湘南から来た男

矮凹七五

第1話 湘南から来た男

 目の前に一人の男がいる。中肉中背のどこにでもいそうな男だ。

 だが、そんな普通の男が、おかしなことを話し始めた。

「つい最近思い出したんだけど、前世の俺はサーフィンが大好きで、夏になるとしょっちゅう湘南の海に行ってたんだ。で、ある日、台風が接近してて、波浪警報が出てたんだけど、そんなことお構いなしに出かけたんだ。波浪警報上等! ビッグウェーブに乗ってやるぜってね! クソデカい波が来たのはいいんだけど……、そこから先の記憶がない。どうやら俺は波に飲まれて死んだらしい」

 何を言っているんだ、こいつは? ショーナン? どこなんだ、それは?

 私が戸惑っていると、彼はショーナンについて語りだした。

「日本という国に神奈川県という場所があって、湘南というのは、そこの南の沿岸部のことを言うんだね。海に面してるから、そこには海水浴場があって、泳ぎに来てる奴が、たくさんいる。俺が大好きだったサーフィンなんかのマリンスポーツも盛んだ」

 ニホン? カナガワケン? 聞きなれない地名だな。もやもやするけど、ここは黙って彼の話を聞こう。

「ぶっちゃけ、ここからすると異世界だね。別の次元にあるとこだよ、きっと。もっとも、前世の俺からすると、ここが異世界だが」

 異世界? どうりで聞きなれないはずだ……それよりも、こいつ、ヤバくないか? 前世が異世界の人間? 何を言っているんだ? もしかして、異世界から転生したというのか? そんなことがあるのか? 聞いたことがない。はっきり言って、おかしい。こいつの脳味噌の中、蛆が湧いていないか?

「前世のことを話してたら、無性にサーフィンがやりたくなってきたな。この辺に、いい波が来る所ないかな」

 私は、ここから歩いて行ける所にある海について教えた。遠くの方でちょくちょく発生する嵐等によって作られた大きな波がやって来る海だ。

「ありがとう! 早速行ってみることにするよ」

 彼は意気揚々と海のある方向へと歩き出した。いや、駆け出した。

 彼の背中は見る見るうちに小さくなっていった。

 だが、そこには……

 ワニのような頭、トカゲのような体、ウミガメのような手足を持つ獰猛な肉食生物がいるのだ。その大きさは大木と同じくらい。

 こんな生き物に出くわしたら、彼はあっという間に襲われて、餌食になってしまうかもしれない。

 こんな危険な生き物がいるから、行くのはやめた方がいいと、彼に伝えたのだが、彼はそれを承知の上で海に向かっていった。



 あれから何日も経つ。

 彼が私の前に姿を現すことは、なかった。

 いや、私だけではない。他の者も、彼の姿を見かけていないらしい。

 彼が向かっていったという海の上にある空を見上げてみる。

 空は朱色に染まり、白い鳥が群れを成して飛んでいる。

 群れを成して飛ぶ鳥達は、空に「GAME OVER」という文字らしきものを描いた。

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