最期の一葉 拾參

「少年が男性に暴行を加えて逃走、取り押さえようとした何名かを振り切って展望台から身投げ。表向きはこういうところになるでしょう」


 河尻が重い手つきで頭を掻いた。目撃者あるいは被害者として聴取を受けた後も、緒都たちは浅茅野署にとどまっていた。日はとっぷり暮れている。


「新聞にも出るには出ますが、皆さんがどこの誰とは載らないようにしますよ。ねえ小野原さん」

「それで穏便に運ぶならそれで」

「みんなさっきの聞き取りだけで済むってことかい?」


 緒都が尋ねる。


「まあそうなるでしょう」


 小野原が答えた。


「衝天閣の者に確認しましたが、売り子が一方的に返り討ちにされたとか、あまつさえ突き落とされたとか、そういう証言は一つもなかったんですからね。とっさに捕まえようとして取り逃した、それでしまいです」

「そうか……よかった」


 緒都がやや力なく微笑してみせた。沖浪は押し黙っている。


「少年の身元については何か分かりましたか?」


 在森が顔の包帯をそっとなでた。


「それは俺から」


 河尻が小さく手を挙げる。


「小野原さんは捜査の途中ですからね、早いとこ戻った方がいいでしょう」


 小野原が結構とでも言いたげにうなずき、皆の囲む机に何かを置いた。「話が終わったら返却を」と告げて退室する。机上に現れたのは例の葉書だった。宛名の面に綴られた異国の文字は、ところどころかすれて読めない。


「売り子についてはまだはっきりしてませんが、これが手がかりになるでしょう。読める人もいますしね」


 視線を受けた在森が体を傾けて見入った。河尻が続ける。


「ざっと見て分かったのは、消印は七年前の四月十日、錦府あおさかの辺りからばっこくに宛てて出されたようです。それで、七年前というので一つ思い出した事件があるんです。麦国大使館の役人とその奥さんが強盗に殺された事件、二人の苗字は――」

「スケール、でしょうか」


 在森が葉書の文字を示した。


「差出人はスケールという苗字です」

「そう、スケール!」


 悲しいとも嬉しいともつかぬ色を顔に浮かべ、河尻が一つ手を叩いた。


「そうです、殺された夫婦もスケールって苗字です。下手人も逃げてる途中で死んだ、後味の悪い事件ですよ……それがちょうど七年前なんで、何かこうにおうと思ったんです」

「そうでしたか……。葉書をよく見せていただいても?」

「はい、どうぞ。こっちでも後できちんと調べますが、今読めるだけ読んでもらえるとありがたいですね」

「ええ、分かりました」


 在森が葉書を静かに取り上げる。


「差出人はジョージ・スケールです。住所は確かに青坂区に見えますね。宛名の方はヘレン・スケールともう一人――苗字は同じですが、下の名前がかすれて読めません。住所も麦国のどこかとしか……ヘレンはジョージの妻で、もう一人は二人の子どもか誰かではないでしょうか」

「その子どもって」


 緒都がつぶやく。


「まだ断言はできませんが……裏を見てみましょう」


 在森が葉書をひっくり返した。衝天閣や活動写真館を写した彩色写真が印刷され、色の薄い空を埋めるように字が連なっている。

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