贖罪の聖剣

遊憂24

プロローグ

プロローグ/めざめ

しくじった。


それが、ある剣士の最後の後悔。大物一体を倒すのに、魔力も精魂も使い果たした。…今倒したモノと同レベルの竜が、あと二体いるなんて…その想定をしていなかった自分のミスのせいで、仲間は皆食われ、その命を散らした。無様に逃げる自分が、勇者などと祭り上げられていたあの男と同一などと、誰が見ても分かるまい。

……いや、この手に光る聖剣は、流石にこんな終わりを迎えていい存在じゃない。せめて勇者として、何よりこの剣の担い手として、最期の一撃くらいは自らの手で。男は腹を決め、嗤う。そして、叫ぶ。


「よぉ!よぉく見とけやこの不細工デカドラゴン!俺が憎いか!貴様の血族を殺したこの俺を、その牙で以て食い散らかしたいか!そうだろう、殺したいだろう!その男の!最期の最後の大一番!特等席で拝ませてやらァ!」


ギシャァァァァァァァオォォ!!


竜が鳴き、空が轟く。


猛る竜は一心不乱に、剣士に突進する。今にも噛みちぎらんとばかりに、その口をこれでもかと言うほどガパリと開いた。


目の寸前に、無数の牙が並ぶその時ですら…かつての仲間の一部が未だ串刺しになっている…それを見てもかつての勇者は笑い…その光景に背を向けた。


(バァカ、大人しく食われて堪るかってんだ)


男は自身の心臓を、手に持つ聖剣で突き刺し、貫いた。


「呼応しろ収束されし極光の剣エクスカリバーァァ!死ぬまで、いや、死体からでも構わねえ!俺のありったけを、余すことなく…受け取りやがれェェ!」


瞬間、男は事切れた。しかし、その生を受け継いだとばかりに、聖剣から脈打つようなが発せられた。


…刹那、胸から生えた剣の先端から、眩いばかりの光が溢れ、竜の全身を灼く。聖剣――─エクスカリバーのもつ、対魔の力である。


グォアァァァァァヴゥゥガァァァ…!


再び竜が鳴く。だがそれは憤怒より発せられたものではなく、痛み、苦しみ、そして…下等存在ニンゲンに痛みを与えられたという屈辱が発した咆哮だった。その竜は燃え上がりながら死んだ。


空がビリビリと悲鳴をあげる中、淡々とした音声が、どこからか流れる。今しがた、自らの体ごと竜を灼いた、勇者だった男、その手にある剣から聞こえてくる。


〈疑似人格形成シークエンス、完遂〉


〈これより、聖剣自立プログラムを実行〉


〈機体名…エクスカリバー〉


〈人格名…エクス〉


指定オーダー、フェーズ、回収せよ、聖剣を、収束させよ、欠片を〉


〈…起動…覚醒…魔力急速充填開始…そして、機構ワレワレは沈黙せり…〉


数瞬、静まり返る。森も、空さえも、全てが沈黙する。そして聖剣が光を放つ。放ち、そして…収まり、そこには、少年と呼ぶべきヒトガタのナニカが眠っていた。あたかも最初からそれしかなかったかのように、先程までそこにあった剣士の死体は無くなっていた。


そこに、もう一頭の竜が現れた。先程灼かれた個体よりも一回り大きい。彼は目覚めたばかりだ。腹が減っている。ちょうど、目の前に眠った餌がある。これは重畳。やはり上位存在なるもの、世界から常日頃これくらいの優遇は受けるべきだろう。そう思考し、竜はその口を開き、少年を丸呑みにしようとした。

…が、悲しきかな。そこに、寝起きの竜などではとても敵わない、暴力がやってくるのだ。彼は微睡みのなか、空腹を抱えて命を落とすだろう。


突然無数の花弁が舞い、全てが吹き去ったその後、竜の両腕は切り落とされていた。



ガ…?



竜は、困惑を隠せなかった。当然だ。竜というのは、並の剣では傷すらつけることの叶わない上、高位の魔術耐性すら併せ持つ、龍鱗ドラゴンスケイルという鎧を天然で纏っているのだ。それを…一瞬のうちに…切り落とした…?


その困惑が、竜の最期の思考だった。


痛みを遅れて感じることすらできず、無様に。


マヌケ面を浮かべたまま。


その面ごと、首が落ちたのだから。










「…まさか、竜とはね。運命ってのは数奇なもんだなぁ」


舞い乱れた花弁の中心地、そこに一人の青年が立っていた。片手には一振りの剣を携えている。他でもない、この人物こそが、今しがた竜の腕、そして首を切り落とした張本人である。


男は、魔術師だった。


「それにしても…登場演出、豪華すぎでしょ、さすが世界スケールが違うわ…」


軽薄そうな口調でそう吐き捨て、男は未だ眠る少年へと歩を進める。


「ふーん、これが世界最高の聖剣エクスカリバーの成れの果て…いや、なんだっけ?まあいっか」


男は少年の肩を揺すった。少年は半目を開く。


「…ここは…」

「んん…しゃっきりしなさい少年。君は世界が選んだ救世主様だ。本望じゃなくてもいいから…」


その言葉に少年は目覚める。


自身が何者のか、何をしなければならないのか。


魔術師は告げた。残酷な使命と、導き手としての名を…


「…この世界を救ってくれ。私は君の旅路を支える魔術の徒、マーリンというものだ」


世界を救う。


即ち、巨悪を滅する。


己は聖剣、エクスカリバーだったもの。


そして自分は…いや…


の名は…エクス。望み通り、世界を救うために生まれ落ちた組み込まれただ。…よろしく、魔術師マーリン殿…」


かくして、少年聖剣と魔術師が織り成す、奇妙な救世の旅が、始まったのである…







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