第11話 11、毒親と孤独死
3階の自室に戻ろうと階段を上っていた奈子は途中で光に呼び止められた。光の両手には缶ビールが握られていた。2人は3階のテラスで晩酌をすることになった。
「奈子ちゃんは優しいんだね」
光はそう言いながらテラスのガーデンチェアに座る。テラスからは琵琶湖が一望できる。奈子もその隣のガーデンチェアに座って光から缶ビールを受け取る。
「・・・。優しいとかそういうのじゃないんです。ただなんか・・・。説明できないんですけど、ああいうの聞くと、凄いムカつく」
奈子はイライラした表情で缶ビールを呷る。
「・・・親をないがしろにすることに対して?」
光はあくまでも感情的にならずに奈子に話を聞いていく。
「そうですね・・・。あんなに自分のことを考えてくれる愛のある親限定なんですけどね」
「え?」
奈子の予想外の答えにまぬけな返事をしてしまう光。奈子は一瞬笑って立ち上がり、テラスの縁に琵琶湖を眺めるようにもたれかかった。
「私、母子家庭で育ったんですよね。物心ついたころには既に離婚してて。その上母は過激なナチュラリストで」
「な・・・ナチュラリスト?」
「はい。その名の通り、自然なものしか受け入れないっていう思想のことです。ナチュラリストにもいろいろレベルがありますけど、うちの母は、かなり過激だったと思います」
「・・・具体的にはどういう生活をするの?」
「まず一番は食べ物ですね。人工的な感じがするものは一切ダメです」
「感じがするって・・・そんな適当なの」
光も椅子から立ち上がり、奈子の隣で話を聞いた。
「ええ。市販のお菓子類は全部ダメですし、もちろんインスタント食品もダメです。無添加とかオーガニックとか大好きなタイプです。完全なヴィーガンまではいかなかったと思いますけど、肉や魚とか動物性たんぱく質もめったによったに出てきませんでした。」
「・・・・それって、現代で生活できるの?」
「食事に関して完全に社会と分断すれば可能です。実際、学校給食も禁止されて食べれなくてお弁当持たされてました。野菜とか大豆ばっかりで小学生の私にはとても美味しくは思えないものですけど」
奈子から出てくるとんでもない思い出の数々に光は若干引く。
「じゃあ・・・。おやつとか何を食べてたの?」
「基本的に・・・蒸かし芋とか・・・手作りおからクッキーとかですかね。友達の家で食べるポテトチップスが美味しすぎて、いつも私だけがっついて卑しい子どもみたいになってましたよ」
「そう・・・大変だったね・・・」
「結局・・・・。私の父と離婚した原因もそこにあったみたい。生涯愛すると誓った伴侶よりも、まるでカルト宗教のようなオーガニックの世界を選んだっていうことです・・・。」
「・・・」
「母の口癖、何だったと思います?」
奈子は琵琶湖から光へと目線を移して、唐突に質問を振る。
「え・・・。何だろ・・・。」
「・・・・・これはあなたの為なのよ、です。・・・どう考えても私の為じゃない、自分の為ですよ。食事だけじゃないんですよ。体に悪いからエアコンは使わない。人工物を入れるなんて信じられないから反ワクチン。おかげで私は、子どもなら無料で受けられるワクチン、大人になってから全部自費で打ちましたよ。大学に進学するなら実家から通えるところと限定もされて・・・。私はもうこんな生活耐えられませんでしたから・・・。進学せずに家を出ました。」
光は奈子に対して、何と言葉を返してよいか迷い、チビチビとビールを飲みながら話を聞いた。奈子は光から反応が無くともしゃべり続けた。
「家を出てからは居場所も教えなかったので、一度も会いませんでした。でも・・・。将来、母をどうするのかとか、本当にこれでいいのかとか・・・どう考えても母は毒親なのに、そういうことを考えて後悔してしまったんですよ。・・・もう今更ですけど」
光は過去形で話をする奈子に違和感を覚えた。
「今更・・・?」
「母は昨年死にました。私に連絡が来たのは死んでからのことです。このことを知ってるのは、絢梨さんだけです」
「・・・病気?」
「ええ・・・。ただ。突然の心肺停止で、孤独死です。」
「そう・・・・。」
「なんか・・・。体に悪いというものを食べないように生活してた人が最期、こういう風に死ぬんですよ。やっぱり全部嘘だったって思いました。・・・でも、ちょっとだけ・・・。私が居れば死ななかったのかなーとか、考えてしまって・・・。本当に・・・ほとんど悪い思い出なんですよ・・・・でも・・・少しだけ・・・小さいころに抱きしめてくれたこととか・・・思い出しちゃって・・・。もう二度と逢いたくないって思ってたけど、いざ本当に逢えなくなると・・・罪悪感とか・・・喪失感でいっぱいで・・・・」
奈子はテラスの縁に額をつけて訥々と話した。光は思わず奈子の肩を抱く。
「そっか・・・。だから志希くんに同じ思いをしてほしくなくて、ああいうこと言ったんだね。」
「ただの偽善ですよ・・・」
2人は黙ったまましばらくテラスで過ごし、それぞれの部屋に戻った。
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