第988話◆リターナー

 三姉妹やラトが出してくる葉っぱはサラダ感覚。

 マヨネーズやドレッシングはダメで、シランドルのサルサル塩原に行った時に手に入れたサルサル岩塩は使ってもいいとチビッ子達の許可が下りた。

 なるほど? できるだけ大自然の魔力を多く含んでいるものがいいのか?


 サルサル岩塩は俺が海水を分解して作り出した塩よりも、天然の旨味や魔力をたくさん含んでいそうだからな。

 ああ、塩の大地なんて長い年月をかけて自然が作り出した神秘だもんな。そんなとこで取れた天然塩なんて良質の魔力たっぷりだな。


 キノコ類もサルサル岩塩をふりかけて網焼きに。

 それを焼くための火は、焦げ茶ちゃんが持ってきた燃える鉱石にサラマ君が着火した炎。

 うーん、土と火の魔力のコラボレーションだ~。


 葉っぱとキノコばかりだと、トレーニングで疲れた体には物足りないので何か動物性のタンパク質が欲しいと思ったところでカメ君から新鮮な貝や魚が。

 カメ君が持ってきた魚は、三姉妹や苔玉ちゃんが持ってきた木の実を砕いてスパイス代わりにしてサルサル岩塩と共にふりかけ、サラマ君が持ってきたバナナの葉っぱに包んで網の上で蒸し焼きに。

 隠し味にラトの抱えていた酒をちょこっと拝借。よくわからない酒だとすごい酒みたいで、チビッ子チェックには合格。

 貝はそのまま網焼きに……と思ったら、アミュグダレーさんがフンババのバターを提供してくれた。フンババのバターもチビッ子チェックに合格らしい。


 どれもこれも上質の魔力がたっぷり含まれた食材はシンプルな味付けでも素材そのものの味が楽しめて美味しいうえに、食べると魔力がすっからかんになっている体に心地の良い魔力が染み渡っていくのが体感できた。

 のだが次々にチビッ子達が食材を追加して、全部食べろとあざといポーズで圧を掛けてくるので、どんどんパンパンになっていく腹に無理矢理詰め込んでついにダウン。

 ヒョロヒョロもやしのくせにやたら食べるアベルも、底なし胃袋のカリュオンも食べすぎて地面に転がってしまったので、俺が地面に転がって動けなくなっていても仕方ない。


 く……苦しい……あ、デザートにアップルパイ? アップルパイ再び?

 でも三姉妹とカメ君の手作りなら食べちゃう……うっ、苦し。


 でも思いっきり体を動かして、思いっきり食べて、そのまま寝る――なんて気持ちのいいことなのだ。


 そうなるしかないくらい、力を使い果たした体に色々詰め込まれて地面に転がった俺を、カメ君が水の魔法でピューッとベッドまで吹っ飛ばしてくれたのは覚えている。

 背中にベッドの感覚を覚えた直後に完全に意識は夢の中へと落ちていった。



 こんだけ疲れていたら夢すら見なさそうなのに、あまりに朝のトレーニングがきつかったからか、ひたすら極限の鍛錬をしている夢ばかりを見た。



 ある時は噴火寸前の火山の火口に落とされて、火口の奥にあるものとそこから飛び散るものにビビリながら脱出する夢。


 またある時は勝てるわけがないのにひたすら強大で真っ赤な竜に一人で戦いを挑みボロボロになる夢。 


 ある時は試練といって大きな木にひたすらよじ登る夢。


 ある時はアベルらしき人物と一緒に強大な白金の竜に挑み追い詰める夢。


 そして最後はこれでもかっていうほど強そうな装備や、ずらりと並んだ豪華で美味しそうな料理。


 え? これもしかして全部俺のもの!? そうだよな、辛い試練を乗り越えたのだから貰っていいよな!!


 やったーーーー!!



 って、思ったところで目が覚めるのが夢というものである。




「いただきますっ!! え?」




 と、言いながら目がぱっちりと覚めた。

 グッタリと疲れて眠ったはずなのに、びっくりするほどぱっちりと爽快な目覚め。

 しかし貰えると思ったすっごい強そうな装備も豪華な食事もなく、それを探してキョロキョロするも目に入るのは改装のおかげですっかり綺麗になっている俺の部屋。

 ベッド横のチェストの上に置いてある籠の中ではスヤスヤとカメ君が眠っている。


 ぱっちりと目は覚めたが頭はまだ夢の中の気分を引きずっていて、現状を把握できずにポカーン。

 数秒ポカーンとして、強そうな武器も豪華で美味しそうな食事も全部夢で、きっついトレーニングの後これでもかってくらい色々食べさされてベッドに投げ込まれたことを思い出した。


 そして今日の予定を思い出してハッとなり時計を見るとまだ正午にギリギリならないくらいの時間で、窓を覆うカーテンの隙間から明るい日差しが部屋の中に漏れていた。

 朝食の後眠っていたの思っているより短い時間だったようだ。

 

 そしてすぐに違和感に気付く。

 あれ? すんごく体も心もスッキリしている?

 あれだけ体を動かして体力も魔力も尽きたのに、体がどこもギシギシしていない。

 体力の限界まで身体強化を使って体を動かし魔力まで尽きたとなると、身体強化の反動の筋肉痛や魔力が急激に増える時の魔力痛があるはずなのに、そんなものは一切なかった。


 身体強化のスキルは魔力を使って身体能力を爆発的に上昇させるスキルだが、本来の能力を超えて体を動かしているため、限界を超えて使い続けると後になってその反動で恐ろしくきつい筋肉痛がやってくる。


 そうならないように日頃から体を鍛えて自分の限界を伸ばしつつも、自分の限界を知りそれを越えないように使うものである。

 とくに大きく限界を超えた場合、その反動は時間をあけず現れる。

 だから冒険者活動中にそれがこないように、自分の限界を超えないように使うのが身体強化である。

 身体強化により身体能力の上昇量が大きいほど限界に達するまでの使用時間は短くなり、限界を超えてしまった時の反動も大きくなる。


 つまり身体強化を使いまくって長距離を走るなんて、後に大きな反動がくること待ったなしなのだが体には全く痛みがなく、ベッドからでて床の上で軽くピョンピョン跳んでみたり腕をグルグル回してみたりしても筋肉痛どころか、寝起きだというのに全く体が硬くなって折らずむしろ軽いくらい。

 まるで関節や筋肉が全てピカピカの新品になったような気分。


 限界を超える身体強化を使ってあれだけ体に負担を掛けたはずなのに全く体が痛くないことが腑に落ちない俺。

 いや、トレーニングで完全に燃え尽きた時は身体強化の反動特有のギシギシとした体の痛さはあった。

 ちょこっと意識が飛んで、葉っぱを食べたりアップルパイを食べたり、その後モーニングバーベキューをして腹と一緒に魔力が満たされるうちにすっかりそのギシギシも消えていた。

 チビッ子達が出してきたものの中には謎の食材が多かったし、その中には回復効果の高いものも混ざっていたのかもしれないな。


 しかし魔力が大幅に増える時に発生する魔力痛もないのは少し残念だな。

 魔力痛がないってことは、あれだけしんどい思いをしたのに魔力があまり増えていないということだから――。


「ステータス・オープン」


 でも気になるか見ちゃう。

 だってあんだけしんどい思いをしたのだから、少しくらいステータスが上昇しているのを数値として実感したい。


名前:グラン

性別:男

年齢:19

職業:勇者

Lv:112

HP:1024/1027

MP:17450/17450

ST:914/914

攻撃:1236

防御:910

魔力:13840

魔力抵抗:2510

機動力:684

器用さ:20050

運:232

【ギフト/スキル】

▼器用貧乏

刀剣102/槍50/鈍器45/体術72/弓68/投擲67/盾68/身体強化98/隠密58/魔術46/変装50

▼クリエイトロード

採取76/耕作52/料理77/薬調合83/鍛冶43/細工70/木工47/裁縫46/美容37/調教70

分解76/合成66/付与69/強化42/美術34/魔道具作成50/飼育45

▼エクスプローラー

検索(MAX)/解体83/探索87/察知95/鑑定43/収納99/取引43/交渉53

▼転生開花

【称号】

オールラウンダー/スライムアルケミスト/無秩序の創/大自然の解放者/明星の恩人/(リターナー)



 気付けばレベルがかなり上がっているし、三桁目前で伸び悩んでいた刀剣スキルもびっくりするほど伸びている。

 食材ダンジョンから帰っても何だかんだで、やっべー敵と戦う機会が多かったしな。

 しかし初のスキル三桁ですごく嬉しい。


 身体強化が恐ろしく伸びているのは……まさか今朝の……。いやいやいやいや、日頃からよく使うスキルだからかなー!?

 収納もじわっと伸びているのはきっと色々なものを出したり入れたりしていたからだな。たまに溢れさせていたし。

 変装がじわっと伸びているのはレッド先生のせいに間違いないな。無駄に伸びているけれどこれは役に立つことがあるのか!?


 あとはちょいちょい使うものがじわっと上がっている感じかな――えええええ……なんで調教がそんなに上がってんだ!?

 ワンダーラプターを飼っているから? いやいや、それにしても伸びすぎだろ!?

 うちにいるペットなんて彼らくらいだし、なんで調教がそんなに伸びたんだ?

 しかも飼育がそこまで伸びていない不思議。

 ま……気にしないでおこ……。


 それから――え? 称号? リターナー!?

 帰って来た人ってこと? 何から? 俺はいつもお家にいるよ?

 え? え? え? これ、いつから付いていたんだ!?

 覗き見大好きなアベルにも何も言われていないから、ごく最近?

 でも何だこの意味ありげなカッコは!?


 ……考えてわかることじゃないから考えるのはやめよう。


 それより体感ではわかりにくい自分の成長を、こうして数値として見ることができるおかげで少しだけ自信が持てた。


 外はまだ明るい。一日はまだ半分以上残っている。


 よし、行こう。


「カメェ……」


 俺にしか見えないステータスウインドウを閉じたタイミングで、カメ君が籠ベッドから起き上がり前足で目を擦っているのが見えた。


「カメ君、俺は行ってくるよ。もちろんアベルとカリュオンとジュストを誘ってな。だからちゃんと見送ってくれ」


 あんだけしごかれて懲りたのもあるけれど、結局アベルもカリュオンも俺と同じことを考えていて、今朝あそこで捕まって同じことを思ったはずだ。


 一人で行くつもりだったのかよ、馬鹿野郎。


 ああ、俺もその馬鹿野郎だ。


 夢の中の俺は一人で強大な敵に挑んでボロボロになっていた。


 でもアベルらしき人物と一緒の時は強大な敵を追い詰めていた。


 仲間を信じて力を借りよう。


「カメッ!」


 ベッドからピョコンと俺の肩に飛び乗ったカメ君がペチペチと俺の頬を叩いた。


 きっとこれは励ましてくれているペチペチだ。




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グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~ えりまし圭多 @youguy

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