AKIBA Trip

荘園 友希

AKIBA Trip

―夜の秋葉原には市が軒を連ね、合法も非合法もあるらしい―


 大学生は八月に入ると九月の末までは夏休みをもらえる。一年で一番盛り上がるのもまたこの季節の特徴である。エルナトは一年の中でこの時期が一番好きだった。高校生の頃よく夜になると仲間とお墓に行って肝試しをしたのが記憶に新しい。大学生になってからは春夏秋冬関係なくみんなを驚かせるような企画をしてはお酒を飲みながらはしゃぐ、大学生の典型例になっていった。春先、桜のつぼみが茂る頃にある話を聞いたのがとても気になっていた。

―ねぇねぇ、夜の秋葉原って知ってる?―

―うん、聞いたことある。ヤバいんだってね―

大学構内で小耳に挟んだ情報を確かめられずにはいられなかった。


 夏の秋葉原は夜になると市が毎日開催され、たくさんの商品が並ぶ。日の当たる時間にはアニメ関係のグッズやPCパーツの店が軒を連ねているが、夜市になるとたちまち夜の秋葉原は閉鎖的になる。ある一定の秩序のもと成り立っている小さな世界で、それの維持をするのがイルマとキルアの仕事だった。

「イルマ、今日はどこを見回るんですか」

「自分は今日は一区と三区の見回りをする。キルア、十区と三区の見回りをお願いしてもいいかな」

「承知しました。」

夜の市は一定の秩序があるが市の人間以外が入ると危険な場所なので一般人が紛れ込んでいないか見回りをする。今日も今日とて見回りをする二人だった。市には二人しか秋葉守がいないから、見極めるのにはスキルを要した、それ故最初は十人ほどで市を回っていたのだが後継者不足が進み、とうとう二人だけになってしまった。夜の市ではモノを売っているとは限らない。コトを売っている連中がいる。一般的に言うのであれば体験を売っているといってもいいだろう。特に目を見張るのは人身売買である。秋葉原の夜市では禁止されている項目の一つだがここ最近人身売買を取り締まることが多くなっていた。

「ふぅ」

「秋葉守さんがおつかれかい?」

日中はPCパーツの商いをしている商人がイルマに近づいてきて話しかけてくる。

「あっしは、今年は人間のパーツを売っているでやんす」

「人間のやり取りはするなよ」

「わかっているでやんす。秋葉守さんのお世話にならないように気を付けるでやんす。でも、ルール違反をしている店も今年はあるそうでやんすよ」

「それはどこだ」

「それは商売人同士暗黙の了解なので話せないでやんす」

「本当にお前らは秋葉守の仕事を手伝わないな」

「商売でやんすから」

店同士で商売の邪魔をしないというルールがある。秋葉守が仕事をするのに苦労を呈するのはこのルールの所為だった。誰も手伝いをしてくれない。時たま若人が入り込んでくるがこれをシャバに戻すのは難しい。結局はいつも通りの方法で戻すことになる。

―イルマ、三区で怪しい店を発見した―

キルアからの着信だった。一区もまともに回れないのに三区に足を延ばさなければならないのは本当におっくうだった。


夜の秋葉原というのは子供のころから近づくなと口酸っぱく言われている。それがなぜなのかエルナトはまだ知らずにいた。

「面白いことないかなぁ」

私はスマホを取り出すと匿名掲示板に今日聞いたことを書き込んだ。

=秋葉の夜ってあぶないんですか=

スレを立てるとともに沢山の書き込みがあった。

=市のこと?=

=夜の秋葉に近づくとか知らなすぎてワロタ=

=草ですわ=

いつも通りの使えない情報ばかりの中に目立つ書き込みが見られた。

=夜市でしょう?俺は明日参加する=

とっさに私は書き込んだ。

=どんなところなんですか=

=それはいえねぇ=

いくつかの書き込みのあとこう返事があった。

「明日夜か、徹夜になるけど行ってみるか」

=ありがとうございます。私も明日行きます=

=こらこら、子供の近づくところじゃない=

=近づくだけならいいんじゃねww=

ネガティブな書き込みが目立つ。本当にどんな場所なのだろう。肝試しなら慣れているから一度は行ってみたいと思う。今思えば軽々しく決断したことを後悔している。否、後悔していただろう。

 翌日、大学の授業は三限しかない日だったので準備は万端にできた。

「秋葉原までは総武線で一本…」

津田沼から向かうので総武快速と総武中央線のどちらに乗っても錦糸町まではほとんど差がない。錦糸町で乗り換えるのが億劫なので大体ローカルで向かうことが多い。津田沼駅まではバスで七分の好立地なのでよく津田沼には出かけたがここ最近秋葉原にはいってないので興味津々だった。

「えーっと、UDXはここだな」

秋葉原駅電気街口を右に抜けるとダイビルが見えて、その先にUDXがある。夕方には着いたので大通りを過ぎた先に漫画喫茶があるのでそこで小休憩をしようとエレベータに乗り込んだ。ネットで夜の秋葉原について検索をしていると夜のCPUやOSの販売についての記事がほとんどで夜の秋葉原の情報はそこでストップしている。怪しい記事を見つけた“市”があるということ以上は探すことはできなかった。

「夜の市かぁ…」

言われてみればPCパーツも“夜の市”に変わりないわけで別の市が開催されているとは思わなかった。

 一通り検索を終えると眠りについた。


 イルマは三区の仕事が終えるころには夜が明けてしまい、店もたちまち姿がなくなりいつもの秋葉原に戻っていくのを観察していた。今日は人身売買が二件、しかも三区で堂々とキャッチをやっていたのですぐに取り締まりができたが時折一般人を装ってシャバの人間を引き込む連中がいるので秋葉守の人数を増やしたいと常々感じた。

―キルア、今日はもうしまいにしよう―

―承知した。十区で合流しよう―

―わかった、一般人にわからない行動をしろよ―

―承知―

キルアと十区で待ち合わせをすると十区は警察が露店の取り締まりをしていた。普段なら路上で営業していても朝方には撤収するので警察の目につかないはずだがどうやら店じまいが遅かったらしい。

「キルア、どういうことだ」

「すまない、さっき一般人が出入りした所為で場が荒らされた」

こういうことはあまりないのだが最近は目立つ気がする。

「キルア、あとはシャバの人間に任せて私たちは撤収しよう。明日に備えるんだ」

イルマとキルアはその場を警察に任せて後にした。幸い海外からの珍味を扱う店だったので違法性はないのでばれても問題ないだろう。「今日は嫌な天気になりそうだ…」

そう思う頭上には地震雲が漂っていた。


 エルナトは夜十二時過ぎに目を覚ました。

―いけないっ、寝すぎた―

すぐにアプリを立ち上げて書き込みを見る。

「よかった、みんな一時過ぎに来るのか」

夜の市を前にして街は静まり帰っている。都会の喧噪が嘘みたいでなんか不気味な感じがした。UDXに十二時半くらいに着くと何人かの人が談笑しているのが目に入った。きっとあそこだろう。

「すみません。」

「なんだい」

「書き込みを見てきたんですけど…」

「あぁ、君か」

「エルナトです。よろしくお願いします」

「あぁ、うちのモノには聞いているよ」

「はい」

ネットの人間というと少し怪しい雰囲気が立ち上っているものだがそんなことはなく、普通の人たちの集まりのようで安心した。一時ピッタリになるともう一人来て十人程度が集まった。

「では行こう」

『はい』

全員で返事をしたがやはりはきはきと返事をする感じ、アングラな世界の人間とは到底思えなかった。

「あ、地震雲…」

「今日は収穫がありそうですね」

「あぁ」

「どういうことですか」

「不吉とは夜市にとってはこれほどまでにない良い日なんだ」

そんなこともあるもんなのかと思いながらさっきいた漫画喫茶に向かって移動する。


 イルマは何か嫌な予感がしてイルマは眠れずにいた。予感とは裏腹に秋葉原はいつも通りの賑わいだった。

「思い過ごしか…」

たまには少し昼の秋葉原に足を運ぼうと思い、一区にある雑居ビルに借りている部屋から移動する。

「キルアに書き残しておこう」

―キルア、私は秋葉原をみてくるよ―

イルマは昼の秋葉原の中に紛れていった。


「ねぇ、どこに向かうんですか」

「いつもみんなで回るルートを散策しながら紹介してあげるよ」

「あ、ありがとうございます。皆さん市にはなれているんですね」

「そうだね…」

後を濁したのが少し気になったが足早に歩く群れを離れないよう市の中に入っていった。

「これが夜市」

一人が話し始めた。

「今日は良いことがありそうだね」

「ちょっとそこの君、見ていかんかね」

「ここは何区ですか」

「三区でやんす、良い品が入ってるでやんす」

「どれどれ…」

癖のあるしゃべり方をする男性の店を群れの後ろから覗き込んだ。

「…なにこれ…」

私は仰天した。売られているものは普通のモノではないと聞いたがなんと人間の臓器だった。

「この先にもの好きがいてやして、腎臓が欲しいというのでやんすよ」

「確かに。モノは良い」

「この先に行くと十区に入るでやんす。そこに臓器が食べられる店があるんでぜひ寄ってほしいでやんすよ」

私は声が出なかった。鮮やかな赤が目に焼き付いて離れなかった。

“夜市って、こういう場所なんだ”

足が震えてきた。これは肝試しなんて類のものじゃない。アングラを超えたダークな世界だ…

「一通りみて十区によろうか」

「わ、わたし…」

言いよどんだ。

「どうした、顔色が悪いよ」

「だって…」

「夜市ってのは珍しいものを扱っているだけでなく非合法なものも扱っているんだよ」

非合法という言葉を通り越しているような気がするが…。私は取り乱してはいけないと体に力を入れる。

―がんばれ、自分。怖気づいちゃダメ―

その後、案内されるがままに一区から五区まで案内されて十区の近くに来たらしい。

「ここからが十区になるよ」

ここまでで疲労困憊だった。だって、今までに見たものから遠くかけ離れた世界を見てしまったのだから。もちろん昼間には手に入らないPCパーツの店も見受けられたし、日本ではなかなか見ない珍味もあった。けど私は食欲がなくて胃にものを入れる気にはならなかった。

「十区は久々だな」

「そう…なんですか…?」

私は懐疑的だった。ここまで平然と歩いてこられる周りのメンタルがすごいと思うどころか市を楽しんでいるように見えたからだ。

「このビルの三階だな」

目の前にはメイドカフェのネオンが光っているビルがある。どうやらここの三階にその店があるらしい。

 コンコンと靴の音を立てて階段を上っていくとエレベータの先に見るからに怪しいドアがあった。

「今日は何を食べる?」

「私はハツかな」

「私はノウを」

「えっとここは…?」

「夜市では一番有名なお店だよ」

入ろうとドアをノックすると知らないうちに後ろに大きな男性が立っていた。

「何をしている」

「いえ、私らはいつも通りに食事来ただけです」

「その子は」

「いつも居ますよ?見たことありませんか?」

「あぁ、見たことはないね」

「そうですか、では僕らは先を急ぐので」

「待て」

「何っだよ、おっさんどけよっ」

「この先に行かせるわけにはいかない」

「どうしてだよ、お前に権限あるのかよ」

「あぁ、秋葉守だからな」

「うわっ、最悪。逃げるぞっ‼」

するとみんなは口合わせをしていたのか塵尻に走った。

「どうしてこんなところに来たんだ」

―キルア、一般人が潜り込んだ、あぁ、十区だ―

私は腕をつかまれたまま男性はどこかと連絡をしている。

―今日は変な日になるなと思ったらそういうことですか、仕方ないですね。そちらに行きます―

―急いで来い。急を要する―

―イルマ、どういうことですか―

―あの店にお尋ね者だ―

―そういうことですか、承知―

「君は後処理が必要だから詰所まで来てもらう」

腕を引っ張られながら階段を下りていく。男性はまるで宙に浮いてるかのように全く足音を立てずに一階まで下りた。

「イルマ、その子は」

「例のシャバの人間だ」

「急ぎましょう、市が騒がしくなってます」

「そうだろうな」

さっき歩いた道を戻り一区まで連れてこられる。

「で、どういうことだ」

「えっ、私ネットで書きこみがあって今日ここにみんなくるっていうから…」

「なるほど、釣られたわけか」

「それはまずいですね。掲示板の処理の方は任せてください」

「悪いなキルア、処理は任せる。こっちはこっちで処理する」

「承知」

すると真っ暗な部屋に私は連れていかれた。

「いいか、もう二度と来るんじゃないぞ?」

―……―

途端に私は目の前の像が歪んでいった。


―地震雲が出て不吉だったがこういうことか―

イルマは少女が寝ている間に後処理をする。

「イルマ、どうするんですか」

「記憶を消すんだ」

「いつも通りですね。でもこういう方面に一度興味を持つと再犯の可能性が高いですね」

「安心しろ、それも織り込み済みだ」

「さすが」

「キルアは掲示板の処理をしてくれ」

「イルマがその子を寝かしつけてる間に終わりましたよ」

「そうか、じゃぁ手伝ってくれるか」

「承知」



 私は目が覚めると漫画喫茶にいた。しかも朝九時…

「私は一体…しかも一日も寝てたの⁉」

どっぷりと眠り込んでしまったらしい。

「何しに来たんだっけ?」

昼の秋葉原は騒がしい、アニメグッズの店、キャッチをするメイド姿の人たち、どれもどれもが新鮮に感じられた。ところでなんで私は秋葉原で一日も寝ていたのだろう。


 イルマたちは少女が街に溶け込んでいくのを確認して煙のように姿を消していった。

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