第一章 ホクスイの拳
天より
平和の国、ホクスイ。ここの朝は、とても静かで、落ち着いた気持ちになれると、国内外問わず人気を博している。そんな朝空に、今日は来訪者が来た。
「アーッハッハッハッハッハッハッハー!」
「うわぁぁぁああうぉぉぉぉぉぁ!」
遥か上から、二つの奇声が聞こえる。偶然通りかかった農民は、ふと上を見上げた。
「んえ?なんだべさ?」
そして見た。二つの影が、自分目掛けて落下してくることに。
「ふえええ」
そして腰を抜かし、倒れ込んだ。幸いにも、それが彼の命を救った。
スドオオオンという轟音が鳴り響き、土煙が立つ。それが晴れた奥に、二つの人影があった。
「おお、派手に落ちたねえエクス君」
「酷いですよマーリン殿…自分はフワッと着地しちゃって…自分は魔術使えるからって…」
救世の旅を始めた、とある聖剣と魔術師である。
「一応君にも衝撃緩和の魔術は掛けたんだがね。そうでなかったら、いくら聖剣でも砕け散っていたかも。まあ掛けていてもそんじょそこらの戦士じゃ耐えられないくらいの落下だったけど…君はほら、無傷なんだから文句言いっこなしだろ?」
「文句しかありませんよ…💢」
「君もそんなに声を荒らげるんだねぇ…ふふ」
「またそうやって笑う…」
浮世離れした二人だけの旅。当然周りの反応を気にするのは後回しだ。当然、彼らの突拍子もない行動に巻き込まれた一般人からしたら、たまったものではない。故に。
「お、おめぇら一体なんなんだ!?突然空なんかから降ってきて!」
「「…誰?」」
こんな反応をしてしまうのは、仕方がない。
少し時が進み、東国
そこには、皇帝がいた。いや、皇帝がいるから、ここが国の中核なのだ。
その齢、恐るべきことに千を超える。50を超えた当たりで身体の変化が止まり、肉体は未だ衰えを知らず、一騎当千という言葉ですら過小評価。文字通りの万戦練磨。多くの敗北を重ね、されどつもった勝利は山のごとく。
その名を、リュウソウ。
この
そこに、一人の臣下が訪ねてきた。
「皇帝陛下、国境付近の辺境領主、セキトより、通達がございます」
「セキトの領地か…何か動きがあったのは久方ぶりだな…前回何かあったのは確か…20年前だったか。して、何用であるか」
「は…曰く、天よりの使い二柱来たれり。対応を如何するか助言を頂きたい、とのこと」
「天の使いぃ?」
皇帝はその言葉の意味を考える。心当たり自体はあるが、それが来るのはおかしい。時期が少しばかりズレている。それに、来るなら自分の元へ直接来るはずだ。わざわざ遠く離れた辺境地に赴く意味が無い。
分からぬ。このような突然のトラブルは長いこと無かった。
「その御使いとやらは、今一体何をしているのだ?」
「は、それが…現地の民とともに、農業に精を出しているとのこと…」
「意味がわからぬ」
全くもって意味が分からない。だが、どうすべきかは決まった。
「放っておけ」
「…それは、関与せず、ということで?」
「左様。その報告の仕方から察するに、その御使いは
「承知いたしました。伝令の者にはそのように伝えておきます」
「うむ」
ふぅ…と、臣下が目の前から去ったのを確認して息を吐く。
アポ無し天使の奇行などにいちいち付き合っていられるほど、皇帝は暇では無い。今日も片付けるべき戦場が、目の前に広がっているのだ。
……そう、目の前の、机の上に……。
彼はどこか遠くを見るような瞳で、粛々と書類の整理を始めた…。
セキトの領地こと、辺境スイコ
「今日の仕事はここらへんでしまいだべ!」
「「終わったぁぁぁぁぁ」」
天の使い呼ばわりされている事など露知らず、農業に励む聖剣と魔術師の姿がそこにあった。
そもそもなぜこんなことをしているのか、それは彼らが墜落した日まで遡る。
「いきなり現地人を眠らせる…これが効率的な旅のすすめ…!」
「これは事故だからね?いやそれにしてもあのダイブを一般人に見られるとは…少し浮かれすぎていたな。反省反省」
近くに現地人がいることに気づいたマーリン殿は、即座に魔術(恐らく暗示?)を用いて彼を眠らせた。その対応の素早さは見習わねば。
「いや、目キラキラさせてるけどこれあんまり良くないからね?ぜっったい真似しないこと!いいね!?」
なるほど、マーリン殿、実はいい加減なのか。それは直してもらおう。
「なんか怖いな…まあいいや。眠らせついでに、あと一、二個仕掛けておこう」
そう言ってマーリン殿は眠っている男性の肩を揺さぶり、起きるよう声をかけた。
…自分を起こすときもああやっていたが、実は乱暴、というより雑な部分が目立つんだな、マーリン殿。
その時、一瞬だが、エクスカリバーとしての記録が過剰に反応し、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。
……しかし。
また、これか。
エクスは目覚めてから、何度もこれを体験している。だがその度に、何の収穫も得ることができず、ふらつく余韻だけが残されるのだ。
やはり…剣としてあった頃の記録がボロボロだ。どんなことであっても、断片的なものしか遺されていない…。救世の旅人としてこれからも在るのなら、保持していたはずの戦いの記憶、これは必ず必要になるというのに…。
エクスは苦悶する。聖剣として、まだ自分が何も出来ていないことに。ここへ来る手段も、座標特定も、アクシデントへの対応も、全てマーリン殿に任せ切りだ、と。
…だからこそ今の彼は、自身の性能向上に執着している。
戦い、そう、どんな障害も真っ向から破壊できる力…きっとそれが、自分がこの旅で期待されている役割だ。朧気な記録の中を探って、自身がかつて海を割るほどの斬撃を放った剣であったことは分かっている。一日でも早く全ての記録を復元させなければ。そうでなければ、意味がない。自分がこうして肉体を持ったことも…そのために全てが消えた■■■■のことも…
そこで思考は中断された。
……自分は今、何を考えていた?
何か、大事なものを……………………………
「マーリン殿」
「なんだい?」
余計な考えは、いけない。強引に、色々なモノの流れを変えるために、話しかける。
その時のマーリン殿の瞳は、恐らく忘れることができないだろう。蔑むような、失望するような……とにかく、自分が向けられてはいけないものだ。直さねば、直さねば……自身の欠陥を…修正を…
途絶えそうになる意識を振り絞って、声を出す。
「その、仕掛けというのは…?」
ふぅ、と一度ため息をついて、こちらを向いた彼の顔は、いつも通りの、何か思いついたような悪い笑みだった。
彼は言った。
「エクス君…天使を騙る覚悟はあるかい?」
ここ二日は無かった腹立たしさが、この数秒でここまで再燃されるとは…
魔術師は怒る。
気づかない彼に。彼を組み立てたなにかに。
そして……未だ彼を変えられない、自分自身に。
何が魔術師マーリンだ。世界最高の魔術師なら、元世界最高の聖剣くらい、手懐けてみせろよ……
天使を騙る。そのアイデアは半ば、いやほとんど、皮肉に近いものだった。彼が天使を見たのは一度だけ。その一度の印象だけで言わせてもらうと奴らは……エクスの、行き着くかもしれない一つの結果だ。大神に従い、粛々と動き、粛々と終わる。その表情は変わらない。彼らだけと二日間も時を共にすれば、自分のような人間は壊れる。その自信がある。
だからこそ…天使を騙って欲しいのだ。この愛すべき
天使を騙る、言い換えて、"俺ら天使なんかじゃねえ”作戦…
まずこれを乗り越えて、せめてスマイルとハイタッチくらいは、できるようにしないとな。
贖罪の聖剣 遊憂24 @yu-yu-24
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