雨降り竜と家族

「父さん!」

「お帰りアーク」

 麓の町でターチスが出迎えてくれた。

 アークをひとしきり抱きしめた後、私と固く握手をする。

「リンさん、お帰りなさい」

 私の事を心配して、あれこれと怪我や体調を事細かに聞いてくるけど、私から見たターチスは久しぶりではあるが、着ている服に見覚えが無い程度で変わりはなかった。


「ナディだね。アークの父だ、よろしく。精霊様からアーク達が帰ってくると先ぶれがあったんだ。ナディのことも聞いているし、皆揃って家で待っているよ」

 ターチスは手早く私の荷物を背負い「アメリアは仕事だけど、すぐに切り上げて家に戻ることになっている。詳しい話は家で皆揃ってから聞こう」と足早に家までの山道を登ると、家のだいぶ手前で皆が出迎えてくれた。

 

 ミスティ、サニー、リリス、アルヴァ、フィフィがいる。

「リン。お帰り」

「お帰り」

「リン婆ちゃん、兄さん!おかえりなさい」

 全員が駆け出して来てくれて、揉みくちゃにされた。


 それから、一人知らない子がいる。

 町の子かしら、リリスのお友達?と思ったけれど、リリスはすっかり私の知らない大人の女性になっていた。

 フィフィの後ろに一旦隠れたあと、照れくさそうにまた横から顔を出した。

「はじめまして、ミミです。えっと、リンさん?リンお婆ちゃん?」

 私のことをお婆ちゃんと呼んでくれるこの子は、私が散歩に出る前はフィフィのお腹の中にいた子だと気づいた。お婆ちゃんと呼んでもらいたくて、会えるのが楽しみで、心待ちにしていた子だった。

 散歩して寝て起きて帰って来たら、こんなに大きくなっている。


「ずっとあなたに会えるのを楽しみにしていたの。お婆ちゃんと呼んでくれて嬉しい……」

 こんなに経ってしまったのね。改めて十二年の喪失を思って涙が出た。

「私っ。あの日はただ気分転換したかっただけなの。それが、寝てしまって、起きたらこんな……」

 涙が出たのは嬉しいのか悲しいのか分からなかったのに、口から出たのは言い訳のような後悔の言葉だった。


「心配していたわ。本当に皆で心配していたの。でも、随分元気そうで良かった」

 フィフィの言葉に皆が頷いている。

「散歩に行くと言っていた時は、憔悴していて、今にも消えてしまいそうだったよ」

 アルヴァも慰めてくれる。

「また会えて、元気そうでなによりだよ」

「時間が必要だったのよ。きっと」

 続けて皆も気遣ってくれる。

「ただいま。心配かけてごめんなさい」

 ミスティが背中をさすってくれてて、家までの残りの道を歩き始めると後ろから声が聞こえる。


「リン!!」

 アメリアが息を切らせ、山道を駆けあがって来た。

「アメリア!!」

「無事なの?今までどうしていたの?怖い目に会ってない?」

「気づいたら寝てしまって、起きたらアークが迎えに来てくれたの」

「寝てたって、ずっと??危ないじゃないの」

 矢継ぎ早に体調やケガ等を確かめられたあとは危機感が無いことや体調管理のこと、連絡がないことをアメリアだけは怒ってくれたが、結局は皆と同じように心配していたことを告げられて迎えいれてくれた。


 皆の顔を見れて、家に帰って来れたことに心の底から安堵した。

 すっかり気が緩んでしまったが家に帰る前に、アメリアには言わなくてはいけないことがある。ずっと考えていた。


「ごめんなさい!!」

 全力で頭を下げる。

「どうしたの?責めている訳ではないのよ。それともアーク、リンになにかしたの?」

 アメリアは私が謝っているのに、アークの方へ怪訝な視線を向ける。

 アークは頭をぶんぶんと横に振る。

「アークと絆が繋がってしまったの」

「あら、それってもしかして、番になったってことよね。絆や番のことはコハクから教えて貰ったわ」

 軽い感じで笑っているところを察するに、アメリアには私の言いたいことは伝わっていない。

「笑って聞いて貰う話ではないわ」

 強く大きな声で言い直そうとするとアメリアはやっと神妙な顔になってくれた。


 ターチスは気を使ってくれたのか、ナディを連れて先に家に向かって行き、アメリアとアークがその場に残った。


「あなたの息子をたぶらかしてしまったの」

 アメリアはきょとんとした後、再び笑い出し、アークはあたふたと狼狽えた。

「たぶらかすってなによ。どうしてそうなったの?」

「リンの鱗を……」

 アークが話し出そうとしたのは早々に遮る。アメリアには私からきちんと説明しようと決めていた。

「私がアークをたぶらかしたの」

「意味が分かって言っているの?」

「果物屋の女将さんが『息子が年上の女にたぶらかされた』って」

「いつの話よ」

「イーサと町に降りた時に……。女将さんはとても怒っていたわ」

「あのね、果物屋のお嫁さんは息子さんより二つ年上なだけだし、お嫁さんと女将さんはすぐに仲良くなったわよ。今は息子さんよりお嫁さんの方を大事にしてるくらいよ」

「アメリアは怒らないの?私は年上で、アークと勝手に絆を繋げてしまったのよ」


アメリアは今度は笑わずに考えてくれた。

「リンはアークのことが嫌い?」

「嫌いなわけないじゃない。アークもアメリアも皆も大好きよ」

「……なんだか、その大好きに私が入ると少し心配だわ。でもまぁ、アークと向き合ってあげて。絆とかなんかそういう感じのことは二人で一緒に考えなさい」

「いいの?私、アークとずっと一緒にいて、皆とも一緒にいられるの?」

「ずっと帰りを待っていたのよ。一緒にいてくれるでしょ?もういなくならないでね」


 アークと勝手に絆を繋げた事を伝えたら、アメリアは怒るか悲しい顔をすると思って覚悟をしていた。けれど、いくら待っても怒りや悲しみの気を感じることは無かった。

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