雨降り竜との物語

 今日はナディの四度目の旅立ちだ。


 ナディの最初の旅立ちは、この家でしばらく一緒に暮らした後だった。

 もうすっかり家族の一員になっていたので、ナディとの別れが悲しくて、感傷的に送り出したのに、ナディは『一人で旅をするのは寂しくて怖かった』とあっさりと二日後に帰って来た。

 皆は一旦キョトンとしたが、またナディと暮らせるのが嬉しくて改めて歓迎の宴を開いた。


 その後のナディは守衛団で働きながら麓の町で暮らしていた。良く家に帰って来たし、たまに大勢の女の子に囲まれているけれど、守衛団の仲間達と団長になったアメリアの協力もあり、すっかり町に馴染んで暮らせるようになった。

 時間を作って番を探しに遠出してたりしているが、なかなか上手くはいかず、その都度にお帰りパーティが開かれている。


 その間の私はと言うと、畑の世話や洗濯をしたり、スープを作ったり以前と変わらない毎日を過ごすと思っていたのだけれど、新しくアークと一緒に薬草や石鹸を売りに行く事を始めた。

 リリスの作る石鹸はすごく売れ行きが良くて、行く先々で需要があった。

 お店に卸したり、お得意さんを回って薬草を処方するアークも楽しそうで、あちこちに馴染みが出来たり、見たことのないものや美味しいものがたくさんあって、旅は楽しかった。

 遠くの街まで行くのはすごく時間がかかって、家を長く空けるので寂しく思う日もあるけれど、アークがいつも一緒にいてくれる。

 私を探してくれた時に知り合ったアークのお友達と仲良くなれたり、フレイルーナとの約束通り、また砂漠のオアシスを訪れ再会を果たすことが出来た。


「リン婆ちゃん……って私と同じくらいの見た目なのに婆ちゃんは変だね」

 と言ってリリスはもうお婆ちゃんと呼んでくれなくなったけれど、テオとテルマの二人は相変わらず『お婆ちゃん』と呼んでくれて嬉しい。

 麓の町で教師として働いているテオと、いろいろと便利なものを作っているテルマ。協力しながら薬草を育てるのにも精を出し、二人で三人分くらい働いている。

  


 今回のナディの旅立ちを見送る会は、守衛団の出張も兼ねていているので、長期に不在となるが滞在先も分かっている。途中までは私とアークも一緒に行くことになっているし、また会える前提でのお別れだ。


 今日は偶然にもペータが滞在していて、お土産のチーズやアイスクリームが振舞われ皆が大喜びをしている。アルヴァとフィフィもとっておきのお酒を二本も開けてご機嫌だ。

 リリスの用意したシュワシュワした美味しい飲み物やお酒とご馳走も用意され「次こそは番を見つけてきます」と意気込むナディを囲み、いつもは静かな山の家はとても賑やかだ。


 ペータはヤギ達といろいろな場所でアイスクリームを売り歩いていて、アークとは旅先の情報や氷をやり取りして定期的に会っている。麓の町や家にも何度か滞在したこともあり、すっかり皆とも顔なじみだ。それにアイスクリームは本当に美味しい。


 いろいろな美味しいものを頂きお腹いっぱいになったので、少し離れてパーティを見守っていたミスティに話しかける。

 喧騒から少し離れると、急にしんみりした気分になってしまった。


「あのね、ミスティ。あの頃、私が大人になっていて、鱗を渡した人とずっと一緒にいられると知っていたら、私は悩んだと思うけど、鱗はミスティに渡していたと思うわ」

「ふふっ。そしたら私も喜んで受け取っていたわ」

「おいおい、僕の事を捨てないでおくれよ」

 もしもの話にサニーが慌てて口を挟む。

「あら、あなたは私がいなくても本当は大丈夫なのよ。でも、あなたと一緒にいた人生に後悔はひとつもないわ」

 二人は年齢を重ねたけれど今も元気で仲が良い。


 私は、本当はイーサがいなくなった時に……いや違う、もっと前、父さんとの絆が切れた時にもう生きる為の力は尽きていたのかもしれない。

 それでも、イーサとミスティに助けて貰って、優しい気をたくさん貰って長い間一緒に生きることができた。

 あの頃に『もしも』があった場合を考えてみると、イーサが鱗を受け取ってくれる想像はどうしても出来なかった。それがとても悲しい。

 それでも、何度も想像しているうちに『イーサはリンの事を娘だと思っていた』の言葉がある日すとんと胸に落ちてきた。その時に初めてイーサに失恋したことに気がついた。

 イーサとずっと一緒にいたかった。私はイーサをお父さんだと思ったことは一度だって無かった。大好きだった。

 どうしようもない気持ちが消えなくて、アークに上手く笑えなくなったりしたこともあったけれど、アークがずっと一緒にいてくれる日々を過ごしているうちに、アークをたぶらかしている私はアークにだけ気軽に「好き」と言えなくなってしまった。

 家族に言っていた言葉とはなにかが違うのだ。伝えようとすると、頭がスープみたいにグラグラに沸騰してしまう。

 それでもアークは変わらず側にいてくれて、日々を過ごしていくうちに、今ではきちんと家族への『大好き』とアークへの『特別な好き』の違いを知るようになった。



 「リンちゃん!」

 喧騒の中からペータの娘が飛び出し、駆け寄って来た。

 アトリは普段はガルテンの街に母親と妹と一緒に住んでいる。

 たまにペータの行商に同行しているので、私とももうすっかり顔なじみだ。サキのひ孫でもあり精霊様とも仲良しで、会うたびに不思議で楽しいお話を聞かせてくれる。

 アトリはナディがお気に入りなので、今日はお別れ会とだと聞いてからは、ずっとナディにひっついていたのでペータが少しむくれていた。


「ねぇねぇ、この子はいつ産まれるの?」

「え?」

「私、この子とお友達になるの。とっても仲良しの方のお友達よ。それでね、今日見た空がキラキラっとして雨がふわ~っと降って虹が輝いてたことをお話してあげるんだ。そうしたらね、もっと仲良しになれるの」


 アトリは言いながら私のお腹に抱き着いている。

 アトリが話す不思議なお話に、胸の所がドコドコして、頭が熱くなって耳や目からなにか零れ出てしまうのではないか思った。

 急いでアークを目で探すと、丁度アークがお茶を持ってこちらに来るところだった。

 アークの顔を見たら、ほっとして、なにか満たされた気持ちになって自然に零れ落ちた。

 「アーク。大好きよ」

 アークはきょとんとした後、私の大好きな笑顔になって「俺も」と答えてくれた。アークの赤くなる首筋を見るのも大好きだ。


 アトリはアークにも不思議な話の続きを話すと、アークは慌てて喧騒の方に戻って行った。



 明日、ナディと途中まで一緒に行くはずだった旅程は取りやめになるだろう。


 私もゆっくりアークを追いかけて行き、ナディの旅立ちの祝福にと、アークと手を繋いで空に大きな虹をかけた。


 ―おしまい―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨降り竜との物語 おみ @tanabotanabata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画