質疑応答:BL小説とゲイ文学の間に

*質疑応答:講演を終えた後、聴衆から意見や質問を受け付ける時間。「私はこの分野の専門家ではありませんが」と前置きして質問を始める人が、異なる分野の世界的権威であることは一般常識である。講師は覚悟を決めて俎上の鯉となるしかない。


*本作品にひろたけ様より応援コメントをいただきました。そのコメントに対する私の返信を、質疑応答の形式に少々改訂して、ご紹介させていただきます。


――――――


 本講義にご意見をお寄せいただき、ありがとうございます。


 ひろたけ様の作品を、駆け足気味ではありますが一読させていただきました。ご自身がエッセイでおっしゃっていたように、リアルな感情の動きや出来事を描写しながら、BL作品のような"美しさ"を失わないように注意深くセンテンスを重ねていった工程が感じられました。素敵な作品だと思います。


 ひろたけ様がおっしゃるように、BL小説とゲイ文学の埋まらない溝というのは確かに存在していると思います。


 その根幹に、なぜBLを好む女性が一定数存在するのか、という未だ答えが明確でない大きな問題が横たわっているかと思います。社会学的な観点から解き明かそうとした試みはいくつもありますが、BLを好む女性が世界中に、また歴史を遡って江戸時代に存在することまで考え合わせると、社会学では解決できない問題かと思います。


 生物学者でもある私は、性対象(何が自分の性的な刺激となるか)を決定する認知のメカニズムに、人間という種に共通した揺らぎがあるのではないかと考えております。と、これは単なる私見に過ぎませんが。


*註:人間の性決定にはもちろん性染色体の存在が大きく影響を与えますが、他にも多くの要因が関わっていると考えられています。ショウジョウバエにおいて、性染色体に依らず脳の性差が形成される、すなわち生物としての性と社会的な性であるジェンダーが別の機構で形成されるという報告があります。(「ショウジョウバエの脳の性別を決める分子の仕組みを解明」https://www.nict.go.jp/press/2019/01/11-1.html)この研究に対してはいくつか疑義が無きにしも非ず、ですが、生物的な性差と社会的な性差が別のシステムで構築され、それを統合しているのが脳の神経ネットワークであると考えるのならば、認知の揺らぎの存在は否定できる現象ではない、というのが私の考えです。


 話が横にそれましたが、BLは、なぜそれが求められるのかという理由の根幹が、作者にも読者にも分からない、unidentifiedな創作物といえるのではないでしょうか。


*註:「なぜ腐女子は男性同士の恋愛に夢中になるのか?」という答えは個人によって非常にバリエーションに富んでいるのではないかと思います。一般化できない事象のことを、ここではunidentifiedと表現しています。


 一方で、ゲイ文学では、作者がなぜその作品を書くのか、その目的や表現したいことが非常にクリアであると私には思えるのです。


 この違いこそが、BL小説とゲイ文学の埋まらない溝ではないかと私は考えます。


 BL作品を嗜好する界隈では、よく「BLはファンタジーだから」という言葉が聞かれます。

 リアルさの追求よりもunidentifiedな状態を楽しむ、昨今のBLにはその傾向がより顕著であるように私には思えます。その代表的なものがオメガバースの世界観ですね。私はあれをまったく受け付けないのですが(個人の感想です)。


 unidentifiedであるから、そこにソープオペラ的な、というかハーレクインロマン的な妄想が制限されることなく、自由な創作が行える、その様な利点もBL作品には有るかと思います。


 さて、私自身がBL小説とゲイ文学の埋まらない溝についてどのように考えているのかといいますと、実は ひろたけ様と同様に、BL小説にも、もっとリアルに足を付けた作品があればいいのに!という考えでおります。

 そして、カクヨムのBL作家の方達にもそのような考え方を持っている方は少なくないという手応えです。ただ、私自身BL作家ですので、この評価には偏りがあることは否めません。創作に当たって二丁目に通ってみたりもしてみたんですけど、所詮"お客様"ですよね。


 もし ひろたけ様が世直しとはいかないまでも、ご自身の思うことを多くの人に、特にBL作家の方に伝えたいと思われるようでしたら、是非、作家の作品へ直接コメントを寄せられてみてはいかがでしょうか。


 カクヨムの良い所は、作者同士が交流して、自分の作家性を切磋琢磨できるところにあるかと思います。読者の方からいただく感想は「面白かったです」「楽しい作品でした」といただけたらそれで御の字です。

 

 自分も作品を創作する作者同士だからこその意見の交換は、互いの認識に少なからず影響を与えるものと思います。


 ここで私から ひろたけ様に作品をご紹介させていただきたいのです。私が交流しているBL作家さんの作品で、安藤唯 様の「望郷」https://kakuyomu.jp/works/16816700426288165311 という作品です。


 私としてはこちらの作品が「BL小説とゲイ文学の埋まらない溝」に架ける橋の可能性を含んでいるように思えます。溝は埋まらなくても橋は架けることができるかと思います。


「BL小説とゲイ文学」が同じモノになるのを目指すのか、異なった創作ジャンルとして分離しつつも互いを認め合って共生を目指すのか、一筋縄ではいかない問題かと思います。ですが、せっかく作者同士がこのように交流できるカクヨムで皆様、作品を書かれているので、そう云った交流も活発になればいいな、と思っております。


……といいつつ、私はBLもゲイも外して、ただの「文芸」「小説」だけでいいじゃん、なんて大ざっぱな事を思っています。


 返事が異様に長くなってしまい、申し訳ありません。

 また何かご感想やコメントなどありましたら、お寄せください。


 ご意見お寄せ頂き、ありがとうございました!

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