記憶の過去

 サキに美味しいものをいっぱいご馳走してもらって、たくさんお話をした。

 サキは竜のことが大好きだと言い、集めたという竜の絵本やお話をあれこれといろいろ見せてくれた。いくつかはイーサ家のにも蔵書してたものと同じものがあり、お気に入りの絵本のお話で盛り上がった。

 楽しい話は尽きなかったが、陽が落ちてきたころにサキは急に真面目な顔つきになった。

「竜神様を少しお借りしても良いかしら?」

 リンと呼んでくれて、アークの家族として接してくれたが、ここからは竜神様として話があるみたいだ。


「ごめんなさい」

 開口一番は謝罪だった。

「命を助けて貰ったあなたのお父様竜を助けることも、貴女を探しに行くこともできなかった。私は今も昔も気を揉んでいるだけだわ」

 何故謝られるのか分からず、返す言葉が無い。だって、私も父さんを助けられずに逃げ出しただけだ。


「だからあの村のことを調べたわ」

 サキが話してくれたのは大体私が知っているお話だった。父さんと私があの場所に住み着いた後に人が来るようになり、やがて村ができていくのをずっと見ていた。

 それから言い辛そうに、「あなたのお父様竜は……」と続けようとした。

 それも知っている。サキが村を去った後も最期まで父さんと一緒にいた。

「うん。大丈夫よ知ってるわ。その場にいたから」

 サキは私が知っていることも分かっていたようで、そのまま話を続ける。

「私が村を出てしばらく後、村は廃村になっていて竜神様も住民も誰もいなくなった。竜の素材を売っている人も現れて……。だから……」

「うん。アークから貰った鱗は間違いなく父さんの鱗だった。力は残っていなかったけど地に繋がれていたから……。このお花の方に残ったのね」

 サキの庭にも紫色のかわいいお花がいっぱい咲いている。きっとあの村から持ち出したものだろう。


「それと、あなたのお父様を地に縛り付けた人も調べたわ。その人は……」

「サキ、もういいの。あの人からは悪い気がしなかった。村の人達のことを考えていた。私も父さんも知っていたわ。だからいいの」

「分かっていたのね……」

 そこでやっとサキは顔を上げてくれた。

 やっと目線が合ったサキは暗い瞳をしていた。思いに引きずられたのか、思わず言ってしまった。

「父さんと私の絆が切られるとは思わなかった……」

 今更、言わなくてもいいことなのに。


「あの人はやっぱり、間違ってたのよ。すごい力があったのに。それに生贄だってなにも意味なかったじゃない。みんなが無知で不幸を呼んだのよ」

 サキは興奮して早口になり、再び下向くので、近寄って手を握った。

「あのね、私も無知だったの。だって、今も知らないことがいっぱいあって、困っているところなの。父さんもそうだったのかもしれない。竜について、母さんについて教えてくれたことは多くなかった。だからこれから知っていくわ。人の事も、竜のことも、精霊のことも、自分の事も。だからサキにまた会えて嬉しい。いろいろ教えてくれて嬉しい」


 それから二人してぼろぼろ泣いた。

 涙が止まると、いろいろと考えていたもやもやした気持ちは、今夜の空のように澄んできた。


「結局なにも出来なかったわ。私は竜神様に助けられて、普通に暮らしてアークに会って精霊様と話すことが出来て、ただ幸せになっただけ」

「私もそうよ。父さんはいなくなっても、また家族が出来て楽しく暮らしてたわ。でも、少し寝すぎてしまって、そしたら孫みたいな子が大きくなって迎えに来てくれたの」

 二人で顔を上げて笑った。

「本当は、リンは幸せになったのだから黙っていようと思ってたの。でも駄目ね。少し口に出したら止まらなくなったみたい。違うのよ、本当は後悔だけして暮らしている訳じゃないのよ」

「父さんがあなたを助けて、あなたが私達に糧をくれた。それから父さんは居なくなったけど、アーク達と家族になって、アークはサキに会えたおかげで私を迎えにきてくれたの。すごいと思わない?」

「あら、素敵ね。私は運命とかそういう話が大好きなんだから」

 くすくすと笑う。

「ね、さっき見せてくれた絵本、父さんに似て大好きだった。サキが描いたんでしょ?私のことも描いてくれる?」

 サキが出してくれた絵本からはサキと同じ気を感じた。父さんに似ているから大好きだった絵本の竜は本当に父さんだんだ。

「男の子がうんと幸せになるお話もいいな。一緒に雨を降らせてくれるの」

「まぁ、素敵。うんと二人が幸せなになれるお話を描くわね」


「砂漠にいる虎神様のお話も描いてよ」

 ナディがお茶のお代わりを要求するついでに話に加わって来た。

 アークは席についたまま心配そうにこちらを見ていた。


 それから後悔のお話はもう終わりにして、また楽しく過ごした。

 サキのふかふかのお布団に一晩泊めてもらい、次の日もゆっくりと食事をご馳走になり、お土産をいっぱい持たせてくれて送り出してくれた。


 家へ帰る前に、私が聞かなければいけないことを確かめておく。

「家へ帰っても、イーサはいないのよね?」

「うん。十二年前に亡くなった」

 覚悟を決めてミスティ達家族が待つ帰路へ再び歩み出した。

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