12、空間からの急襲(前編)

 航宙戦艦キリシマの輸送船団の航路にゴライアスが近づいていた。

 フェルミナは、並行して飛ぶ91式のコクピットから巨大な輸送客船を見る。

 武装を隠してるようにも見えないけど……

 そう思いながらフェルミナは注意深く船体を見渡した。

 だが気になるのはそれだけではない。

 軍のサーバーを通して届いたメールだった。そもそも彼女がゴライアスに注意を払うのは、このメッセージも要因のひとつだった。

 マルス・ワンはVR演習ムーンフラッグで対戦した相手だったが、何故、このような警告が届いたから分からない。ただ、彼女自身も何か胸騒ぎがしていたのも事実だった。

 この感覚には確信がある。それは子供の頃から経験で分かる。“これ”を感じる時は確実に何かが起きるのだ。任務でも戦闘訓練でもそれは起き、時にはフェルミナの命を救ってくれた。

 問題は心の中で発せられているこの警告が具体的に何なのか、“その時”が来るまで分からないことだった。

 フェルミナはもう一度、注意深くゴライアス号を見つめた。


 一方、航宙戦艦キリシマではフェルミナ機からの報告を受けて船団の警戒レベルを上げていた。

 周囲を囲む駆逐艦の四隻も同じくだ。

「パイロットの思い過ごしだと良いのですがね」

 キリシマの艦橋で副官のガイ・ウエルチ少佐が言う。

「輸送作戦をよく思っていない連中がいるのは先日の衛星トラップでからもわかってる。念の為よ。何もなかったらなかったでいいわ」

 艦長のキーラ・アストレイは指揮席から立つとレーダー席の方に向かう。

「何か気になるところは?」

「いえ、特には」

 レーダーオペレーターは画面を見たまま静かに答える。

「このまま何もなければいいけど……」

 アストレイは独り言のように呟くと指揮席に戻っていった。


 ゴライアス号は輸送船団にさらに接近していた。

 その距離が縮まっていく。

 そしてゴライアスの背後の潜航空間に潜む次元潜航艦が追尾航行を続けていた。

 そこは宇宙空間からは観測できない別の次元である。ワームホール・ワープ研究の過程で開発された技術だが、その存在は開発した自由同盟軍しか知らない秘密の技術だ。

 宇宙空間からのレーダーに捉えられない次元潜航艦だったが、それは次元戦艦からも同じだった。そこで探知装置を備えたユニットを宇宙空間に出す。これによって目標との距離、通信、宇宙空間での位置座標を把握するのだった。

「連邦統制軍の戦闘機が離れません」

 部下の報告にエメリッヒ・トップ艦長が画面に見る。

「見覚えのある機だな」

「91式航宙戦闘攻撃機。複座式の哨戒型です」

「そういう意味じゃない。ズームアップできるか?」

 91式のコクピットを映した画面が拡大された。

 それで搭乗者が分かるわけではないが、説明しにくい何かを感じさせる。

「トラップを見破った奴かな?」

 トップは副長のダニエル・メイソン中佐に意見を求めた。

「どうでしょう? だが輸送船団から飛んできているのは間違いない」

「離れていかないのが気になる。気づかれてると思うか?」

「そうは思えません。単に規定の行動では?」

 だろうな……次元潜航はまだ知られていない技術だ。

 トップは思った。

「輸送船団をカメラに確認!」

 探査オペレーターが報告した。艦橋が緊張感に包まれる。

「まだレーダー波は出すな。探知される」

「了解!」

「目標補足次第、光学照準開始」

「アイサー!」

 トップが部下に指示を出していく。

 次元潜航艦アブデュルハミトは輸送船団に近づいていった。


 次元潜航艦は戦闘態勢に入った事は、輸送船団はもちろん、通常宇宙で近くを飛ぶフェルミナも気づかずにいた。

「おい、ミナ。燃料が少ない。帰艦しよう」

 マックは帰艦を促したがフェルミナはそれを無視する。

「聞こえてるか?」

「はい……大尉。でも」

「気になるのか? でも燃料が空になったら意味ない。それに他の機もあがってる。後は彼らに任せよう」

「それはそうなんですが……」

 フェルミナは意に沿わなそうな返事をした。

 意外と頑固なんだな、とマックは思う

 その時だった。フェルミナは宇宙空間に何かを感じ取った。

 違和感のある何かだ。

「聞こえてるのか?」

 マックの言葉も無視して周囲に宇宙空間に注意を凝らす

 空間の中に何か現れたのが見えた。

「なに?」

 空間から突如、ミサイルが現れたのだ。

 ミサイルは噴射剤の光跡を残し、91式のコクピット頭上を通り過ぎていく。

 まずい!

「ごめん大尉!」

 得意の急旋回の加速にマックが振り回される。限界9Gぎりぎりの加速Gだ。押し付けられる体にマックは声も出せない。

 フェルミナはフルブーストでミサイルを追った。わずかに距離を詰めると照準もそこそこにミサイルを発射する。

「フォックス2! ファット!」

 発射された熱追尾ミサイルが空間から現れたミサイルを追っていく。

「当たれ!」

 追尾ミサイルは命中した。だがしかし、もう一基は生きていた。誘爆も逃れ、そのまま輸送艦に接近していた。

 フェルミナは粒子機関砲に切り替えたが狙いが定まらない。

(落ち着け、落ち着くんだ)

 トリガーにかかる指が震えた。

「ミサイルだ! ミサイルが撃たれた! 敵艦の位置不明!」

 マックがキリシマへ緊急連絡を入れていたが、既に時遅しだった。


 後方に防御位置に航行していた駆逐艦の横を二基のミサイルが通り過ぎた。突如レーダー圏内に現れた対艦ミサイルに反応は遅れる。

 船団の先頭に位置していた航宙宇宙戦艦キリシマは防空システムを作動させたが輸送船自体が死角となって迎撃位置に入れないでいる。

「取舵! 戦術、レーダーに捉え次第迎撃行動!」

「アイサー」

 アストレイ艦長の指示に戦術行動士官が素早く対応していく。

 迎撃ミサイルと近接火器システムが目標を探して動き始める。だが、輸送船の位置が重なってすぐには発射できない。

 キリシマの船体は左に舵を切っていたが射線を確保できずにいた。


 次元潜航艦アブデュルハミトの艦内では第一撃の成功を確信していた。

 冷静な艦長トップもそれは同じだ。

「面舵! 輸送船の右舷後方につけろ! 第二弾発射準備」

 直撃確認前に命令を出してしまう。

 だが、モニターには対艦ミサイルが直撃直前で爆発する映像が映っていた。

「何?」

 位置とタイミングは完璧だった。周囲を守る航宙艦からは迎撃できない筈だ。だが実際は対艦ミサイルは輸送船の推進装置を破壊する事なく撃ち落とされていた。

 トップは一瞬、何が起きたのかわからないでいたがオレンジに輝く爆炎を横切る機体にすべてを把握した。

 忌々しい連邦統制軍の91式が20ミリ粒子弾で対艦ミサイルを撃ち落としたのだ。

「あの、哨戒機か……くそっ!」

「艦長……」

 副官が次の指示を仰ぐ。

「このまま右舷につけろ。三番管は輸送船の推進部、四番管は船体中央! レーダー当てろ!」

「アイサー!」


 次元射出管にミサイルが装填されていく。

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深淵から来る者たち ジップ @zip7894

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