イーサとリン

「さぁ、行きましょう。ターチスが先にご馳走を準備してくれていると思うわ」

 アークをたぶらかしてしまったと思い悩んでいたのに、あっさりとアメリアが受け入れてくれる。拍子抜けしてしまい、一人で安心してしまった。

 ふと振り返るとアークがなにか言いたそうにしている。

「アーク?」

 アメリアも気づいた。


「……あの、俺っ……リンを好きでもいいの?」

「なによ今更。あんたがリンを大好きなことは、皆が昔から知ってるわよ」

「でも……リンはイーサと夫婦で」


 アークがなにか言い淀んでいると、先に家に入ったはずのミスティが手招きをしている。案内された先は、私が知る景色とは違う紫色の花が一面に咲いていた。


「少し聞こえてしまったの」

 ミスティは小屋の脇にある炊事場でお湯を沸かす。入れてくれたお茶はサキの家で飲んだお茶と同じお花が浮かんでいる。

「イーサのことを話すわね」

 アークはお茶のカップを手のひらで握り締めて神妙な顔つきで聞いている。 


「兄さんは竜の事をいろいろ調べていたわ。リンが一人ぼっちにならないように仲間を探した方が良いって」

 イーサの話が聞けるかと思って胸がドキドキしたが、予想とは違った私の話だった。

「私、そんなこと知らなかったわ」

「私が反対していたの。私達が家族なんだからリンを一人にはすることはないって思っていたの。サニーは調べることには賛成したけれど、どちらの味方もしなかった。私と兄さんの意見がいつまでも合わなかったから、私が二人に口止めしたの。結局、情報と言っても、絵本やお話はあったけど具体的なものは集まらなかったわ。とりあえず、町の人の目が気になってきたのでリンとイーサは夫婦ということにしたの」

「母さんは知っていた?」

 アークの質問にアメリアは首を横に振る。


「兄さんはリンを娘だと言っていたわ。その気持ちも分かるわ、私も同じように娘のように、妹のように思っていたもの。それでも大人の姿になったリンと兄さんは遅かれ早かれ、本当の夫婦になると思っていたわ。けれど、そうはならなかったし、姿が変わらないリンは時間が経つと兄さんの娘だと思われていたでしょ?本当に私達と一緒にいることができるのか、そのうちリンは一人で取り残されてしまうのではないかと思い始めたの。そして、兄さんが亡くなって、私も年を取ったわ」

 ミスティの口から改めてイーサが亡くなったと聞くと、体の中から湧いた冷たいものがすうっと指先まで流れて体の温度を下げていった。


「リンが行方不明になって考えたわ。雨が降るからリンの無事は信じられた。でもいつまで経っても戻って来ないのは、一緒に過ごすことができる仲間のもとに帰ったのではないかしらと思っていたわ。でもそれを確かめることも出来なかった。もしかしたらもう二度とリンに会えないかと思って怖かったわ。少しだけね……」

 それからアークの両手を取る。

「アークが長い間、一生懸命探してくれた。だから私はもうそんなことは考えずにずっとリンと一緒にいるわ。リンが好きだから。アークは?」


「えっと……」


「リンがアークを良く思っていないなら、私はアークを追い出さないといけないわね。好きではない相手に付きまとわれても……ねぇ」

 アメリアが途中から口を挟み笑いだす。つられて苦笑いしているミスティも本心ではないのは分かるけど、アークの顔は強張り、恐る恐るといった感じでこちらに視線を向けてくる。もちろん、アークが追い出されるのは嫌だ。


「仲間なんていなくても、アークとミスティとアメリアと皆とずっと一緒にいる」

 私の望みはずっと変わっていない。

「あら、今はリンの仲間も見つけたでしょ。コハクとナディもいるじゃない」

「え、待って、確かに他の竜を見つけたけど、でも僕と一緒に!!」

「ふふっ。口を挟み過ぎたわね。それは二人で話して決めなさい」

 アメリアは赤くなったアークの背中をばしっとひっぱたいた。


「リンが大人の姿で綺麗になって、兄さんはいつまでも同じ気持ちでいられる訳がないと思っていたわ。でも、兄さんの愛情は最初から最後まで変わらなかった。だから、アークは自分の気持ちだけを考えて大丈夫よ」


「うん」


 力強く返事をするアークを見ていたら、なんだか急に恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。二人に笑われる。


「さぁ、みんなが待っているわよ。家に入りましょう」

「そうだ、私みんなにスープを作る約束だった。すぐに作るから一緒に食べましょう」

「ご馳走も用意してあるのよ」

 ミスティに優しく背中を押されて家に向かったが、その前に少しだけ寄り道をする。


「イーサ。ただいま」

 気持ち良い風が吹く場所に向かい墓石に手を合わせた。石は苔に覆われてた。

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