第13話 最愛のあなたへ

 世界を破壊し、真っ暗な世界に包まれていたはずだった。しかし、ロランはすぐに我に帰った。到底抗えない力に引き込まれ、玉座の前に戻っていたらしい。


 ただ一つ、転移する前と変化していたものがある。レシア城の壁と天井が無くなっていた。広大なレシアの国土がはっきりと見渡せるほどに、ベラの魔法によって破壊されていたようだ。


「お、王子!」


 誰の呼び声だったのかは定かではない。疲弊しきった兵士達の誰か、もしくは大臣だったのかもしれない。ロランもまた消耗しきって、意識がぼんやりとしていた。


「驚きましたわ。まさか、世界そのものを破壊して見せるだなんて。少し見ない間に、本当に成長していたのですね」


 玉座の側に現れた竜の母。彼女は自らの世界が破られたことで、幾らかの傷を負ったらしい。メイド服がいくつかの穴が空き、顔に少しの汚れがついているようだ。

 それでも、まだ力はあるのだろうとロランは考えていた。


「しかし、あなたと私ではまだ差があるようです。その剣では、もうまともに勝負をすることは叶わないことでしょう」


 見れば、兵士から借り受けた剣は鍔から先がなくなっていた。竜の世界自体を崩壊させる技を使用したのだから、壊れてしまうのも当然と言える。ただ、もうこの場に彼が扱える武器は存在しない。そうベラは確信する。


 やがて彼女の体全身が、白い壁に包まれていく。万が一打撃で活路を見出そうとしても無駄だとばかりに障壁を作り上げた。そして、胸の前に両手を上げた。七色の光が両手の中に集まり始める。


「今度こそ終わりにさせてもらいますね。安心して下さい。苦しむことなく、あなたを眠らせてあげます」

「く! 一体何の魔法なんだ!?」


 焦るロランの問いかけに、ベラはもう答えない。どうやら詠唱を開始したらしい。今までほぼ詠唱なしで魔法を放っていた彼女にとっても、この魔法は特別だった。


「ひいいいああ! もうお終いじゃあ。この世の終わりじゃあ。頼む! ワシだけは助けてくれえええ」

「父上……」


 何という浅ましい命乞いだろう。しかし、障壁に包まれたベラには寄り付くことも許されない。詠唱が終わり、障壁を解除した時が最後だった。ロランは意を決した。まだ手は残っている。


 彼はすぐに後ろに駆け出し、中央に突き刺さっていた竜の剣へと向かう。

 ロランの右手は剣を掴んだ。しかし次の瞬間、赤い瘴気が一気に吹き出し、彼は苦痛に顔を歪める。


「ぐうおお。こんな、痛みで……」


 剣から赤い稲妻が現れ、あっという間にロランの全身を包み、耐え難い激痛に蝕まれる。ベラは詠唱を続けながら、悲しそうな瞳でその様子を見ていた。


「おやめなさい! これ以上苦しむ必要などないのです。さあ、あなたはもう。私の腕の中で眠るべきです。いい子いい子してあげますね」


 胸の前に集めた魔法が完成し、ベラは障壁を解除する。今もなお剣を掴み取ろうと悶絶する哀れな背中ごと、消し去ることは容易だった。


 だが、ベラはその手を止める。


「まあ……」


 ロランがこちらを振り向いている。先程までの苦痛に歪んだ表情は消え去り、凛々しい戦士としての顔をしていた。


「行くぞ! ベラ!」


 竜の剣を握り締めロランが走る。彼は一騎打ちを心に誓っていた。すぐに詰められる距離とはいえ、魔法はじきに放たれるだろう。

 いくら頑丈な自分であれ、あの禍々しい光の前で死ぬことはきっと避けられない。だがそれでもいい。


 ベラとの距離がなくなる。彼女は驚愕に目を開いていたが、やがて普段と変わらない微笑みを見せた。まだ知り合ったばかりの頃、世話をしてくれた時の微笑みに似ている気がした。


 ロランは流れ星のように速い、全身全霊の突きを放つ。ベラは満足げに、魔法を維持していた両手の力を抜いた。


 ◇


 空は一点の曇りもなく晴れ渡っている。

 レシア城は半壊してしまったが、幸にして王族や大臣、国の中心をなす者達は生存した。


 ロランもまた生き残った。最後の一撃は相打ちにはならず、彼の剣によりベラは消え去ったのだ。竜達の猛威は過ぎ去った。被害は甚大だが、この国には復興できるだけの力を持った人々がいる。


 しかし、国王は度重なる恐怖と屈辱に苛まれ、その精神が崩壊してしまった。彼は王位を退くしかなくなり、当然ロランが跡を継ぐものと思われた。

 だが、第一王子はどういうわけか、首を縦には振らない。


「僕にはまだ、魔王を倒すという役目があるんだ。放棄するわけにはいかない。だからもう少し、旅に出るよ」


 王族であるばかりか、英雄にまでなったというのに、どうしたものかと大臣は悩む。他の王族はまだ幼く、結局はロラン以外に王に相応しい者などいない。


「承知しました。今は、この私が代役をすることと致しましょう。ですが、必ずご無事でお戻りください。我々にとって、次の王はあなた様だけです」


 この一言に彼は困惑したが、やがて笑顔で応える。そして、今は幌がない馬車の荷台に揺られながら、セリナの愚痴を聞いているのだ。


「もー。なんであんなに大活躍したっていうのに、お礼がこんなに少ないわけ? どうなってんの!」

「国が下手したら崩壊するかもってところだったんだ。しょうがないんじゃないか」

「ロラン! あんたってば欲がなさすぎ。だってあたし達、英雄だよ! 特にロランは、そのまま王様になっちゃえば良かったんじゃん!」

「いいんだよ。僕にはまだ使命があるんだ」


 そう言いながら二台の上で寝っ転がるロランに、セリナはどうにも納得がいかないという顔だった。レグは二人のやり取りを横目で見やり、今までの冒険を書き記すことに夢中になっている。


 彼らを乗せた馬車は悠々と草原を進んでいた。民から次期国王として、揺るぎない支持を得た王子は静かに目を開けると、懐にしまっていた一枚の手紙を開く。


 レシア城での決戦の後、ついに彼は手紙を読んでしまった。そして誰もいないところで涙を流した。


 あの時ベラはどんな気持ちで自分と向かい合っていたのか。そして最後の最後、どうして魔法を撃つ手を緩めたのか。全ての答えが分かった気がして、胸を抉られたようだった。


 彼女の手紙にはこう書かれている。


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 親愛なるレシア国第一王子、ロラン様へ


 この手紙をお読みになっている頃、あなたは立派な大人へと成長しているのかもしれません。

 または、約束を破ってすぐに読んでしまっていたり?


 でも、どちらでも本当は構わないのです。あなたが私の声を聞きたくなった時、辛くなった時封を切ったのならば、私は決して責めることはしません。


 思えばロラン様との出会い……いいえ。再会は私にとって夢のような時間でした。

 あなたの記憶よりもずっとずっと昔に、私達は既に出会っていたのです。こんなこといきなり言われても、驚いてしまうでしょうね。

 でも、もっと驚くことをこれからお話しします。


 私は今から十六年ほど前、故郷で貧しくも穏やかな毎日を過ごしていました。側から見ればただの村娘だったでしょう。レシアからは遠く離れた隣国の外れで、ひっそりと暮らしていました。そんな時、比喩ではなく本当に白馬に乗った王様が現れたのです。


 その人は隣国との親睦を深める一方で観光もしてみたかったのですね。あなたの父上であるギル様と、私はそこで初めて出会いました。


 最初はお話をするだけでも緊張しましたが、気さくな人柄に徐々に惹かれていきました。しかし、所詮は身分違いの恋。そんな風に思っていた矢先、彼はお忍びで私の元へとやってきたことがあったのです。なんて行動力をお持ちなのかしら、と内心驚くばかりでしたが、あの頃は確かにお互い惹かれあっていたのではないかと、そう信じています。


 やがて、ギル様は私と婚約をするとおっしゃいました。大臣や著名な貴族達の反対を押しきり、いっときは本当に結ばれたのです。


 ここまで書いてしまえば、ロラン様は全て察していると思います。

 そうです。あなたの母は、私だったのです。


 ロランと名付けたのも私でした。生まれたばかりのあなたは、それはそれは可愛らしくて、これ以上ない幸福をもたらしてくれました。


 しかし、蜜月はすぐに去ってしまうもの。ある時、ギル様は私の故郷へ向かいたいとおっしゃいました。断る理由はありません。傭兵のような人達ばかり引き連れて、何か奇妙ではあったのだけれど。


 浮かれていた私は気がついていませんでした。後で知りましたが、彼には新しい婚約者がいたのです。国王とはいえ、レシアでは複数の妻を娶ることは許されなかったのです。


 彼は一度は愛を語りあったあの崖に、私を連れていきました。悠長な語りはどこか白々しく、一つばかりの情熱もこもってはいません。


 おかしい、と思い始めた時にはもう手遅れでした。あろうことかギル様と傭兵達は剣を抜き、私を斬りつけて崖から突き落としたのです。


 実のところ、私にはさほどの痛手はありませんでした。しかし、心の中は八つ裂きにされてしまった。戻ったところで怪物であると知られ、無駄な血を流すだけでしょう。


 今までのことは夢だったのだ、と割り切ることも考えました。しかし、あなたのことを思う度、とても納得などできません。

 やがて私は顔を変え、メイドとして城で勤めることにしました。


 崖に落とされてから十年という月日が流れ、少年としてすくすく育ったあなたと再会して、私は涙が止まりませんでした。こうしてお世話をさせてもらえば、もう何もいらないとまで思ったものです。


 しかし、あの男は二度までも私からあなたを引き剥がしたのです。


 スキルが役に立ちそうにない、そんな馬鹿げた理由であなたを見捨てようとするギル。たった一人で旅立つことを強制され、心許ない準備で旅立たせるなんて。


 私は幸せを奪っていったあの男も、人間も好きにはなれません。この燃えたぎる怒りは、既に私自身にも止めることはできないでしょう。


 最後に一つ、謝らせてください。残酷な事実ではありますが、私は本当は人間ではありません。

 竜族の母と呼ばれる存在です。つまりあなたもまた、純粋な人間とはいえない存在なのです。


 勝手なことばかり告げてごめんなさい。

 今、私はかつての仲間を集めて報復の準備を始めています。

 計画通りなら今年の春には、私達はレシアに攻め入ります。きっと滅ぼすことになりましょう。


 あなたはきっと、レシアなどという国がなくても幸せに生きていけます。

 この国には、もうお戻りにならないで下さい。

 もし戻ってきたのならば、私は竜族の母として戦うしかありません。

 それだけは避けたいのです。


 最後のお願いです。私達のことなど忘れ、新天地で幸せに生きてください。

 ロラン、私はあなたを生涯愛しています。

 

 母より

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 ロランは手紙を懐にしまうと、黙って青空を見つめる。視線の向こうには何が見えているのだろう、とレグは気になって仕方がなかったが、流石に今話しかけるのは野暮だと分かっていた。


 プリーストである彼が残した冒険記は、後世に渡って数多くの人々に読まれることとなる。彼の筆は最後まで生き生きと力強く書かれており、冒険の毎日がいかに楽しく刺激的であったかを物語っていた。


 後にドラゴンスレイヤーとして伝説になる男の旅は、まだまだ始まったばかり。闘技場へ参加したり、新しい仲間と騒がしく暴れ回ったり、婚約騒ぎなどが起こったりなど、数え上げればきりがないほど多くの出来事が彼を待っている。


 しかし、いずれもロラン達にとって、終わってみれば素晴らしい思い出に変わっていく。


 馬車はようやく草原を越え、港にたどり着いていた。船に乗り込んだ三人は、地平の向こうに映る空と美しい海を眺めながら、その若い瞳を輝かせていた。

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ドラゴンスレイヤーだと? 竜なき世界では無用じゃ! と国王から追放されたけど、実は全ての存在に特攻効果をもたらす最強スキルでした! どうやら竜は生きていて、祖国が攻め込まれているらしい…… コータ @asadakota

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