エピローグ いつかの魔女への贈りもの
それは、燃えるような赤毛の人だった。
20歳くらいの容貌で、私より少しだけ背が小さな女性。
野球帽を被って、パーカーを着た、まったく飾り気のない人だった。
そんな人と、通学路の途中でばったり会って、私達は何故かお互い目が離せなくなっていた。
一緒に歩いていたクラスメイトが不思議そうに私の顔を覗きこむ。
彼女たちが何か言っているはずだけれど、声が遠くて聞こえない。
その人は、そっと私の近くに歩いてくると、優しく笑いかけてきた、まるで仲のいい友達みたいに。
「やぁっと見つけた……。まさか、こんな東の果てにいるなんて想いもしないじゃん、西洋名なんだしさ。まったく、何度違う『
そう言うと、その人はぎゅっと私に抱き着いた。周りの声が妙な調子で色めきだつ。
訳も分からぬまま、感じる人肌は何故だかどうして懐かしくて、名前すら知りもしないのにこの人がどれだけの時を経てここにいるのかだけはわかっていた。
「いつぶりかな、200年から先は覚えてないや。もう、こうして残ってるのも私、独りだけになっちゃったよ」
その人は、なぜだか、そういって泣きだした。
まるで。
まるで、そう。
何年も、何年も、出会えなかった想い人にやっと出会えたみたいな、そんな泣き方だった。
泣きながら、抱きしめられた。
私は震える嗚咽だけを、ただただ感じていた。
わけがわからない。
知らない人が泣いている。
私を見て、私の名前を呼んで。
どうして。
なにより、どうして。
私も泣いてるんだろう。
悲しくて、泣いてる、わけじゃない。
嬉しくて。
嬉しくて。
本当にただ嬉しくて。
どうして私はこんな気持ちで泣いているんだろう。
分からないまま、答えなんて何一つ出ないまま。
私はぎゅっと、その人を抱きしめた。
永い、永い、旅路の果てに。
ようやく私に、辿り着いた、そんなあなたを抱きしめた。
掛け替えのないあなたを抱きしめた。
※
昔、×の×女、と私は呼ばれていた。××××年前くらいの頃、××××の地域の近くに住んでいた。
そこでその子、と×××と暮らしいてた。
幸せな、とても幸せな日々だった。
いろんなところに行った―――はずだ。
×の×××××を探しに行って、帰りに××××に登ったっけ。
×××××と出会って、後々聞いたらそれが××××××××だったそうだ。×××××から聞いたことだけど。
たくさん、たくさん旅をした。
いろんなところに、その子との残滓が残ってる。
××××だ顔が見える。××××る声が聞こえる。××××いる姿が浮かぶ。
××××に×××した。××××と××××れた。×××××とも、あの子お陰で×××××できた。
もうほとんど、思い出せないけれど、記憶をそっと指先でなぞれば、うっすらとした何かが残ってる。
そんな、残滓に誘われて、私は今日もふらふら歩いてた。
時代は移り変わって、魔×や×も扱いにくくなって久しい。大半の知り合いは当に、木や岩、風や炎、水や雲に姿を変えた。
理由はきっと、人それぞれで。
時代の流れに耐えられなくなったり、人生に満足したり、そうしたほうが気持ちいいからなんて奴もいただろうか。
誰が誰だか、もう思い出すこともできないけれど。
そういえば、最後に残っていた××に聞かれたことがあったっけ。
いつまで、待ってるの? って。
いつまでもって答えたら、彼女はどんな表情をしていただろうか。
もう、想い出すこともないけれど。
でも約束だけは、まだ覚えてる。
会わなきゃいけない、どうしてだかはわからないけど。
胸元に小さく刻まれた刺青が、私の背を突き動かす。
どうしても、この子に会わないと行けないんだ。
そう、この子があの幸せな記憶の手掛かりなんだから。
忘れないでと、ずっとずっと願われて、私は生きてきたのだから。
そうして私は町の中を独り静かに歩いてた。
思えば、こうして××××年。
たくさんの時を過ごしてきた。
たくさんの別れを越えてきた。
その気持ちすら少しずつ風化して、見えなくなってきたけれど。
この旅は、この人生は、けっして悲しいだけのものではなかった。
たくさんの人と出会ってきた、たくさんの場所に訪れた。
たくさんの綺麗なものを見た。
だから、笑って私はあの子を探し続けた。
『アリア』なんてたくさんいたから、たくさんの関係のない子となかよくなったけ。
おかげで、出不精の私だけれど退屈しない××××年間だった。
騒がしいアリア、陰気なアリア、よく泣くアリア、よく笑うアリア、ネコが好きなアリア、工作好きなアリア、浮気してたアリア、豪快だったアリア。
さあ、次はどんな子と出会うのかな。
そう想って、私はふと目を上げた。
ここは東の果ての小さな国。
アルファベットを使わない国だから、アリアとは中々出会わないけど、ご飯がおいしいから、たまにこうしてやってくる。
小さな国の、小さな町、なんてことはない道の端。
ふと何かが聞こえてきた。
なんだろう、この国の言葉じゃないね。
どこかの国の子守歌。
どこかの誰かの想い出の歌。
いつか聞いた、そんな歌。
きっと、海を越えて、代を越えて、偶然の末に、こうして東の果てに流れ着いた、そんな歌。
道の先から歩いてくる。
女の子の集団のその一人。
外国の歌はかっこいいねと周りの子が持て囃す。
その子は、そうでしょ? ってちょっと自慢げで。
それから私とそっと何気なく目が合った。
君に会った時、どうしよっかなってずっとずっと考えてたんだ。
だって、君は何も知らない。
私だけが知っている、私だけが覚えてる。
だから、急に仲良くなろうとしたら困るよね。
嬉しくても、急に泣きだしたりするのは厳禁だから。
だからゆっくり少しずつ。
ちょっとずつ君と仲良くなろう。内気な子どもが初めての友達と仲良くなるくらい、ちょっとずつ。
そしたら今度は、私がいろんな所に連れていってあげるんだから。
何年分もの想い出を、またたくさん君と創ろう。
だから初めは、ゆっくりと。
…………そう想っていたのにね。
笑えるくらいに、涙腺は言うことを聞いてくれなくて。
足が勝手に君の方へ歩いてく。
腕が勝手に君のことを抱きしめる。
声を上げて泣いてたら、なんでか君も泣いていた。
ああ、ああ、ああ。
ああ、もう笑えるほどに台無しだ。
だからせめて、精一杯に泣いていよう。
××××年分の会いたかったを、××××年分の想い出を、××××年分の幸せをどうにか君まで持ってきたよ。
いつかの君からの贈りものが、今、ようやく届いたよ。
ある小さな国の、小さな町。
もう独りじゃないんだと。
そこで二人、私達は泣いていた。
掛け替えのない君を抱きしめて。
おしまい
いつかの魔女への贈りもの キノハタ @kinohata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます