第72話 現実
72.現実
「それで?その腕は大丈夫なのか?さっきはなんかあてがあるって言ってたけど」
クラリエさんは仕事があるみたいで部屋から出ていったので今いるのは俺とルガードとフェイ、後はメイドが数人だけだ。
魔境となった戦場へは明日すぐにでも行くらしく、今日は屋敷に泊まる事になった。
「あ~これなぁ、一応いくつか案はあるんだがどうするか」
そう言ってルガードは残った右腕で無くなった左腕の部分をさする。ルガードの腕は二の腕の途中から無くなっていて包帯が巻かれている。
「いくつかってどんな案なんだ?」
「そうだな、まずは教会で治してもらう場合。この場合は聖国までいかないと部位欠損を治せる司祭はいないだろう」
聖国か......物語などでよく出てるけど、必ずよくないイメージなんだよなぁ。この世界ではどうなんだろう?
「2つ目が魔道具の義手を付ける事だな。現状ではこれが一番現実的だろうな」
「義手、そんなものがあるんだ?」
「おう、ピンキリだが俺の稼ぎならかなりいい物が買えるはずだ。この場合もオートリアまで買いに行かないといけないが聖国に行くのに比べれば余裕で行けるな」
ほむ?
「聖国はそんなに行きにくいのか?」
「あそこは入国するのに審査が大変だからなぁ出来るなら行きたくないな」
ほー。国に入るのがめんどくさいのか......
「最後に、腕をこのままにするかだな」
「このままにって。それじゃぁ不便だろ?魔物を倒したりしに行くのにどうするんだよ?冒険者として続けるのに片腕だけだと色々ハンデがあるとおもうし」
片腕だけじゃ大変じゃないのか?
「あー、それなんだがな。すまんケイ、俺は今回の魔境の件が終わったら冒険者を引退だ」
「.................えっ?」
冒険者を引退?ルガードが?まじ?
隣にジッと座ってルガードと俺の会話を聞いていたフェイも悲しそうにうつむいている。その表情からこの話が冗談でもなんでもなく現実なんだと気づかされる。
「部位欠損ってのはな、例え奇跡の秘術を使おうが完全には元にもどらねぇ。比較的よわい魔物を狩って生活する事は出来るだろう。だがこの間まで行っていたダンジョンで最下層を目指すなんてのはもう無理だな」
「あー、まじかー...............って他のメンバーはどうするんだよ?納得してるのか?ってかみんな怪我は大丈夫なのか?ルガードとフェイがその様子だと他の皆も怪我したんじゃないか?」
ルガードの話しに思わず天を仰いでしまった。仕方のない話しだけれどちょっとメンタルにくる。
それに他のみんなは怪我してないのか?ルガードとフェイでさえこれだけの怪我をしているんだ。同じ戦場に立って戦った3人は同じようにひどい怪我していなければいいんだが。
「あぁ全員無事だ、一応な。フェイは見ての通りだし、ドリスもアキリスもネレもそこまでひどい怪我はしてない。今は宿で休んでいるはずだ。それに俺の引退についても既に話してあるみんな納得済みだ」
そこまでひどい怪我をしていないのか.....よかった...そしてルガードの引退には納得済みっと......
「全員が納得しているなら俺も納得するよ。一緒にまた冒険できないのは残念だけど......魔境の件が終わったら引退って言ってもその腕をどうにかするのにどこか国へ行くんだろう?俺も行くのを手伝うよ」
魔境の件が終わってはい、さいなら。は悲しすぎる。
「そうか?わりぃな。幾らある程度戦えると言ってもやっぱりちょっと不安だったんだよな」
「不安って......ルガードでもそう思う事があるんだな。っていうかみんなも一緒に行くんじゃないのか?」
ルガードはそのでかい体に似合わず繊細な部分もあったという事か。
「それなんだがなぁ。フェイは一緒についてきてくれるんだが他の3人がな、魔境での戦いで心が折れたみたいでなぁ。ついていくとかは無理そうなんだ」
心が折れて......心の病気って事か......?PTSDや鬱みたいな?
「まぁそういうわけで行くとしてもこの3人でだな」
「そうか.......他の3人は大丈夫なのか......?」
心が折れたとしてもこの世界では生きていくために動かなければいけない。魔物と戦うか、それとも別の仕事につくか。どうするんだろう?
「まぁ大丈夫だろう。俺達と違ってそれぞれ帰る場所があるしな、アキリスは教会に、ドリスは国に、ネレも故郷に帰るって話しだ」
「そっか......じゃぁせめてお別れ会みたいなのをしたいな、俺が奢るからさ」
「分かった、この後にでも行くか」
「大丈夫なのか?みんな落ち込んでいるんじゃ?」
「大丈夫だろ、こういったときこそ酒を飲まねえとな!」
軽いなぁ.........この世界だとそれが普通か、でなければ生きていけないのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ~...............疲れた、一気に色々起き過ぎだよ」
あの後屋敷を出て早速飲みに行った。飲みにいったんだが..........想像以上にアキリスとドリスとネレは心が折れていた。表情が死んでいて見ているこっちがつらくなるほどだ。
俺はちょっと軽く考えていたのかもしれない、心が折れるって言ってもちょっと落ち込んでいる程度だろうと思っていた。
だが3人の様子は明らかに表情が死んでいる。
ルガードは明るく軽く大丈夫だろうって言っていたが、やっと理解できた。そういう感じでいないとこっちまで心が折れてしまうからだ。
感情は伝播する。いい意味でも悪い意味でも。
静かな個室のある酒場で粛々とお別れ会を行った。短い間だったけど楽しかったこと。またどこかで会ったら一緒に話しをしようって事。
クラリエさんの屋敷のふかふかベッドへ寝転んで色々考え込んでしまう。そして嫌でも理解させられてしまうここが異世界で現実なんだと。物語のようにご都合主義がおきまくってみんなハッピーエンドにはならないって事を。
「はぁ.......嫌になっちまうなぁ.....」
「ほんと、いやになっちゃうよね」
「!?誰!?って神様!?何でここに??」
突然声がして飛び起きるとベッドの横にあるソファに転生時に出会った神様がいた。相変わらず古代ローマ人が着ているような布一枚の服に腰ひもだけの12才ぐらいの姿。
転生してもらったときに話したあの神様そのままの姿だ。
「やぁ、こんにちは。こんばんはかな?この世界を楽しんでもらえているかな?」
「えぇ、まぁ。楽しんで?はいるとは思いますけど......いやいやいや.......えっ?何でここに神様がいるの?」
戦争の話しやルガードの引退の事、やっと仲間になれたとおもったみんなとの別れ。今現在で言えばこの世界を楽しめていない、むしろかなり辛いが。神様はきっとこれまでの事を聞いてるんだろうな。
今日の話しは辛く悲しかったが、ここに至るまでは確実に楽しかったしわくわくしたといえるだろう。
「ふむふむ、楽しんでもらえているようでなによりだよ。それで今日わざわざここに来た理由なんだけどね?ケイ君。封滅の結界、あれを使われると困るんだ」
「何で今日の会話の内容をって.......神様に言ってもしょうがないか。ってそうはいってもですね神様、魔境を消すには封滅の結界を使うしかないらしいんですよ」
「うんうん、もちろん分かっているよ。でも僕が君達を転生させているのに理由があるのは話したよね?」
「世界のマナが少ないから俺達を器にして送り出すって話しですか?」
たしか転生時にそんな話をしていたはず。
「そう、ちゃんと覚えていてくれてうれしいよ。まぁ、そう言ったわけで封滅の結界でわざわざ世界に満ちているマナを消されると困るんだよ」
「あー......そっか、封滅の結界ってそんな効果だっけ」
クラリエさんに教えてもらったときは気づいていなかったが、そうだよな。そもそもこの世界のマナが減少しているから俺達にマナを詰め込んでこの世界に転生させているんだ。それを消すのは神様からすると何でなんだよってなるのか?
「でも神様、マナが異常に溢れて魔境となったあの場所はどうにかしないといけないんです。封滅の結界を使うなっていわれてもどうすればいいんですか?」
神様からすれば何でだよってなるんだろうけど、俺達からすればマナが異常に溢れている魔境は危険地帯だ。どうにかしなければならない。
「大丈夫だよ、安心して?ちゃんと代替案は持ってきたから。はい、これどうぞ」
そう言って神様が渡してきたのはポーション瓶のような物に入ったどす黒い液体だ。
「何ですか......それ」
いくら神様が渡してきたものだとしてもちょっと受け取るのを戸惑う見た目をしている。
「これはね、一度だけ使えるスキルが入った薬だよ」
「一度だけ使えるスキル......?どんなスキルが入っているんですか?」
「マナ吸引だね」
「マナ吸引......まぁ効果は想像できるけど分かりやすいですね」
「まぁね、今回の為だけに作ってきたから」
作ってきた......って事は本来存在しないスキルって事か。
「マナを吸引して大丈夫なんですか?」
吸収しすぎて破裂するとか嫌だよ?
「大丈夫、ケイ君には転生時にマナを保管できる機能を付けているからね。魔境にあるマナを正常に戻すぐらいなら問題ないよ」
「魔境にあるマナを正常に戻すぐらいなら、つまりそれ以上だと危険って事か」
「そうだねぇ、そこまでいっぱいっぱいってわけじゃないけれど。それでもまぁ余計なマナは吸わない方がいいかな?」
「なるほど、まぁそういう事ならわかりましたけど......ちらっ」
「ははは、相変わらず君は神様相手でも恐れを知らないねぇ。もちろんマナ吸引を使って魔境をなんとかしてくれたらそれなりの物をあげるよ」
「さすが神様わかってるぅ」
「まぁ、マナ吸引するだけでも十分褒美になるとは思うんだけどねぇしょうがない他にも物を用意しようか」
「マナ吸引だけでも十分褒美になるってどういうことですか?」
何かあるんだろうか?
「ケイ君はMPの回復速度が普通の人と比べて異常に早い事に気づいたかな?」
「そういえば......何故か早いですね」
今は1秒で1MP回復する。なぜだが気になってはいたがまさか神様は理由を知っているんだろうか?
「それはね体内に保有しているマナが多いからそのおかげで回復速度がはやいんだよ?もし魔境のマナも吸収すると今後MPが減る事は無くなるかもね?」
世界に補充するためのマナが俺の中にあるから副次効果でMPの回復速度が上がっているのか......しかも魔境のマナを吸収すればMPがさらに回復することになって使っても減る事がなくなるって事か?それなんてチート?
「それってやばくないですか?」
「ヤバイねぇ、けれどマナを消滅されるよりかはね。ケイ君に保有してもらう方が僕的にも助かるんだよね」
「なるほど、そういう事ならわかりました。消滅させるのではなく吸収する方向でいきます」
神様が助かるならやるしかない。これでも俺は神様に感謝しているんだ。
「はい、じゃぁこれ。魔境に着いたら飲んでね?マナ吸引の使い方はそれを飲んだら自然とわかるはずだから」
そう言って神様は俺にどす黒い液体の入った瓶を渡してきた。
「分かりました、これで何とかします」
神様から受け取ったポーションを無くさないようにアイテム袋に入れておく。
「うんうん、それじゃぁ後はよろしくね?無事終わったら楽しみにしておくといいよ?」
「はい」
「じゃぁまたね~」
神様はそういうと手をひらひらとさせて消えていった。まぁ神様だし消える事も簡単か。
それにしても......はぁ。神様にも頼まれてしまった以上はしょうがない頑張ろう。
さっさと寝よう。お風呂は朝入ればいいか。
頑張れ、明日の俺。おやすみなさい。
結局その後、神様に渡されたどす黒いポーションの味が気になって暫く寝れなかった。
結界術師になりました。 カロ。 @kenzii
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。結界術師になりました。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます