第12話 12、引きこもり終了
翌朝、朝食中は誰もまともに話をせず、『福幸堂』始まって以来最も静かな食卓となった。
朝食後、絢梨がキッチンで片付けと午後のお弁当の準備などをしていると、出かける準備をした志希が話しかけてきた。
「絢梨さん」
「ん?どうしたの?」
「昨日は・・・ごめんなさい」
志希は複雑な表情を浮かべながら絢梨に頭を下げた。
「ちょっと待って。別に謝ることないじゃない。ね」
「ううん。ほんまはな、俺、分かってんねん。奈子ちゃんが言ってることもちゃんと分かってる・・・」
「うん。そうだよねえ。」
「でもな。・・・・オーディション。残ってるって言ったやん?今、家族の元へ行ってしまったら・・・気持ちがブレるかもしれへんから・・・。俺は弱い人間やねん。自分で分かってるねん。だから・・・ごめんなさい」
志希はそう言って大学へ出かけて行った。絢梨は志希の気持ちを汲んで、本人が逢いに行くと言い出すまでは口を出さないことを秘かに決めた。
その夜、絢梨は『夕』でキッチンに立った。今夜の一押しメニューは揚げ出し豆腐だ。そろそろ閉店の時間となり、店内には常連のおじ様と夕子さんと絢梨だけになったころ、夕子さんが話し出した。
「そういえば。福幸堂の隣にできる陶芸教室?そこの人、なんかイケメンの男の子みたいじゃない??」
「あー・・・。そういえばそんなこと言ってたかもですね。私はまだ会ったこと無いんですけどね」
「あら。そうなの?」
その話を聞いた常連のおじ様が突然スマホの画面を見せて来た。
「それ。これじゃないのかな。Sanickyで陶芸家って調べると今凄く話題になってるみたいですぐ出てくるよ。」
「あら。凄いじゃない。こんな人がここへ来るの?またどうして?」
夕子さんは素直な疑問を口にする。
「さあ・・・・」
絢梨は気のない返事をする。SNSで有名になった人がすぐ隣に来る・・・。絢梨は自分の今の生活を壊されることへの恐怖を少し感じていた。
「でもまあ。そういう人が隣に来たって、嫌であれば関わらなければいいんだし、絢梨ちゃんは今まで通り暮らせばいいのよ。」
夕子さんは絢梨の気持ちを察してそう言ってくれる。
その時、店の電話が鳴った。夕子さんが電話を取る。
「お電話ありがとうございます。バー『夕』でございます。あら。ええ。今変わるわね。絢梨ちゃん。奈子ちゃんから電話よ」
そう言われて夕子さんは絢梨に受話器を手渡す。
「もしもしどうしたの?え?あ、ごめん。スマホ見てなくて。え?郁香ちゃんが?!・・・・うん。それで?いや。どっか行っちゃったってこんな時間からどこ行くのよ?うん・・・。分かった。ちょっと探してみる」
絢梨が受話器を置くと、何か言う前に夕子さんが言う。
「絢梨ちゃん。今すぐ帰っていいわよ。後のことは私がやっておくから。それと。何か困ったことがあったらすぐ言って」
夕子さんはすぐに察してくれて本当に心強い。絢梨はその言葉に甘えて急いで身支度をして『夕』を飛び出した。
ここ最近、ずっと引きこもっていた郁香が突然部屋から出てきて、なおかつどこかへ行ってしまったというのだ。それだけ聞くと凄く嫌な予感がする。絢梨は心当たりがないなりに夜の木浪湖町を自転車で捜索することにした。
しゃぼん玉と青い夏 星ノ空 @hikaru_kohaku
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