女医が急性白血病になっちゃった

@joy-9

第1話女医のポコっと空いた休日に意外なところで意外な再会したのは…歴史小説家だったお祖父様がこんなところに

 日本は昨年2月頃から世界的な新型感染症のパンデミックの渦に巻き込まれている。収束どころか断続的に来る感染の波。

 今日は新型感染症禍の過酷な業務で土日も休めない病院勤務が続く中、第四波が静まりポコっと空いた休日。就活という名の病院見学で帰省中の医学生の長女が皮膚科に行くというので、じゃあとドライブも兼ねて車で行くことに。そしたらゾロゾロ、中学生の次男も、両親も車に乗り込んでくるじゃない。みんな自粛に疲れてるのね。そらそうだ。息子以外は全員ワクチンも済んでるし、自家用車だし、マスクして、消毒持って、みんなで出発。

 皮膚科の前に腹ごしらえと、土佐堀通りを進んでいると、何やら拡声器からワンワン反響する声が聞こえてくる。話の中身は聞き取れない。ワンワン。

あー、名古屋で物議を醸したあの展覧会が大阪で開催されているんだ。大きな黒塗りの車が列をなし、拡声器からは展覧会への持論をお叫びになっている事が見て取れた。聞き取れはしないが。

 あー、でもこの感覚、何処か懐かしい。もう54年も前、私の母が地方議員の選挙に出た事があった。母の宣伝カーの後ろからも、この黒塗り大型拡声器カーが数台列をなしてついて来られていたのだった。そして拡声器から放たれた強烈なスピーチが蘇った。「切田を焼き豚にしろ~」「焼き豚にしろ~」。

人の容姿をあげ辛ってはいけませんよと言いつつも、宣伝カーの中は一瞬爆笑に包まれた。なんて上手い事言うの?

 車も進まないので娘の皮膚科に直行することにして、車の踵を返し、ショッピングモールの中の皮膚科に到着した。でもまだまだ時間がある。そんな時、斜め向かいに「まちライブラリー」なる素敵なお店発見。中には寄贈で集まった本が展示されて自由に読める上に、カフェになっていて、ドリンクもイタリアンの軽食もいただけると言う。

 ここで本でも読みながら腹ごしらえもして時間を潰しましょう。

 家族各々に好きな本を物色して読みながら、ピザにパスタに舌鼓。娘の治療の間もゆっくりさせてもらっていると、突然父が母に向かってぶっきらぼうにつぶやいた。興奮を隠しきれないものの、務めて斜に構えた口振りで「おい、お前の父親が本棚におるぞ」。母はキョトンとしてこの人おかしくなったのかしらと言うほど怪訝な顔で父を見上げている。はあ?

 母の父親は当の40年も前に73歳で膵臓癌で他界している。その時の壮絶な病気との闘い、家族の苦悩、医師との心通じない日々が、今まさに私が医師になっている原点である。

 あっ!ここはライブラリーよね。

 母の父親、つまり私の祖父は、戦争という歴史に翻弄されたノンフィクション歴史小説家であった。と言っても、出版数は少なく、最後の出版となった「信長の叡山焼き討ち」を出版後間もなく病魔に倒れたのであった。不遇の小説家だ。とっくに絶版になり、家にさえ残っているかどうか?

 父はにんまりとしながら母と私たち家族を、ライブラリーの片隅に誘った。そして徐ろにとある本棚を指さした。

 おー、おじいさまの遺稿「信長の叡山焼き討ち」が、安部公房様の本と並んで鎮座しているではないか!数十年、目にしていなかった本が、鮮烈な光を放って私たちの目に飛び込んで来た。母はただただ驚いてその本を手に取り、祖父の写真と後書きを指で撫でながら、目に涙が滲んでいる。

 後書きを読み終え、今の母の年より30歳程も若いであろう黒々とした髪の毛の父親の顔写真を愛おしそうに、懐かしそうに眺めながら、「初めて知った」と呟いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女医が急性白血病になっちゃった @joy-9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ