第986話◆チビッ子達からの試練
スキルも魔法も好きに使っていいから、とにかく五十周しろというチビッ子達からの課題。
なぁんだ、スキルを使っていいなら五十周くらいチョロいじゃん。朝飯にも余裕で間に合いそう。
パパッと終わらせて、いい汗掻いて朝飯にしよう。
チビッ子も一緒に走ってくれるっぽい? しかもカメ君がワンダーラプターの世話と朝食の支度もしてくれる? その時間まではカメ君も朝練にも付き合ってくれる? さすがカメ君!
何だ、天国じゃん。
……と、思ったんだけどな。
身体強化を発動中は魔力を消費し続ける。
身体強化を発動すれば身体能力が上がり足は速くなるが、体力や魔力が増えるわけではない。
むしろ走れば体力を消耗するし、身体強化を使って走るということは魔力も体力も消費するということになる。
身体強化とは長々と使うものではなく、必要な時に使うもの。
短距離中距離を駆け抜けるのには向いているが、長距離を走る時に使い続けると体力も魔力も激しく消耗するのだ。
そしてうちの周りを五十周とは……確実に長距離である。
走り始めてすぐにそのことに気付き朝食に間に合う程度にペースを緩めようとしたのが、速度を落とした瞬間すぐ後ろを走っていた苔玉ちゃんからビリッと雷攻撃が飛んできた。
苔玉ちゃんだけではなくカメ君や焦げ茶ちゃんやサラマ君からも、当たりたくない攻撃が。
カメ君、お尻を狙って水鉄砲はやめて? ここにいる面子には誤解されることはないけれど、お家に帰った時に三姉妹達に誤解をされると俺のガラスのハートが砕け散って立ち直れないからやめて?
焦げ茶ちゃんもカメ君と同じ箇所を狙って泥をぶつけるのはやめてくれないかな? よく見れば誤解されないけれど、よく見ないと誤解されて尊厳を失いそうだからやめて!?
ああああああああああ~~~~、サラマく~~~~~~ん!! お尻に火を付けようとするのもらめえええええええ!!
走る! ちゃんと走るから、後ろから攻撃をしないで!
でもこのペースだと五十周終わる頃には体力も魔力も尽きちゃうから、少しだけゆっくりに……だからケツに水や泥や炎をぶつけるなああああああ!!
え? 暑いから途中で水分補給は許すから休まず走れ? 人間は暑さに弱いからそのくらいは妥協してやる?
サラマ君、やっさしぃ~! って、サラマンダーっぽい何かのサラマ君の基準でいったら、だいたいの生物は暑さに弱いんじゃないかな!?
だから暑さに弱い人間に手加減して三十周に減らさない? ぎえええええ~~~、ケツに火を付けようとするのはやめろ~~~~~!!
走る速度を落とそうとすると後ろから攻撃されるのは俺だけではなくアベルとカリュオンも。
アベルは転移魔法でピュンピュンしようとしてチビッ子達に空間魔法を歪められて何度も後ろに下がらされているうちに魔力を消費しまくって結局自力で走ることになっているし、カリュオンもカリュオンで服のフードに苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんがこっそり木の実や石ころを詰め込んで重たそうになっている。
あれ? 俺もなんか首の辺りが重いけれどフードに何か入れた!?
ただでさえしんどいんだから、重たいものをフードに入れるのは禁止ーーーー!!
必死に俺達についてこようとしているジュストだけは、速度が落ちそうになると攻撃されるのではなく後ろからチビッ子達が魔法を使って後押しをしていた。
俺達と扱いが違いすぎないか!?
そうだな、ジュストはまだ冒険者になって日が浅いからベテランの俺達と同じメニューじゃきついよな。
むしろ俺達もきついからちょっと後押ししてくれてもいいんだぜ?
ぎえーーーー! 水鉄砲で後押しはズボンが濡れて誤解されそうだからダメーー!!
こうしてチビッ子達に追い立てられながら、何だかんだで五十周走りきってしまった。
途中でカメ君はワンダーラプター達の世話と朝食作りに離脱。
これで水鉄砲の危険はなくなったが、焦げ茶ちゃんが泥団子を握りながら後ろを追いかけてくるので最後まで油断はできなかった。
身体強化を使ったハイペースを維持しての超長距離ランニングだったため体力も魔力も大幅に消費して、ゴール直後ゼェゼェフラフラしながらそのまま地面にゴロン。
俺だけではなく貧弱モヤシ男のアベルも当然、そして体力オバケのカリュオンも。
時々チビッ子に補助してもらって俺達より優しいランニングだったジュストも地面でグッタリとなり、不運にも巻き込まれて地面に倒れてしまったアミュグダレーさんの表情からは生気が感じられなくなっている。
いや、マジきつかった。
もう汗はダラダラだし膝はガクガクで、地面に倒れて休んでも息もまったく整う気配がない。
しかしハイペースを維持するように追い立てられたおかげで五十周という途方もない距離を、朝食までになんとか走り終わることができた。
この体勢でしばらく休んで、少し体力が回復したらシャワーを浴びて朝食かなぁ。
早起きだったし、ハードなランニングで体力を消費しすぎたし朝食の後に一眠りして体力を回復させて、午後の光溢れる時間にユウヤに挑もう。
きつぅ~いランニングで朝から疲れたが日頃から鍛えている冒険者にとってこの程度なら、少し休めば体力も魔力すぐに回復する。
だから朝食までの時間ちょっぴり休ませて――。
「ゲエエエエエエエエエッ!」
「キエエエエエエエエエッ!」
「ズモオオオオオオオオッ!」
「ぐぇっ!」
仰向けに転がって息を整え始めほんの数十秒、ちょいポチャ焦げ茶ちゃんが突然俺の腹の上に飛び乗ってきた。
ぎえええええっ! 君、元からちょいポチャ系で重めなんだからやめてええええええ!!
「ぎぃやっ!」
「ぐおおっ!」
アベルの腹の上にはサラマ君が、カリュオンの腹の上には苔玉ちゃんが飛び乗っている。
「え? 次は腹筋と腕立てをしろ? 無理無理無理無理~~~!! 俺は魔法使いでか弱いから、追加メニューはグランとカリュオンだけにしてあげて!! ぎゃっ、お腹の上で跳ねないで! 腹筋をやるからお腹の上から降りて! え? 乗せたままやれって? そんなのきついじゃん。きつくないと強くなれない? これは巨大な敵を前にした試練? 試練のせいで敵と戦う前に力尽きそうだよ! は? 生き物は限界まで追い込まれた時ほど大きく成長する? ぎゃああああああ、なんか重くなったああ!!」
ヘイ、アベル! 余計な通訳をすると俺達も追加メニューから逃げられなくなるからやめてくれないか!?
ていうか焦げ茶ちゃん重っ! 少しダイエットした方が……ぎえええええええ、急にめちゃくちゃ重くなったああああああ!!
「カメが飯の支度にいったので赤毛には私が試練を与えるインゴット。犬コロはまだまだ試練を受ける域ではない故今度にしてやるから、今日のとこは無理をしない程度でやるがよいンゴット。君達、ジュストに甘すぎないっていうか俺達に厳しすぎない!? え? 早く始めろ? じゃないと腹筋と腕立ての回数を増やす? やだーーーー、ちゃんとやるから増やさないで!!」
うわぁ……あのアベルが素直に腹筋を始めたよ。
あ、もちろん俺もやりますやります。ちゃんとやるのでこれ以上重くならないでくださインゴット。
「ぐお……これって、俺がハイエルフの里を出るっつった時に苔玉に試練といってめちゃくちゃ鍛えられた……ぐおおおおおおお、草の癖に重すぎだろおおおおお!! 鎧を着てないからって草で動きを阻害するのはやめろおおおおおおお。ていうか親父は力尽きたか……まぁ、年寄りを虐めるのはその辺で勘弁してやれ、って俺達ならいくらしごいてもいいと思ってんじゃねーぞ!!!」
いつも重い鎧を着込んで元気に走り回っているカリュオンの秘密はこれか。
鎧を身に着けてないくて身軽なカリュオンの上で苔玉ちゃんの葉っぱがスクスク成長し始め、可愛いぽっちゃり苔玉サイズから大型盆栽サイズなって、そのついでにシュルシュルと蔓を伸ばしてカリュオンに巻き付き筋トレ用ギブス状態に。
うわああああ……きつそう……。
あ、苔玉ちゃんとうっかり目が合ったけれど俺には焦げ茶ちゃんが付いてくれているから間に合ってます!
ぎええええええ、焦げ茶ちゃんが更に重くなったあああああ!
え? 焦げ茶ちゃんが突然取り出した赤く鈍く光る本体とそれに反射する日の光が虹色に輝く謎の鉱石は何?
その赤……まるで緋緋色……緋緋色といえば……なんだっけ?
もしかして頑張ったらそれをくれるの? というか鑑定させて? 取らないからちょっと触らせて?
ほら、俺ってば触らないと鑑定できないからさ。大丈夫大丈夫、触っても収納スキルなんて使わないから。
ぎえええええええ、更に重くなったーーーー!
わかった、終わるまで我慢するからこれ以上重くならないで! でも終わったらその謎の鉱石を……ぐえええええええええ、重たああああああああい!!
超ハードなランニングの後の追加メニューが始まった頃、家の方からパンの焼ける香ばしい香りが漂ってきて疲れた体の胃袋を刺激し始めた。
それに反応してグーグーと鳴り出す腹。
そうだランニングで身体強化を使ったせいで魔力を消費して腹も減りまくっているんだ。
水分補給は許されても食べ物は口にしていない状態の俺達に、この小麦の焼ける香りは最大の試練であった。
そしてここに姿は見えずとも、これが俺様からの試練カメ~という意味を含んだカメ君のカメ~という鳴き声が、香ばしいパンの香りを運ぶ風に乗って聞こえたような気がした。
この後、マジで立ち上がれなくなるほど腹筋と腕立てをやらされた。
。
※ニコニコとカドコミでコミカライズ版グラン&グルメ8話(後半)が公開されているもっ!
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