最期の一葉 拾肆(終)
「〈私の宝物たちへ 二人とも元気ですか? そばにいられなくてごめんなさい。錦府の写真を送ります。楽しそうなところでしょう! こちらに来たら、三人で大きな塔にのぼりましょう。大丈夫、船は怖くありません。〉――かすれて読めないので飛ばします――〈そして新しい家で仲良く暮らしましょう。海の向こうから愛を込めて お父さんより〉」
葉書を読む在森の声を思い起こしながら、緒都は執務机の鈍い照りをながめていた。衝天閣での一件から一週間が経った。桜は何度かの雨に散り、若葉を伸びやかに広げはじめている。
河尻の報告によると、ジョージ・スケールの妻ヘレンと息子サミュエルは、七年前の夏に麦国から久栄へと渡ってきた。そして同じ年の十二月、一家は外出先で強盗に襲われた。夫妻は凶刃に
「親を殺した国の人間が憎くて、悪霊を使って仕返ししたんじゃないんですかね」
報告を聞き終えた沖浪が言い、誰も否定できなかった。しかし、本当にサミュエルが悪霊を売って禍根を振りまいていたとして、年端のいかぬ彼が何から何までおこなったとは思いがたかった。
「それに」
と緒都も見立てを話した。まず、衝天閣で売り子がばらまいた物に悪霊が紛れていなかったことを挙げた。手の込んだ予告をしながらただの物を持って来るのは筋が通らない。売り子はもしや、鞄の中身が悪霊だと信じていたのではないか。ばらまいた際に青い顔をしたのは、そこで初めてただのペンや宝飾品だと気づいたからだろう。だとすれば、ただの物を悪霊だと偽って売り子に渡した人物がいることになる。また、衝天閣での一件以来、悪霊がらみと思われる事件や不穏な噂はない。よって、売り子が他の作戦のための囮であった可能性は低いと思われた。仮に本当に囮だったとしても、やはり売り子の側に共犯者がいることは疑いようがない。売り子ははなんらかの理由、たとえば水島で沖浪に姿をさらしたかどで共犯者に見限られたのではないか。計画を実行するために衝天閣に現れたが、尻尾切りにあったことを鞄の中身で悟った。そして逃走を図った末、親の形見を追って墜落したのではないか。――
背後の壁で歯車の音が鳴っている。緒都は机の写真立てに眼差しを送った。八年前に撮った、兄二人と写った最後の一枚だ。写真を覆う硝子板にはのろのろと回る歯車が反射している。回っているとはすなわち、悪霊がまだ滅びてはいないということだ。緒都は唇を引き結んで立ち上がると、歯車の間断ない響きを聞きながら書斎を出た。
第伍幕 最期の一葉 終
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太承錦府オペラ・オクルタ 藤枝志野 @shino_fjed
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