筆頭に軍部や教会から人を拠出し、魔王に対抗できる人材を作り上げる事を目的とした神聖教会を組織した。
神聖教会は神の力を人の身に降ろし強大な力を得る為の研究をしている。その力を得た者は神の遣いであり、魔王を打ち破るものとして勇者の称号を与えられる。
勇者は人種族国家にとって最後の切り札であり、民心を一点に集中させる為の象徴でもある。
「なるほど、それで私に勝てると貴様らは考えているわけか」
「ええ、神聖教会や連合はそうです。ですが閣下の力を目のあたりにした者は少なくありません。元々は私も部隊を任される軍人です。遠目にですが閣下の大魔法を拝見したことがあります」
勇者アレンはそれ以前から大隊を率いる部隊長であった。かつて戦場でクリスの大魔法を見たことがある。そして現在では勇者となり大きな力を得ている。だからこそわかる事がある。
「僭越ながら今の私の力は閣下に届くと考えています。ですがそれは力に限った話です」
魔王と勇者が同等の魔法を放ったとしよう。長年の努力と研究を積み重ねその力を得た魔王はそれを躱し、相殺し、無効化し、いくらでも対抗手段がある。それに引き換え勇者は他者より与えられた力をぎりぎりの制御下で放つしかできない。大魔法を防御する為の研究も経験もない。どちらが有利なのかは明らかだ。
「ですので私自身は閣下との勝負を望んではいません。最後の切り札であり象徴である私が負ければ人種族国家は大混乱に陥り内乱に発展するでしょう」
最後の切り札が負けてしまえばもう打つ手はない。指導層は力を失い抑え込まれていた反対勢力と力が拮抗する。連合各国で内乱が起これば元々組織化の進んでいない反対勢力は暴発に近い形となり統制を失う。それは破壊と略奪をもたらすだろう。更に魔王軍も攻勢をかける。国家は機能を失い人も亜人も全てが敵となる。弱い者を守る力は完全になくなるだろう。残るのは賊として振る舞う軍隊。それも魔王軍によりいずれ数を減らしてゆく。
「それでは本当に人は滅亡してしまいます。私はそうさせたくありません」
淡々と語る勇者アレン。しかしその拳は強く握りしめられていた。そこから彼の苦悩が見て取れる。
「それはわかった。だが貴様は、ならばどうするのか、という話をしにきたのだろう。泣き言を聞かせにきたわけではあるまい」
「そうですね……申し訳ない」
勇者アレンは背筋を正しクリスの目を見る。
「私が提案したいのは互いの象徴である勇者と魔王が手を取り、この戦争を終わらせる事です」
「具体的にはどうする」
「まずは停戦条約を魔王と勇者の名義で結びます。それを材料に連合を説得し――」
「話にならん。その時点でお前は逆賊だ。連合にとってお前の役割は兵器であって大使ではない。勝手に条約を結んで連合が納得するなら戦争などとっくに終わっている」
そもそも有利な側の魔王軍に停戦する理由などない。条約調印には勇者の大幅な譲歩が必要となる。兵器として作られた勇者にそんな権限などあるはずもない。事後にそれを認めろと言って誰がそれを認めるのか。あまりに現実味のない案はクリスにバッサリ切り捨てられた。
しかし勇者アレンはそれに答える。
「それは現実味があれば乗っていただけるととってよろしいのですか?」
「……今のはこちらの意図を探る試しか」
「反対はされるでしょうが、無碍に突っぱねるか、無計画さを利用し譲歩案を引き出すか、計画の穴をつくか。穴をつくのであればそれが埋まれば良いとも解釈できます。戦争を終わらせる気がないのなら、わざわざそんな事を教えるとは思えません」
回りくどいやり方だが、初対面なら意図を探るのもわからないでもない。クリスも敵側に自分の意図を簡単に話す事はしないだろう。魔王が戦争を終わらせる事をどう考えているか。その意志がない、できるだけ譲歩を引き出せるなら考えてもよい、できれば戦争を終わらせたい。それは言葉の端々に形となって現れる。勇者アレンはそれを見極めようとしている。
「本当に戦争が終わるなら閣下は協力して下さるのか。私はそれが知りたい。もし協力して下さるのなら、私は閣下に魂を捧げてもよいと考えています」
クリスはその目をジッと見つめた。そして嘘は言っていないと判断する。だがそれだけではダメだ。
「お前の魂などいらんがその言葉、信頼に足るものと判断できる。しかしお前にそれだけの事を成す力があるのか。そちらは信用できていない。まずは全てを話せ。何故その考えに至ったのか、どのように事を成すのか。その全てだ」
「わかりました。まずは私が何故勇者となったのか、それをお話しします」
勇者は神の遣いであり人種族にとっては逆転の一手となる。それだけならば聞こえは良い。しかしその内情はどうか。それを知る者は多くない。
神聖教会は魔王を倒す為に神の如き力を人の身に宿す研究を行った。研究であるからには実験が必要だ。神とされている様々なものを人に降ろす。それは憑く、という状態であったり、力の原理の投射であったりするが、身の丈に合わぬ強大な力は人を狂わせ暴走させる。やがてそれは絶命の道を辿るだろう。それはたった一度の成功を収めるまで続く。つまりそこには膨大な数の人体実験が必要だった事になる。
それに選ばれるのはほとんどが兵士だ。国の為に命を投げ出せる職種など他にはない。更に力を得た際には国の言う事を聞いてもらわねばならない。なので犯罪者などは選ばれないのだ。
「その選抜方法ですがほとんど無作為です。ノウハウがないのでそうするしかないのでしょうが……選ばれれば九分九厘狂い死ぬしかありません」
国の為、人の為、ある意味それは正しいのだろう。しかし神聖教会は兵士を消耗品のように扱い次々と人を死なせていた。それは指導層、そして神聖教会の保身の為の犠牲と言いかえる事もできる。彼らは闇雲に適合者を探すだけでその裏で亡くなる者など気にしてはいなかったのだ。その数は数千から万に届いただろう。それだけの数の同胞を死に追いやってなお、人体実験を続けるのは正気の沙汰とは言えない。
「それは保身の為の殺戮です。私の部下や仲間も多くが犠牲となりました」
だからといってアレンにはどうする事もできない。しかし神聖教会もいつまでもその状態は続けられない。あまりに兵士が減りすぎる、効率が悪い、外聞も良くない。そこで考えられたのがいきなり神の力を降ろすのではなく、その辺の雑霊を降ろして様子を見るやり方だ。その適合度合いの高い者が勇者の実験体となる。
「大神降ろしという方法ですが、降りてくるのは神でもなんでもありません」
降りてくるのは主に狐や狼など獣の心霊だ。それを神として扱うので力を借りたい。なので大神降ろしと言われている。実際に神かどうかは関係ない。それ自体は現代まで残っている魔法でもある。
それにより死者は減ったがいなくなったわけではない。体を乗っ取られる者が続出しその場で狂ってしまう。そうなれば彼らは研究者を守る為に殺されるのだ。
「私も部下も軍人ですから敵と戦い討ち死にするのは本分です。しかし保身の色合いが強い実験の犠牲となるのは我慢できない。それは無駄死にと変わりありません」
しかし結局のところ戦争が終わらなければこの実験も終わらない。或いは誰かが勇者になるかだ。
アレンは部隊長という立場からなかなかその実験には選ばれなかった。なので自ら志願をしてみた。もし自分が勇者となれるのなら実験を終わらせる事ができる。更に勇者の力があれば戦争そのものを終わらせる事ができるかも知れない。
アレンは大神降ろしを問題なく終え勇者となる為の実験を行った。
「私は運が良かったのでしょう。無事、勇者となる事に成功しました。ですが勇者となってわかった事もあります」
「それは……貴様の寿命か」
「はい、私はぎりぎり適合したに過ぎません。歪んだ力はいずれこの身を破壊するでしょう。なので私は決意しました。それまでに全てを終わらせる事を」
こうして勇者アレンは誕生したが、それは他より少し適合度が高いだけに過ぎなかった。その力は幽体に収まらずいつ暴走を始めるのかわからない状態でもある。
「精神力で抑えている状態だな。早ければ三ヶ月、もっても半年だ」
「そうですか……」
「だがそのような邪法など私には通じぬぞ。その身に宿っているのも格の低い邪神の力だ。神聖教会が聞いて呆れる」
「その辺はなんとなくわかってはいます。勇者は神の遣いなどではありません。ですが邪神の力であろうとするべき事をするまでです」
勇者となったアレンは考えた。全てを終わらせるにはどうすれば良いのか。勇者となり得た力、それはかつて見た魔王の力と同等ではあるがそれだけだ。実際に勝負をして勝てるとは思えない。そこには勇者になったからこそわかる格の違いがある。今更死ぬことを恐れてはいない。しかし時間の限られた命だ。できれば有効に使いたい。ならばどうする。
「私にできる事は一つだけ。それは閣下、あなたの命を奪う事。それしかありません。ですが普通に戦えば私は負けます。なのでハンデを頂きたい」
「ふっ、ハンデときたか。こちらの一方的な譲歩なら聞くに値しない」
「わかっています。私に差し出せるのはこの命と魂、それと終戦の確約です」
「終戦の確約だと?」
その言葉にクリスは反応する。戦争を終わらせたいのは自分も同じだ。しかしいくら考えてもその方法はなかった。本当に戦争を終わらせられるのなら、聞く価値はあるだろう。
「それには勇者と魔王だけでなくその配下の者たちの協力も必要になります」
勇者が魔王と戦い負ければ連合は大混乱に陥るだろう。しかし命を失ったとしても魔王を倒せればどうなるか。それは連合にとって大いなる勝利だ。世界を滅ぼす魔王を討ち取る。人々は救われる。そこに終戦のタイミングがある。
連合の指導層もいつまでも戦争を続けたいとは思っていない。仮に魔王を討ち取ってそのまま戦争を継続しても魔王軍優位は変わらない。それをしても大打撃は免れない。なので一定の成果を以て終戦とする。彼らにその名分を与えてやるのだ。
その手柄をあげたのは勇者であり、勇者なき後その配下たちが発言力を持ち終戦に導いていく。彼らが勇者の代弁者となるのだ。その言葉に民心も動くだろう。指導層もその功績を認めないわけにはいかない。戦争をやめるタイミングを逃すのか、これ以上の成果はないのだ。その言葉に納得しない者は多くないはずだ。
「私の仲間となる友軍や配下には既に話してあります。私の命はそちらの成果として使ってほしいと思います」
「互いの象徴を失ったのだから戦争はやめるべき、という事か。こちらは私が事前にそう言いくるめろと」
「はい、それには勇者と魔王、双方が死ななければなりません」
「それでハンデという事か。どのようなハンデを望む。言っておくが茶番はお断りだ」
「はい、互いに防御一切なしの一発勝負。私が閣下に並ぶのは力のみ。魔法の威力、それだけの勝負です」
なるほど、それなら勇者アレンは対等に戦える。自身は確実に滅びるだろうが魔王を倒せる可能性は高い。
「なるほどな。そうなれば終戦に導ける可能性はあるだろう。しかしそれが確約と言えるのか」
「確約の証拠となるものは何もありません。ですが私は仲間を愛し、信じています。この交渉が失敗すれば私は仲間もろとも死ぬ事になるでしょう。それだけの覚悟はしています」
「仲間もろとも?」
「はい、私はここへくる直前、神聖教会の人員を皆殺しにし、全ての資料を破壊してきました。それは二度と勇者を生み出さない覚悟であり、凱旋以外に戻れない覚悟でもあります」
もちろん自分は死ぬつもりなので凱旋などない。それは仲間の凱旋だ。現状、勇者とその配下は反逆者となっている。それをひっくり返す事ができるのは魔王を討ち取る事のみ。それさえできてしまえば神聖教会の件を避ける方法はある。その発言力は想像を越えるだろう。話を通してある友軍も了承済みだ。指導層も勇者に加えてそこまで敵に廻したくはない。魔王の死にはそれだけの価値があるのだ。
「つまりお前は最初から逆賊だったわけか。全ての退路を断ってここにきたと」
「そうなります。私と仲間の破滅は閣下に委ねるしかありません」
「それが貴様の覚悟であり終戦の確約という事か」
それは仲間の命を道連れにする覚悟なのだろう。それだけ信頼している、信頼してもらっている。その絆こそが確約の意味だ。
クリスも無駄に死にたいとは思わないが復讐を始めた時から死ぬ覚悟などできている。だからこそ考える。勇者アレンの話に命をかける意味はあるのか。それだけの価値はあるのか。何より戦争を終わらせる事ができるのか。
「ふむ……」
明らかに格下の勇者。既に退路を絶ち仲間の犠牲にも了承を得ている。そこまでして望んだ会談。彼は無条件に命をよこせと言っているのではない。対等の勝負を望んでいるのだ。その為に差し出すのは自分自身だけでなく仲間の命さえ含まれている。
クリスはそこに自分の持つ以上の覚悟を見た。その覚悟が未来を作る可能性を見た。それは袋小路から抜け出す針の穴のようなものかも知れない。しかしその穴は確実に開いている。勇者と魔王はその穴を強引にぶち破る事ができるのか。
「いいだろう。貴様の馬鹿げた提案に乗ってやる。しかし勇者の魔法で私が死ぬ保証はない。一切の防御を捨ててもな。それだけ私は強い。だからこれは賭けになる。貴様の犬死にで終わる可能性もある。それで良いなら受けてやる」
すると勇者アレンは椅子から立ち、その場に跪いた。
「閣下、心の底から感謝いたします。私は死してなお、この恩を忘れる事はないでしょう。閣下に永遠の忠誠を捧げます」
数週間後、勇者と魔王の勝負が行われた。その結果は歴史に記されているが、それは正しい歴史ではない。
大魔王クリスティア・ヘレンゴードはその時、修羅の獄へ堕ちたのだ。
魔王と征く修羅のダンジョン テリオス @nekonect
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