#35 もやもやする理由②

「えー! マジっすかそれ」

 裕樹くんが、唖然とした表情でいった。

「もう十年以上も前の話で、優さんの中ではとっくに終わってることなんだけれど、性格上、放っておけないのかもしれない。これはあくまで、俺の勝手な見解なんだけど」と、斉藤さんが苦笑する。

 私が成瀬くんとの合同誕生日会を開いて貰った次の日、数年ぶりに園崎浩平おかざきこうへいさんという、優さんの幼馴染と再会したのだそうだ。その岡崎さんの、三つ下の妹さんと優さんは同い年で、当時付き合っていたらしい。二人は将来の約束までしながらも、いつからか、お互いの進みたい道が分かれてしまったのだという。

「俺も、優さん繋がりで何度か会ったことがあってね。優さんと別れた後、カナダへ留学して現地の男性と結婚したことまでは知ってたんだけど、去年離婚してまた家に戻って来ているらしい。優さんのことをあれこれ尋ねられたから、俺なりに正直に答えたつもり」

「ということはですよ、その元カノがヨリを戻したがってるとか?」ありさが前のめりになっていった。

「そうかもしれない」

 三人の、これはマズいことになったよね。と、でも言いたげな視線とかち合う。次いで、ありさがスマホ片手に立ち上がり、「中村さんには絶対来て貰おう」と、言って席を離れようとした。その時、テーブルの上に置いておいた私のスマホが、ブルブルと音を立て始めた。それは優さんからで、私は急いで通話マークをスワイプさせようとして焦りからか手を滑らせ落としてしまう。それでも、なんとかまた手にして通話を試みた。

「も、もしもし! あ、はい。まだ終わってないです。え、あ……わかりました。待ってますんで、気を付けて来て下さいね」

「来るの?」ありさが顔をぱっと明るくさせて言う。頷く私に、三人はまた顔を見合わせながら困惑顔を浮かべた。

「あたしが電話することもなかったか。もうさ、こうなったら今夜何もかも話してスッキリしよ! まぁ、夜中に話すような内容じゃないけども」

 ありさから再度励まされ、私は躊躇いながらも頷いた。


 優さんがMIRAに到着したのは、四十分ほどが過ぎた頃だった。どうやら、思っていたよりも早く終えることが出来たらしい。

 私たちが、いつもの生ビールを飲む優さんをじーっと見過ぎていたからか、優さんからは怪訝そうな顔で見つめ返される。

「なんだよ、さっきから。気味わりぃな」

「あの、中村さん!」切り出したのは、ありさだった。

「えっと、なんていうか……」

 その目が、斉藤さんに助け舟を出しているかのように見える。と、斉藤さんは苦笑交じりに、これまでのことを話してくれた。

「浩平さんが、お前のところにまで行ってたとはな……」腕組みしたまま聞いていた優さんが、バツが悪そうに呟いた。

「そこまでバレてるなら、しょうがねえ。じつは、何度か彩子あやこから連絡があって一度だけ会ってきた」

「どうして、言ってくれなかったんですか?」私からの問いかけに、優さんは、

「すぐにケリをつけられると思ってたから」

 と、言ってぶっきらぼうながらも、続きを話してくれた。

 その内容から、さっき斉藤さんが言っていた通り、彩子さんから復縁を迫られていたことが明らかとなった。それに対して、優さんの答えはNO一択だったらしいのだけれど、彼女の気持ちは以前よりも強くて、簡単に諦めて貰えないらしい。

 そうこうしているうちに、浩平さんから彩子さんが交通事故に遭って入院したという連絡を貰い、数年ぶりに会ってきたのだという。

「もしかして、この間の電話って……」裕樹くんがぽつりと呟く。そんな彼に、優さんは無言で頷いた。

 裕樹くんとの仕事を終えた後、入院先の病院へと急いだ優さんは、健康的だった彩子さんの変わり果てた様子を目にして、放っておけなくなってしまったのだそうだ。

「すみませんでした」ありさが隣にいる優さんに頭を下げた。

「あたしたち、ほんの少しでも浮気を疑ってしまってました! 遥香のことをもっと大切にして欲しかったってのもあるんですけど……」

「お前らはいいとして」

 ありさに向けられていた視線が私の方に移って、

「お前にまで疑われてたとはな……」

 そういうと、優さんはまた大きな溜息を零した。

「んなことわざわざ話す必要もないと思ってたし、俺からしてみれば──」

 優さんが言い淀む。短くも長い沈黙が流れた。何でもない。と、言ってビールを飲み干す優さんの、不機嫌な顔。真実を知れた喜びよりも、今回もはぐらかされたことに対する悲しさのほうが勝ってしまって、酔いも手伝ってか、また泣きそうになる。刹那、すっくと立ち上がる優さんから腕を取られ、

「ちょっと、こいつ借りるぞ」

 と、言って呆気に取られたままのありさたちを横目に、狭い通路を抜けていく優さんの後を、私は戸惑いながらも追いかけた。店外へと出て、私に向き直る優さんの、少し怒ったような瞳と目が合う。

「お前さ、今まで俺の何を見てきたんだ」

「え……」

「言いたいことがあるなら、遠慮するなっていつも伝えてたよな?」

「……はい」

「なんつーか……お前にそういった嫌な思いをさせちまってたことに関しては俺も悪かったと思ってる。けどだ、あいつらには言えて、俺には言えねえってどういう了見なんだよ」

 より近づいて来る優さんの端整な顔。避けるようにして顔を背けてしまう私。この時点で、先程の「俺からしてみれば──」の、続きが容易に窺えた。

 信じることの大切さ。きっと、優さんも私と同じ思いでいたのかもしれない。

 ごめんなさい。と、今度は素直に謝ろうとして、優しく抱きしめられる。

「これから何があろうと、俺が大切にしたいのはお前だけだから。松永でも、彩子でもねえから」

「……っ……」

「分かったのかよ」

「わ……わっかりましたぁ」

「ったく。戻るぞ」

 そっと距離を置かれる。すぐにまた繋ぐように指を絡められ、私の手を引く優さんは、いつもの優さんで。

 私は今度こそ自分自身と優さんのことを信じる。と、心に誓ったのでした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Bitter × Milk Choco @yuuhaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画