第6話

 私たちはおもてに出た。

 繁茂した陸の草が足に当たって、ちくちくする。


「寮長って言っても二人だけでしょ? 先にいたグレンデルさんがやればいいじゃない」

「そうはいかねえ。こういうのはなあ、最初が肝心なんだよ」

「こういうのって、どういうのなのかな……?」

「上下関係に決まってんだろ? 阿呆か?」


 そして魔族院の上下関係は、力だって決まってる。

 そう言ったグレンデルさんの雰囲気が変わる。

 

「おめえけっこう強いだろ。わかんだよ」

「グレンデルさん……」


 グレンデルさんは口角を上げて笑みを浮かべる。

 この子、もしかして……

 

「タイマンだ、まさか逃げねえよな?」

 

 もしかして、暴れたいだけだ……!

 


「構えなきゃこっちから行くぞ?」


 グレンデルさんが右腕を掲げる。

 みるみるうちにその前腕が鱗でおおわれ、指は太くなり、大きなかぎ爪が伸びていく。

 

「封印、限定解除。我は地獄の業火より生まれし、邪竜なり」


 詠唱とともに、竜化したてのひらに赤熱した魔力塊が精製されていく。

 

(ってのんきに見てる場合じゃないよ)


 私も高熱に対応できる術を組み上げる。

 

「怜悧なる、極圏の流れ……」


 グレンデルさんの魔力が放たれるのに、何とか間に合わせた。

 

「天地を焦がせ、核熱正拳!」

「我が身を包め、ポーラーサーペント」


 腰だめの体勢からまっすぐに振りぬいた拳から、灼熱の魔力が勢いよく噴出する。

 海底火山のごとき熱気に腰が引けてしまう。

 けれど私も応じるべく、氷水の帯を周囲に展開した。


「そんなしょぼいウミヘビで、竜の一撃が防げるかよォ!」


 グレンデルさんの攻撃に触れたところから、水帯が蒸発していく。

 守れれば十分、そう思っていたが加減をしていては危ないかもしれない。

 五指を伸ばし、両腕をまっすぐ突き出す。

 

「其は名状しがたき者、深海の支配者、西からの禍を穿ち、天地を呑む大海嘯をここに」


 蒸発していた水帯が、勢いを増して膨れ上がる。

 さらに私は水帯を使って術式陣を宙に描いていく。

 

「腕一本じゃ足りねえようだな! 左も限定解除だ!」


 グレンデルさんは核熱正拳を左右同時に打つ構えだ。

 しゃれになってない。

 私も全力の術で応じることにした。

 

「核熱合拳!」

「タイダルサーペント」


 かなりの威力がある核熱正拳が、二つ同時に飛んでくる。

 しかし私が焦ることはない。

 水帯が描いた術式陣から、一抱え以上の太さの水流がほとばしる。

 熱に触れたそばから蒸発するが、この水流は故郷の海から直接召還している。


「海の水が尽きるのと、あなたの熱が尽きるの、どっちが先かな?」


 そんなの、問うまでもなかった。

 熱と拮抗していた水流は、しかしその無限の質量で竜炎を消し去ると、グレンデルさんにまで襲い掛かった。

 

「おま、こんなの反則……」


 水に飲まれたので語尾は聞き取れない。

 しばらく流されていれば頭も冷えるだろうし、術はまだ解除しなくていいか。

 真っ赤な姿が遠ざかっていくのを眺めながら、のんきに考えていた。

 水流がグレンデルさんを、寮の壁にぶつけるまでは。

 

「やば……」


 タイダルサーペントは海の水圧そのものだ。

 頑丈そうなグレンデルさんは平気でも、うっすい板でできた寮の壁は砕け散る。

 あわてて術式陣を消すが、既に放たれた水は止まらない。

 壁を壊すどころか、建屋の根元をみしみしときしませて。

 地面から柱が浮き、屋根を支えるものがなくなり寮全体が崩れる。

 一連の流れが、大クジラのうねりみたいに遅く見えていた。


「住むところ、なくなっちゃった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔界アイドル伝説 てぃんくる★ディザスター 黒骨みどり @naranciaP

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ