第30話 国家ヘレンゴード
勇者について話すのなら正しい歴史を知らなければならない。どのような経緯で魔王と勇者が対峙したのか。それはクリスの半生でもあり、ノアが知るのとは違う歴史でもある。
クリスはテーブルに茶の用意をすると遠くを見ながら話し始めた。
かつて大陸北西部には小国家群があり、その一番端には海に面する国があった。それが歴史の闇に埋もれた国家『ヘレンゴード』だ。
地方の豪族から発展した小国家ヘレンゴードは海に面している事と平野部、山岳部などがバランス良く配置されており、そこで生みだされる海の幸、山の幸は少ない人口の食欲を充分に満たせるものだった。
豊かで平和な田舎国家。周りからはそのような認識に映っただろう。近隣国家もそのような色合いが強いが、それは海を離れるに連れて変化してゆく。
そこを統治するヘレンゴード王家には娘が二人おり、その二番目の娘の名をクリスティア・ヘレンゴードと言った。それは後の魔王ヘレンゴードであり、ノアの目の前で話しているクリスの事でもある。
父である国王は凡庸な王ではあるが、比較的統治しやすい土地柄もあってか豊かではあるが変化に乏しい統治を行っていた。
それは逆に言えば統治に関連する政治、軍事、近隣情勢に疎い王だとも言える。
そのような王家で育つクリスの子供時代は、王家であることの制約や義務とは無縁とまではいかないが比較的のびのびと育てられた。そして成長するに連れ魔法の才能を発揮しだした。とは言えそれを認めていたのは父や母など近親にすぎなかったが。
「クリスって王女様だったんだね」
「そうなるが魔王であった期間の方が長いので王女だった自覚は薄い。だが家族は私を大変可愛がってくれた。王として優れているとは言えなかったが、私はそんな父も母も姉も大好きだった」
国家であるヘレンゴードは大陸の端にあり内陸で起こる事の情報伝達も遅く、それは統治にも反映される部分はあるだろう。内陸はその頃激変を迎えていた。食料、資源、土地を巡りいくつかの強豪国家による戦争が起きていたのだ。それを知らずに対応が遅れれば、そこを非難する者も現れる。国外の情勢が内部に影響を及ぼし始めた時期と言えるだろう。
だが小国家ヘレンゴードは位置を考えても実際に戦禍が訪れるのはかなり後だ。その緊迫感は即座に国の認識とはならなかった。隣国から特使がきてようやく連携を取り始めようという段階だ。
しかし国王が思うより変化は早かった。気づくと国内には多くの人員を擁する政治結社ができており、様々な対応の遅さを非難され、中には身に覚えのないものまで含まれていた。
いつしか国内ではアチコチで内乱が起こり各地は混乱してくる。そしてその責任は王にあるのだと民は思い始めたのだ。
「世論操作の手本のようなやり方だ。九割の事実に一割の嘘をまぜその一割を拡大する。そこで受けた被害が民の被害であるかのようにすり替える。そして悲観的な未来を大声で叫び民に賛同を求める」
本来であればヘレンゴードは隣国との連携を深めるために軍備を外に向けなければならない。そんな時期に内乱が起きればどうなるか。全てに対応するのは難しいだろう。そもそも平和が長く続いたヘレンゴードは戦争など不得手。王は時代の流れに翻弄されるしかなくなる。
内乱は徐々に組織化され、やがてそれは王城にまで到達してしまう。反乱軍は大挙して城の階段を駆け上がり、見る者全てを斬り殺していく。王の居住区は蹴破られ、クリスの前には敵愾心剥き出しの兵士たちが現れた。飢えた獣のようなギラギラした目はクリスの父である国王を捉える。
「私の目の前で父は殺された。母と姉は下卑た笑みを浮かべる兵士の餌食となった」
「そ、そんな……」
「私はそいつらを殺してやりたいと思ったが、母は慰み物になりながらも怒鳴るように私へ叫んだ『何がなんでも生き伸びろ』と、最後のお願いだからと」
不幸中の幸いにして当時のクリスは年齢的に母や姉と同じような対象とはならず後回しにされていた。加えて家族だけが認める魔法の才能は反乱軍もノーマークだったようだ。数名の兵士程度なら相手にできる力はあった。
クリスは追手を躱しながら城に古くから伝わる脱出路を通り、なんとか城外へ逃げ延びたのだ。
「あまりにも悔しくて身が引きちぎられる思いだった。遠巻きに見る城はあちこちで火の手があがり、その時に私の育ったヘレンゴードはなくなったのだと知った。その時、私は奴らに復讐すると堅く誓ったのだ。それだけの為に生きるとな」
そのような話は当時の小国家群の中でも特に珍しい事ではない。似たような事はどこでも起こっていた。それは何故か。それを画策した者がいるからだ。
当時の小国家群と最も多く国境を接していた国があり、その国家をグラントと言う。
グラントは内陸での戦争をリードする国ではあったが、長年続く戦争による疲弊は免れない。そこで普通に考えるのは背後にある小国家群を利用できないか、と言う事になる。
そこで最も効率の良いやり方は小国を圧倒的な大軍で脅して、とはならない。軍備を割かなければならない場所は他にある。なので一番端にあり世相に疎いヘレンゴードで内乱を起こし、そこを傀儡国家にしてしまう。すると小国家群は前後を挟まれる形となり屈服させるのも容易くなってくる。その先鋒となったのがヘレンゴード国内にいつの間にか作られた政治結社となる。
少ない人数で効率よく、完全な支配ではなく傀儡とする。すると小国家群はグラントの食料庫となる。それがグラントの考えた計画だ。クリスとその家族はそんな身勝手な計画の犠牲となった。
「そんな事を知ったのは随分後だが、当時の私は関係者全員を殺そうと考えていた。だがその実態はあまりにも巨大なので先に力をつけざるを得なかった。さすがに何の力も持たない小娘一人で挑もうとは思わない」
関係者全員ならグラントも含まれてしまう。たった一人の少女がそれを成すなど現実味がなさすぎるが、クリスは諦めようとは思わなかったのだろう。その頃から強くなる為に世界を周り始めた。
全てを失ったクリスは復讐の為に動き出したのだ。
神が行使したかのような大魔法の伝承は世界各地にある。もちろんそれは断片的なものではあるが、クリスはそのような情報を組み合わせ、改良し、研究を重ねた。そして長い年月をかけて魔法の仕組み、真理を知りありとあらゆる超魔法を作り上げた。
そしてクリスがまず行ったのはそれらの魔法の試射だ。
「前にシフォンを助けた話をしたろう。あの頃は正直、他人を助けるより自分の魔法がどれだけ通用するか知りたかった。なので当時迫害されていた亜人に目をつけたのだ」
グラントを始めとするいくつかの国家はそのやり方を真似て弱小国を支配下に置き始め、それを戦争の糧とした。やがてそれは亜人国家にも広まっていく。当時の亜人国家は人種族から見れば国家と呼べる程の体を成していなかった。屈服させるのは容易く同じ人種族でもない為、その多くは奴隷として扱われた。亜人にとっては最悪の時代と言えるだろう。
クリスはそれらの地域を調べ、次に襲撃のありそうな場所を予測し、襲撃者に対して魔法の試射を行った。散発的に現れる女性魔術師の話はすぐに話題となり人種族の国家はそれを目の敵に、亜人は救世主のように崇め始めた。そしてあらゆる実験を行ったクリスはいよいよ本命の復讐を始める。
その対象はかつて自分が育った国、ヘレンゴードだ。
「その頃のヘレンゴードは私の愛した国ではなく、私の家族を殺した国だ。中枢はグラントの作った政治結社なのだからな」
そこに多くの民も賛意を見せた。操られていたかどうかなど関係ない。家族は殺された。クリスにとっては全てが敵なのだ。それが唯一の真実でもある。
だから破壊する。無慈悲に、徹底的に、跡形もなく。
王家の倒れた城は修繕されそこには新たな王がいる。新王はグラントに媚びへつらい国の食料を差し出す。それは大国の擁護を得る為に必要なものであり、ヘレンゴードが戦禍を免れる事ができるのは新王の成果だとアピールした。実際は搾取されているだけだとしても言い方一つでそれは善政となってしまう。それが民の為だ、などと法螺をふきながら。
グラントから派遣された者たちは民に成りすましその発言を後押しする。そして前国王が如何に悪辣だったのかをあちこちで吹聴する。
その後ろをクリスが通り過ぎる。
突如城下町には赤い光がいくつも舞い上がり、それは蛇のようにのたうち回る軌跡を描きながらそこらの建物を破壊し始めた。先程まで前国王をこき下ろしていた者は光に触れると一気に燃え上がり、あっという間に消し炭となった。
人々は逃げ惑い混乱は拡大してゆく。騒ぎを聞きつけた衛兵が続々と集まり、その原因であるクリスに攻撃を始める。だがクリスが手を一振りすると彼らの首は全て跳ね飛ばされた。
クリスはやすやすと切り開かれた道をゆっくり進む。やがて眼前には城門が現れるがそこには多くの騎士がこちらを待ち構えていた。
号令とともに放たれる矢は雨のように降り注ぎ、後列の魔術師は様々な魔法の集中砲火を浴びせる。その攻撃によりもうもうと立ち込める砂煙は辺り一帯を呑み込んだ。攻撃を止め様子を窺っていた騎士たちは剣を構えて用心深く前進する。だが砂煙の中からは無数の光弾が現れ、その光は騎士の体を貫いて更に城門まで破壊してゆく。
クリスは跡形もなくなった城門を越え、城内へと歩みを進めた。そこはかつて自分の暮らしていた場所。修繕されたとは言え内部構造まではそうそう変わらない。クリスの放つ光弾は城の壁をぶち破り、逃走経路をとなる場所を次々と破壊する。この段階になると城内の者たちは、得体の知れない巨大な力が自分たちを殺しにきてるのだと気づき始めるが時すでに遅し。袋小路に追い込まれ刈り取られてゆくだけだ。
いたる所であがる悲鳴と怒号。それはやがて新王の居住区へと近づいていった。残された新王の腹心や護衛騎士たちはそこへ立てこもるが、抵抗も虚しくその扉は簡単に突破された。
クリスの目の前にある広間には、既に剣を抜いた騎士がおり最奥の扉を守っているようだ。
「全員動くな」
クリスの言霊によりその場で動ける者はいなくなった。
「お前とお前とお前、隠れている奴を全てここに引きずりだせ」
命令された者は表情だけは抵抗を見せているがその体は最奥の扉へと向かう。そして数分の後、新王とその腹心たちがクリスの前に並べられる。
クリスは彼らを跪かせ一人一人の顔をじっくりと眺めた。
「前国王の首を獲った奴らが新国王とその側近か。わかりやすくて良いな」
脳裏に浮かぶのはあの時の惨劇。忘れようにも忘れられない家族の最後。そしてその場にいた者たち。クリスはその一人一人を克明に覚えている。その目に焼きついて離れない光景を作り出した者たちだ。
「な、なんだ貴様は! 何者だ」
だがその加害者はクリスの事など覚えていないのだろう。彼らは訝しげな表情を向ける。
「私はかつてのヘレンゴード第二王女、クリスティア・ヘレンゴードだ。お前たちに復讐をする為、この地に舞い戻ってきた」
それを聞いて思い出したのだろう。当時一人だけ逃げおおせた者がいた事に。そして考えた、何をどうやってここまできたかわからないが相手は小娘一人である事を。その思考は強気の発言となって現れる。
「小娘がこんな事をしてただで済むと思っているのか! 弑逆は大罪、地獄の苦しみを味わってから死ぬ事になるぞ」
「弑逆だと? 自分の事は棚に上げて私の主君のつもりでいるとは滑稽な話だ」
そう言いながらクリスは光弾で新王の腕を弾き飛ばした。
「ぐわっ!」
グシャリと壁に叩きつけられた腕は多量の血痕を残しながらずり落ちる。
「少しは弁明でも聞いてやろうと思ったが無駄だと言う事がよくわかった」
そしてクリスは周りで動けずにいる騎士たちへ目を向けた。
「右手だけ動かす事を許可する。前回の反乱に関わっておらず、私に服従したい者は手を上げろ」
彼らは既にクリスの術中なので嘘をつく事はできない。手を上げたい者は多かっただろうが、前回の反乱に関わっていない者は多くなかった。
「たった二名か……まあいい、貴様らの命は助けてやろう。代わりにグラントへ行け」
クリスはそのまま言葉を続ける。
「そしてクリスティア・ヘレンゴードが貴様らの国を潰しに行くと伝えろ」
そう言うと彼らは術が解かれたのか動き出す。
「間もなくこの国はなくなる。せいぜい逃げ遅れないようにしておけ。巻き込まれても知らんぞ」
選ばれた騎士たちは残される者たちの顔を見て逡巡するが、それも長くは続かずその場を離れていった。
彼らが去るとクリスは懐から箱を取り出し、その蓋を開いた。中には黒光りするものが複数入っており、それを全員に見せた。
「これは貴様らの土産に捕まえてきた肉食甲虫だ。既に飼いならしてある」
その箱を逆さにすると中の虫が大量に落ちてくる。虫たちはもぞもぞと動き出すがクリスが「まずはそいつをやれ」と一番端にいる者へ指をさすと一斉に飛び立ち、その者へと群がった。
「ぐあっ、これは、ご、ごぼ……」
虫は口や鼻など穴のある場所ならどこへでも入り込み、その者は口も聞けずにもがき苦しむ。虫は肉を食い破りながら体内を進み、体の表面にはその盛り上がりがボコボコと現れる。食われた者はやがて激しい痛みと共に絶命するだろう。
クリスはその様子を見せながら次を誰にするか選び始める。
「ふざけるな! そのような事を――」
「ま、待ってくれ! 私は王に唆されただけだ。あの場にはいたがあなたの家族には何もしていない」
「き、貴様なにを」
新王の言葉を遮り一人の者が声を上げる。仲間が虫に食われる様子を見て恐怖に駆られたようだ。自分は唆されただけで罪はないのだと主張し始めた。
「私はあなたに服従しよう。悪いのは王とグラント、誰が責任あるかも全て説明する。なので――」
「わ、私もだ! あんな事はしたくなかった。だが私は無理やり従わされた。なんでも言う事を聞く。だから命だけは」
一人の裏切りをきっかけにその様な声が次々とあがる。互いに罪を擦り付け自分の責任はないと大声で叫ぶ。お前が悪いのだ。お前のせいでこうなってしまった。自分は反対だった。その様な言葉があちこちで飛び交う。
「黙れ」
聞くに耐えない命乞いはクリスの一言で強制的に止められる。
「仕方なかっただと? 私はお前たちが下卑た笑みで父を殺し、母と姉を犯した事を忘れてはいない。その時から決めている。ヘレンゴードは消滅させるとな。国を滅ぼすのに責任者だけ生かしておくはずがないだろう」
命乞いさえ許さない。特にここにいる連中は国家の中枢にいる人物ばかり。それは反乱の中心人物でもあるのだ。
「先程逃した連中が国を離れるまで、貴様らは苦しみながら死ね。本物のヘレンゴードは私の名の中にのみ残す」
その後、虫は全員の体に群がり強烈な痛みを伴いながら一人ずつ食われていった。
クリスは全員の死を確認すると魔法で天井に穴をあけ、そこから空に飛び立つ。
高空から眺める最後のヘレンゴードの姿。クリスはその光景を目に収めると空中に巨大な魔法陣を作り、そこから眩いばかりの光を放った。上空から放たれた超魔法は城から街まで全てを覆いつくす。そこから隣国にまで響き渡る程の轟音とともに一つの国家が消滅した。
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