第987話◆試練のご褒美

 スキルや身体能力は酷使した後ほど大きく成長する傾向がある。

 自分の強さを数値として見ることを知っている俺は、きっと誰よりもそのことを確信しているだろう。


 が、これはやりすぎでは!?


 身体強化の使用を許可された状態の朝のトレーニング、それは身体強化を使うレベルのトレーニングという意味だと気付いたのはランニングの途中から。

 身体強化状態で走らないと後ろから突かれるランニングに、その後の腹筋と腕立ての時に俺達の上に乗ったチビッ子達が地獄のような重さになって、身体強化なしでは腹筋も腕立ても無理だった。


 そして身体強化を使えば魔力をどんどん消費するし、こんなハードなトレーニングをすれば体力もどんどん消費する。

 よってチビッ子達に出されたトレーニングメニューを終える頃には、魔力も体力もカラッカラになっていた。


 む……無理……これ以上は生命力を削ることになる。

 魔力が底をついた状態でさらに魔力を使おうとすると生命力が魔力に変換されるんだよぉ。

 そのを阻止するための体が出すサインが、魔力枯渇状態なった時に襲ってくる強烈な睡魔である。


「無理……もぉマヂ無理。魔力もぉ体力もぉ枯渇して、もぅ動けなぃ。チビッ子達にゎ……遊び感覚でもぉ……俺達人間わぁ……ヵ弱ぃのぉ……もぅマジ無理……朝ご飯にしょ…………ぁ、でもその前にステータスォー……マジ無理、もぅスキルも使ぇなぃくらい魔力枯渇……」


 先日のチビッ子達による魔力チューチューで干物になり、昨日は昨日でやさぐれたナナシにチューチューされ、そして今朝はトレーニングで自分から魔力を放出して再び干物状態になりうつ伏せで地面に転がる俺。

 猛烈な朝トレで干物になったものの、ここまでやれば確実にステータスやスキルが伸びていそうな予感がして顔を上げ右手を伸ばしながらステータスを確認しようとしたが、ステータスウインドウを呼び出す魔力すら残っておらず再びパタリと地面に伏した。

 もぅ無理。魔力もスタミナもゼロよ。


 しかし今回は無理やり吸い出されたのではなくスキルを使って体を動かしながら魔力消費したため、襲ってくる疲労感と睡魔は健全な心地良さがある。

 最近これほどまでに消耗することはあっただろうか。

 激しい戦いで魔力を枯渇させることはたまにあったが、汗だくになり体力までもほぼ使い切るほどのことはなかった気がする。


 ああ……そうか……。

 冒険者として熟練し成長すると共に魔力や体力に余裕ができたこともあるが、無意識に全てを出し切るほどの戦いになることは避けていたな。

 どんな強敵でも、どんな無茶をしても、まだまだ最後まで力を出し切ることはなかった気がする。

 確実に勝てるように余裕を持って戦っていたから。それが冒険者だから。

 勝つことより生き延びることが優先だから。

 だから己の限界まで出し切るなんてことは、冒険者として熟練するほどそういう場面を避けるようになっていた。


 この疲労感とやりきった感は久しぶりだな。

 そして自分の限界というものを感じるのも久しぶりだな。


 流れ出す汗と使い切った魔力と体力で、体の中で燻っていた老廃物を全て自力で全て自力で吐き出したような心地の良い気分。

 体の中がまっさらになり、これから回復して体を満たす魔力が新しくて綺麗なものばかりになりそうな気分。


 ゴロリ体を反転させ仰向けになると、降り注ぐ暑い夏の日差しが不思議なまでに心地良い。

 その日差しを体全体で受け止め、日差しに含まれる魔力を全て取り込んでいるような感覚。

 ジリジリと暑いはずの日差しがなぜかポカポカと心地良く感じて、睡魔がより強くなり瞼がだんだんと落ちてくる。


 細くなる視線の中で左右を見れば、すでに完全に意識が飛んでいそうなアベル、カリュオンはまだギリギリ意識があるのか苔玉ちゃんがペチペチと頬を突いているのを面倒くさそうに手で払っている。

 加減してもらったジュストもやはりきつかったみたいで地面にひっくり返っているな。

 アミュグダレーさんはランニングの後の追加メニューには参加しなかったので、立ち直って困惑顔で俺達を見下ろしている。


 それを見ながらだんだんと細くなっていく視界。

 ああ~、ちょっとだけ……ちょっとだけ……。




「あらあら、朝食の時間になっても頑張っているようだから様子を見にきましたけど、グラン達はプチ竜の試練は無事達成されたみたいですわね。竜の皆さんも一緒に体を動かして少しすっきりしましたか? 物理的な意味で」


「ジュストはプチのプチだったみたいね。アミュグダレーは今までに何回も試練を受けたことがあるから途中で免除されたの? 竜の試練って達成すれば飛躍的に基礎体力が上がるでしょ? めちゃくちゃきつい鍛錬をしてるから体が強くなってるだけな気もするけど」


「ふふ、体の中でずっと溜まっていた澱みが絞り出されて綺麗になりましたねぇ。これは自力で出さないと出ていかないものですからねぇ。これで回復したら新しくて新鮮な魔力で体が満たされて調子も良くなりますねぇ。美味しいものや綺麗なものから質の高い魔力を取り込めば能力を最大限に出させそうですねぇ」



 心地良い微睡みの中に聞こえてくるのは三姉妹の声。何か喋っているようだが夢うつつの頭でそれを理解することができない。

 すぐ近くでは誰かが俺を覗き込んでいる気配、きっと三姉妹が俺を覗き込んでいるのだろう。

 ああ、朝トレが朝食の時間までに終わらなかったというのは気になっていたが、その後魔力も体力も尽きて倒れてしまったから三姉妹が心配をして様子を見にきてくれたのか。


 その気配と共に焼けたパンの香りが妙に近くから漂ってくる。それからシナモンたっぷりのアップルパイの香りだろうか。

 優しい三姉妹達が朝食をここまで届けてくれたのか。カメ君と一緒に作った朝食だよね?

 食べるぅ~、食べるよぉ~。


「あらあら、食べ物のにおいに反応して目を覚ましそうですわ」

「せっかく体の中が綺麗になっている状態だから、美味しいものもいいけど綺麗な魔力のものを食べさせてあげましょ」

「そうですねぇ、まずは聖なる力と生命力の溢れるこの葉っぱからですねぇ。これで内側から穢れたものに強くなって体も強くなりますよぉ」


 美味しそうなにおいにだんだん意識がはっきりしてきて、聞こえてくる三姉妹の会話も少しずつ頭に入ってくるように。

 うんうん、美味しいものも綺麗なものも食べる食べる。綺麗なものだからきっと美味しいよね。

 それで内側から強くなるなら、ユウヤ戦前に非常にありがたい。


 何かを口の辺りに近付けられる気配、それは自然の溢れる緑の香りがするもの。

 三姉妹の誰かが食べさせてくれるのかなぁ?

 可愛い三姉妹の手ずから食べさせてもらえるなんて、多少青臭くても喜んでムシャムシャしちゃう!

 まだ半分くらい眠っている頭ではそれが何かなんて考えることなく、ムシャア。


「やだぁ……野菜のにおいがするぅ……やだぁ……絶対青臭くて苦いやつぅ……」


「もー、寝ぼけながらも拒否するアベルの野菜嫌いは筋金入りね。でもこれを食べると魔力が増えるかもしれないから食べなさい。これをちゃんと食べたら、次はあまぁ~いパイをあげるわ」


 すぐ近くでアベルがむにゃむにゃと言いながら葉っぱを拒否しているのが聞こえてくるが、きっとこれはヴェルに上手いこと丸め込まれているやつだ。

 確かに生で青臭いしちょっぴり苦いけれど、大人の俺はこれくらい平気だよ。魔力が増えるのも大歓迎。


 ちょぴり苦くてすごぉ~く青臭い葉っぱをムシャムシャと噛んで飲み込むと、喉から腹にそれが滑り落ちていく感覚と共に体の芯から魔力が湧き上がってくるような感覚がした。

 それはまるで綺麗な泉が体の中で湧き出したような感覚で、湧き出した魔力が体中を駆け巡りなんとも心地の良い気分になった。


 次は甘いパイだっけ? それも食べたら気持ちの良い魔力が湧いてくるのかな?

 苦い葉っぱをちゃん食べたから、あまぁ~いパイもアーンして。


「グランは好き嫌いがないようで楽だな。ふむ、では次はパイを口に突っ込んでやろう」


 口を開けて待つ俺の耳に聞こえてきた声は、俺の予想を裏切るものだった。

 葉っぱのおかげで魔力も回復し、ハッと目を開けると俺を覗き込む白い美形。

 その手には丁寧に煮込まれて黄金色になったリンゴらしき具材の乗った美味しそうなパイが一切れ。


「ラララララララト!? ぐおっ!?」

「ぬあぁっ!?」


 しかしパイより何より目の前にいたのがラトだという驚愕の事実と屈辱に飛び起きて、そのまま額がラトの顎にゴッチン。

 あまりの痛さに再びひっくり返って額を押さえる俺と、俺を覗き込むのをやめて顎を押さえるラト。

 そして倒れたまま額を押さえながら周囲を確認すると、三姉妹達はアベルとカリュオンとジュストに黄金のパイをアーンしていた。

 そんなぁ~。


 ものすごく屈辱に塗れた気分で起き上がり改めてラトからパイを受け取ってモグモグする俺の視界に入ったのは、新たな料理をスタンバイしているカメ君と木の実をわんさか抱えている苔玉ちゃん、火属性のリュウノコシカケをたくさん抱えているサラマ君に、ゴツゴツした岩みたいな見た目のロックマッシュルームというキノコを抱えている焦げ茶ちゃん。


 え、それもしかしてくれるの?

 違う、もしかしてこの場で食えって言うの?


「りゅ……謎の小動物の試練を越えし者達に、謎の小動物からの褒美らしい。全て今すぐ食べて使い果たした体力と魔力を回復するがよい。それもまた試練だ……そうだ」


 そういうラトも謎の葉っぱや果物をたくさん持っている。

 あの……生ばっかりはきついので火を通してもいいですか? 特にサラマ君が持っているリュウノコシカケと焦げ茶ちゃんが持っているロックマッシュルーム!!

 キノコ類の生食はダメだ。


 このままダラダラしているとチビッ子達が抱えている謎の食材を無理やり口に突っ込まれそうなので野営セットを取り出してバーベキューの準備を始めると、アベル達も目を覚まし突発モーニングバーベキューが始まることとなった。


 ただし具材はラトや三姉妹やチビッ子が持ち出したものだけ。

 俺が収納からあれこれ出そうとするとチビッ子達に猛烈な妨害をされることとなって、味付け用の調味料もチビッ子チェックに合格したもののみの素材の味を楽しむバーベキューに。


 そして食べても食べても次々と出てくる魔力たっぷりな珍しい食材達。

 珍しい食材をこっそりお持ち帰りできないように収納スキルはチビッ子達によって封印され、ひたすら腹の中に詰め込まれてお腹がパンパンに。


 う……確かに食べれば魔力と体力が回復して力がみなぎる感じがするし、全てを出し尽くした後なのでだいたい何でも美味しいけれど……うっ、次々に出てきてもう限界、無理。

 え……これも試練? いやいやいやいや、食べまくる試練って何ーーーー!?


 朝練でこってり絞られた俺達、今度はひたすら魔力豊富な食材を食べることになりお腹がパンパンになって、朝練の後とは違う意味で地面に転がることになった。


 早起きのせいで睡眠時間が短かったこともありそのままスヤァ。


 チビッ子達の馬鹿ーー! 俺はユウヤを倒しにいかないといけないのにーー!!


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