第31話 修羅への道


 かつての小国家ヘレンゴードが消滅した。その話は瞬く間に世界各地に広がっていった。たった一人の魔術師が小さいとは言え国を消し去ったのだ。

 近隣諸国はそれを確かめるべく調査団を送りすぐに事実関係を調べた。ヘレンゴードのような小国は国家としての機能をほぼ王都に集中させている。厳密に言うと周りにある村落は残されているが、国家機能は完全の失われており、その再建は不可能と言える状態だ。それを知った各国には少なからず衝撃が走った。

 中でも逃された騎士により直接情報をもたらされたグラントは危機感を募らせただろう。たった一日で国がなくなる程の力。しかもその国は自分たちの傀儡国家だ。それをした人物はグラントを名指しで潰すと言っている。当然ながらその人物には一切の攻撃が効かず、守りの要となる並居る騎士たちが動く事さえできなかったと報告されている。

 とは言えそのような報告をあり得ないと切り捨てる者も少なくない。

 たった一人の女など騙してでも殺せ。隙をつけばどうとでもなる。そいつさえ殺せば終わりではないか。何を恐れているのか。

 国家の指導層に近ければ近い程、弱気な発言は許されず、それは強気な発言に覆い隠されてしまう。

 そしてそれはグラントの敵対国家にも言える事だ。今回の件をこれ幸いとばかりに高みの見物を考えているが、そこには当然危機感がない訳ではない。

 ヘレンゴードを消滅させた力がグラントを同じ目に合わせれば。それが自国へと向けられたら。そう考えるのは当然だろう。

 何故ならそれらの国家はグラントを真似て亜人を迫害してきており、それを助けたのも強力な力を持つ女性魔術師だとわかっているからだ。その両者を結びつけるのはそれ程難しい事ではない。つまり彼らは既にクリスティア・ヘレンゴードを敵にしているのだ。

 だがその度合いはまだ軽度とも考えられる。絶対的な敵対には至っていないとも考えられるだろう。グラントの敵対国家は密かにクリスティア・ヘレンゴードへ接触を図りその力を我が物にしようと画策し始めた。

 しかし先に述べたようにクリスティア・ヘレンゴードを侮る者は多い。たった一度の成果を眉唾ものと考える者がいないはずがない。使者となるのは国の威厳を保つ為に高位貴族が選ばれる。彼らの言い分は一様に同じ内容だ。グラントから守ってやる。女一人では大変だろう。我が国に仕えさせてやる。なんなら自分の女にしてやっても良い。

 相手を下に見るばかりか下心剥き出しの態度。そんな話をクリスが受け入れるはずもなく、国家の威厳と下らぬプライドの区別をつけられない者はその場で殺された。

 更に謝罪をしてその場を逃れた随行者は彼女の元に多くの亜人が集まっている事を報告する。それは自分たちが虐げていた者たちと強力な力の融合を示す。

 クリスからすると以前、自分の魔法の試射の為に彼らを利用した経緯があるので、亜人たちが力を付ける事に協力するのも吝かではない。それが後に魔将軍となる者たちの始まりだ。しかしそうなるとそれは人種族国家との決別とも言えるだろう。

 クリスはグラントの都市を一つずつ潰し始めた。たった一人の人間が一日で一つの都市を消滅させる。部隊編成も何もかもが間に合わずグラントはひと月とかからず壊滅した。

 大国グラントでさえやすやすと破壊する力、それに戦々恐々とした周辺国はグラントと敵対していたにも関わらずその国を擁護し始め、クリスティア・ヘレンゴードを人を絶滅させる悪魔だと唱え始めた。多くのプロパガンダは彼女を悪と定義し、その名を魔王と定めた。

 周辺国からすると自分たちと同じ人種族がそれだけの力を持ち敵対している構図は良いとは言えない。元を正せば魔王を生んだのはグラントではあるが自分たちもその魔王と敵対している。ヘレンゴード王家を滅ぼしたのも亜人を迫害したのも今となっては同義。その責任は誰にあるのか問われた時、彼らはその答えに窮するだろう。だからこそ、彼女は人ではなく魔王でなければならないのだ。

 この時から小国家ヘレンゴードのあらゆる記録は消されていった。そんな国家はあってはならない。同じ人種族から魔王は生まれてはならないのだ。

 魔王ヘレンゴードはそのような経緯で生み出された。それは徹底的な人の都合によるものだ。それが後の歴史観に大きな影響を与えている。

 しかしクリスは自分を魔王と呼ぶならそのように振る舞ってやろうとも考えた。自らを魔王ヘレンゴードと名乗り、多くの国家を巻き込む大戦争へと発展していくのだった。

 派遣された軍隊は主な標的を亜人とし彼らを撃破してゆく。彼らは魔王を差し出せと意気込みながら声を発し、多くの亜人を殺していった。それに激怒したクリスは軍隊を片っ端から旬滅させる。そして亜人を本格的に鍛えだし、魔将軍を筆頭に部隊を構成させた。それは魔王軍と呼ばれるようになり劣勢だったのも束の間、すぐに強力な軍隊へと育っていった。魔王軍は虐げられていた亜人組織や小国家からの支援を受け巨大化してゆく。それに伴い拡大した戦線は各国に飛び火してゆく。強力すぎて抗う事さえできなかった人種族国家は徐々に劣勢へと追い込まれ始めた。そしてその形勢はあちこちで逆転しだしたのだ。

 その中でもクリスの力は余りにも強大だ。どこの戦場でも魔王が現れたとなると大騒ぎとなり、将校たちは先を争うように逃げ始める。一撃で本陣まで破壊されるのだからそれも当然だろう。

 やがて各国では戦争責任を追求する者が現れる。何故あのような怪物と敵対したのか。今までにどれだけの被害を出したと思っているのか。

 大国の戦争は主に経済を主軸とした戦争だ。資源、食料、土地を奪うのが主な目的となる。しかし亜人や魔王はその犠牲者。彼らの戦争は経済など関係ない。自らの命を守る為、憎しみを、恨みを晴らす為の戦争となる。

 大国は相手を殺し尽くすまで戦争はしない。それでは利益もなくなるからだ。しかし魔王軍は違う。憎しみの戦争は相手を殺し尽くす可能性さえある。大国にいながらもう戦争をしたくない者たちはそのようになってほしくはない。その責任の所在を追求するだろう。

 しかしそれでも戦争は止まらない。責任の所在は指導者にあり、その指導者が責任を認めれば彼らは破滅するからだ。敗戦や和解で莫大な損失は取り戻せない。責任などとりようがないのだ。だから何がなんでも彼らは戦争を続ける。どれだけの犠牲者が出ようとも。


「そうなると戦争はいつまでも終わらなくなっちゃうね」

「ああ、私もその頃そう思い始めていた」


 怒りに任せて始めた大戦争。しかし気づけばクリスの復讐はとうに終わっている。それを果たした当時こそ満たされない復讐心を引きずってはいたが、今となっては戦争の意味を感じなくなっていた。魔王軍はますます強くなり人を滅ぼさん勢いで戦いを続ける。クリスはそこに疑問を感じ始めた。

 腐った人間などどこにでもいるしそれは亜人も同じだ。絶滅させない限りいなくはならない。だからといってそれはクリスの望んだものではない。その過程で罪のない者も多く殺しているはずだ。そんな事をクリスは望んでいなかった。

 その頃からクリスはどうすれば戦争を終わらせられるか考え始めた。考え始めてはいたがそれでも惰性で戦争は続く。クリスは戦争を始める事はできても戦争を終わらせる事はできなかったのだ。

 世界を絶滅させる大魔王、そのプロパガンダは現実味を帯びてきている。


「そう考えていた辺りでこれが生えてきた事に気づいた」


 それは頭に生える二本の曲がりくねった角。クリスはそれをそっと触りながら話を続ける。人を殺して殺して散々殺した挙げ句、頭に角が生えてきたのだ。そして角は少しずつ成長し、やがて今の大きさとなった。


「もう人を殺す事など何も感じなくなっていた。麻痺していたのだろうな。この角を見てそう感じた。私はいつしか鬼になっていた。修羅になっていたのだ」


 クリスは魔王軍の征服したとある街を視察した。そこにいた人々は沈んだ表情で魔王軍を眺める。自分たちのしてきた事だろう。人間がしてきた事の結果だ。そう思う事もできたかもしれない。だがクリスにはそう思えなかった。そこには自分の復讐、自分の戦う理由など欠片も見い出せないからだ。

 罪のない弱き者を殺したいと思った事はない。そんな事は考えた事すらない。しかし現実は全く違っている。目の前にはその現実が広がっていた。


 そこへ突然クリスの前に女性がやってきた。壮齢の女性はその表情にありありと憎しみを浮かべている。


「私の夫がお前になにをした! 何故あの人を殺した」


 そう言いながら持っていた小さなナイフを振り上げる。女性は即座に取り押さえられ、その場で首を跳ねられた。クリスはそれを呆然と眺めているしかできなかった。それになんと答えれば良かったのか。クリスはその答えを持っていない事にその時気づかされた。


「情けない話だがその頃の私はどうして良いのかわからなかった。私は魔王軍の象徴となっており戦争は終わる気配が全くない。奴が現れたのはその頃だ」


 人種族国家は縮小し連合という形が取られるようになった。それは徹底抗戦の構えともとれるだろう。ますます戦争は続くのかとうんざりしてきた頃、クリスの元に訪問者か現れた。それは連合からやってきた者。つまり敵対勢力の人間だ。


「奴は自分を勇者、名をアレンと名乗った。名前も見た目も凡庸な男だ」


 勇者アレンは数人の伴だけを引き連れてクリスに会いにきた。戦いではなく話がしたいので武器を預け身体検査しても良いと言っていた。

 クリスはその男に興味を惹かれ会ってみる事にした。


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