プロローグⅡ/旅の始まり、微睡みの終わり

エクスカリバー。数ある聖剣の中でも、最高の聖剣と呼ばれるそれは、人の形を手に入れた。異例の事だ。もし歴史学者がこの場に居れば、元は剣だったこのエクスという少年が喋った瞬間、発狂して飛び上がるに違いない。しかしこの場には、生憎と歴史に興味のあるものはいなかった。


「そうかい…」


魔術師…マーリンと名乗ったその男は、呟きながら失望した。こいつは今なんと言った?

もの…ものだと?確かに彼、エクスという少年の人格は、救世の命題を背負う聖剣エクスカリバーに組み込まれたものかもしれない。だが、こうして目覚め、自分と…そう、が、彼は一人の、意思持つ生物だということを裏付けている。例えその正体が、人ならざるものだったとしても。それを、指令に従うだけの道具のように自称するのは、自分には許し難い。

…だが、それと同時に、魔術師は安堵もしていた。自身を無生物のように定義するその精神性には問題があるが、こうもあっさり世界からの使命を受け入れてくれるなら、自分の仕事も楽になるというもの。こんな割の合わない仕事なのだ。少しでも気楽にこなせるのならこれ以上文句は言うまい。


「マーリン殿、どうかされたのですか」

「いや…気にしないでくれ」


そう、気にしすぎたら負けだ。ただでさえ負けてるような身だ。これ以上すり減らすのは衛生上良くない。


「時間も勿体ないし、旅を始めるとしようか」


というより旅支度をだね、そう言って手を叩く。

瞬間、二人が乗るにはちょうど良い大きさの船が現れた。


「すごいですね」

「いやこの程度、どうということはないとも。さあ、乗りなさい」

「…?」


ここは陸地では…?エクスのそんな疑問を読み取ったかのように、魔術師は微笑む。そして、エクスの困惑の表情を見て、また別の意味で安堵した。…心は天然でひねくれているようだが、その表情筋は正直なようだ。これなら、近いうち、自分を個人と思わない、そんな精神構造はなんとかなるだろうと。

あらゆる期待を込めて、彼は言う。


「大丈夫、この船…飛べるから」



「これは…本当にすごいですね、マーリン殿…!」


聖剣人間、エクス。ヒトガタとしての齢30分足らず。彼は今、驚嘆という感情のただ中にいた。

そして地理的には、大空の内にいる。


「そうだろうそうだろう!何しろアップグレードされた魔術で作った代物しろものだからね。ちょろっと細工を入れればこの程度は容易いとも!」


魔術師…マーリン殿はそう言う。だが自分に遺されてた記録の中には、空飛ぶ船はなかった。あったにはあったが、あれはこれの何十倍も大きな作りだ。マーリン殿の技量があってこその船ということだ。エクスは、初めて超一流の魔術師の御業に、


「このまま、東へと向かうのですか?」

「そうとも。そこに最初に向かうのが、結果的に見れば近道と言われて来たからね。まあ、そんなアドバイスはこれきりだろうが」

「そうですか…マーリン殿、一つ、尋ねてもよろしいでしょうか」

「いきなりなんだい?」

「はい…この船、マーリン殿の魔力を動力として、こうして飛行しているのですよね?」

「そうだよ、そして、強風に吹き飛ばされてまっさかさま、なんてことがないように、全方位に風よけ用のと、念のため対物理の結界も張っている。空の二人旅にはうってつけさ」

「その理屈で言うと、今僕がマーリン殿を殺したなら、この船はどうなるのでしょう?やはり落ちて行くのでしょうか」

「………」

「…マーリン殿?」

「ああすまない、エクス君、君…なかなかの面白発想だ。まず考えたくない前提だがね。ふふ…」

「…?」


クツクツと笑いながら、マーリン殿は言う。何がそこまでおかしかったのだろうか…?


エクスの困惑をよそに、魔術師は笑い続ける。好奇心なのかは分からないが、傍から見れば猟奇的以外の何物でもない今の質問に、彼は少し満足していた。嫌いなタイプの子供と長旅なんてつまらないものだと思っていたが…案外、楽しめそうだ、と。


「悪い悪い、質問に答えると、だね。まずこの船は使い物にならなくなるだろう。これは私の魔法で形をなしているからね。私という基盤がなくなった瞬間、灰となって消えるだろう。だから私は細心の注意を払ってこれに乗っているし、もし君が何か仕掛けてきたとしても返り討ちにできる用意がある。そして何より、そもそもそんなことしないだろう、君?」

「ええ、例え話です。では、もし何か貴方に危害が加わるような事態になれば、僕が守ります」

「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「ええ、貴方に何かあったら、この旅路に支障が出てしまう、ということなのでしょう?それは世界にとって望ましくないこと、なのだと思うので」

「なんだそっちか、てっきり、私に情でも感じてくれているのかと」

「…冗談、ですよね?」

「ああ、そうとも。タチの悪い冗談に決まっているだろう、こんなの」


魔術師はまたひとつガッカリした。どこまでも使命優先だ。彼は世界に何かを強制させられているにしても、常にそればかりを気にしていては疲れるばかりだろう。本人がその疲れを自覚出来なくても、だ。何か、彼にとってもっと大事なものができれば…

そう思わずには居られない彼だった。


なんだかんだこの数十分の間の一喜一憂を、彼は楽しめていたのだから。もっと言うなら…エクスという少年を、気に入ってしまったのだから。


船は進む。結界が阻む必要がないと判別するほどのそよ風を、二人の乗組員に届けながら。

東へ。東へ……


そして二日の時を経て、船は最初の目的地へとたどり着いた。


「やあエクス君、ここが、私たちが最初に訪れる地、東の国、ホクスイだ!多分!」

「…辺り一面、雲しかないんですが…」

「大丈夫、座標はあってる、はず!多分!それに何を言ってるんだい君は、地って言ってるんだから、下にあるに決まっているだろう?」

「え、多分って…?というか、下…?」

「うんうん、ところで君!スカイダイビングは好きかな?」

「え、スカイ…なんです?」

「そうかそうか知らないよな!まあ、ものは試しだ!」


そう言ってパチンと指を鳴らした船の術者。その瞬間、船は霧散した。


「え」

「よぅし、行っくぞおーーー!」

「待って待って待って待ってくださいよぉぉぉぉぉ!」


一方は笑いながら、もう一方は叫びながら、青い天に落ちていく。この国での出会いが、エクスを大きく揺るがすことになるのだった…

後に二人は同時に語る。

超爽快な吐くかと思った目覚ましだった、と…



第一章、『ホクスイの拳』へ続く…



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主人公を簡単に紹介!


人格名、エクス。真名をエクスカリバー。

聖武具としての銘は『収束されし極光の剣』

時と条件を満たしたので人の形になった。

容姿は白髪に青と黄金のオッドアイ。少年と描写がありますが、背格好は運動部所属の高校生並です。ちなみに肌は白く、めちゃくちゃ綺麗。何より美少年です。


今のところ主人公のくせしてキャラが掴めない、ほぼ彼自身に関する描写がないと感じると思います。第一章で大幅にキャラが変わる予定ですので、今はこの無機質少年を見ていただければ幸いです…!

第一章の名前が北斗の拳みたいになってますが特に関係ないです。いや、あると見ればあるのか…!?


とにかく、ここまで読んでくださってありがとうございます。


遊憂24でした。



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