第12話 竜の世界
周囲にはもう誰もいない。たった二人だけの世界。
「ここは何処だ」
「さあ、一体何処でしょうね。私があなたを倒すために作り上げた竜の世界、とでも申しましょうか」
「よく分からないが、僕はもう戦うだけだ。行くぞ……ベラ!」
優雅にうなずく竜の仕草で、ロランの戦う意思は固まった。まるで爆発したかのように飛び出した体は、瞬時に彼女の目前まで迫っていた。斜め上から剣を振り下ろす。
しかし、やはり最初の一撃は簡単に避けられてしまったらしい。
気がつけば空の上、ロランが逆立ちしても届きそうもない位置に浮いている。黒い羽根を羽ばたかせ、両手をゆらゆらと振っていた。やがて彼女の頭上に様々な色をした魔法の玉が出現する。それらは全てこれから行われる卑怯な暴力の一端だ。
ロランは手が届かない場所にいる彼女に不満は言わない。ファイアボールも当てる自信はなかった。そして攻撃するのではなく反対方向へ駆け出した。一見すると逃亡したように見える。
「あらあら。何処に行くのです。ロラン様」
赤い玉が弾けると同時に、巨木すら丸焼きにできそうな炎が飛び立っていく。青い玉が弾けると氷の槍が何十本と高速で空を舞い、黄色い玉が弾けれると電撃が走った。
今まで戦った中でも、圧倒的な魔力の持ち主だと彼は実感した。しかし、黒い島にはいくつもの森がある。すぐに入り込み、魔法の直撃から身を守る。
羽根で空を飛べようが、いつかは体力に限界がくる筈だ。魔力で浮遊していようが同じだ。彼は逃げながらも慎重に、しつこくチャンスを待つことにした。
だからこそ、この長く深い森は役に立つ。駆けながら現在のベラの位置を確認しようとしたところで、不意に彼は急停止した。
「まさか。僕の考えが読めるのか」
「いいえ。ロラン様のお考えなど、私のような者には理解できませんわ。でも、こうして再会できるのは運命かも」
おどけて見せた竜のボスは、なぜか森の中で自分を待っていた。しかし、これならば逆に好都合である。最初の一撃を見舞った時よりも、更に素早く間合いを詰める。
だが、今度は剣を振るよりも先に、ベラは姿を消してしまった。勢い余って目前にある木を切断してしまう。続いて森の中に笑い声が響いてくる。どの方向から鳴り響いているのか、ロランには見当もつかない。理解できない現象が連続して起こる。
それでもロランは冷静さを失ってはいなかった。心が乱れた時を奴は狙っているに違いない。しかし、続いて起こった現象には流石に驚かずにはいられなかった。大地が盛り上がり、木々や草までもが突き上げられていく。森の中だけではなく、島全体がぐちゃぐちゃにされていくような気がした。
「どうなっているんだ!? これは、ベラの魔法」
「あはははは。楽しいでしょうロラン様。では次はこのような遊戯はいかが?」
大地がねじ曲がり、世界そのものがうねり出したようだった。すると唐突に空いた落とし穴に落とされ、彼はわけも分からないまま奈落を彷徨う。
「くそ! どうにもならない?」
ロランは真っ直ぐに落下する闇の中で、この世界は虚構であると今更ながらに痛感した。そして瞳を閉じて、冷静に深呼吸を続ける。あるべき世界を思い描きながら、静かに瞳を開けた。
だが、ロランがイメージした世界とは違うものがそこにはある。今度は来訪したこともない湖の上にいる。自らの姿が鏡のように映っている。湖の底は浅いようだ。自分一人としか思えない世界で、竜の母が囁く。
「ロラン様。あなたはまだ、私を斬ることができると、そうお考えのようですね」
「斬れるさ。僕は君を倒さなくてはならない。この国を守るために」
「残念ですが、あなたの剣は遠すぎますわ。そろそろ終わりにしましょう」
ロランはただ静かに周囲を見渡し、少しだけ荒くなった息を整えていた。ベラの声はするが、姿は見えない。そんな不安と緊張の最中、遠くの空が微かに輝く。星々に思えた輝きは、静かに大きさを増していき、彼はため息をつきたくなる。
「まさか、そんな遠くから攻撃魔法を放てるのか」
星のように見えるそれは、瞬きするほどに大きさを増している。星ではなく、いくつも並んだ隕石達だった。ロランは隕石の軌道を予想しながら背を向けて走る。
思わず腰を抜かしそうになる程、強烈な衝撃が全身に伝わる。隕石が次々と湖に落下していき、間を縫うようにロランは駆ける。水がまるで津波のように湧き上がり、優美だったはずの湖は魔法という暴力に侵食されていった。
「なんだ!? これは……全方位から来ているのか」
「さあロラン様。これにて閉幕です」
空という空に星のような輝きが並んでいる。後にも先にも、きっとこんな空を眺めることはできないだろう。竜の母は、ありったけの隕石を彼の頭上に落とし込み確実に殺そうとしている。
ロランは今度こそ自分は死ぬのかもしれないと悟った。
「奴の作った世界では、どう転んでも勝つことはできないのか」
鏡のように湖に浮かぶ自分を見る。いかにも心許ない男がそこにはいた。だが、何かが引っかかる。
「竜が作った世界……竜……」
彼は深呼吸を一つ。そして大きく腰を落とすと、一旦は鞘に剣を納める。
「あら。それは何の真似事ですの?」
ベラは好奇心から質問せずにはいられなかった。しかしロランは答えない。意識を集中し、初めての大技に挑もうとしている。
自らの全てを、培ってきた経験と技を、磨き抜いてきた感覚を。この日の為だとばかりに放出する。
やがて正体を表した無慈悲な隕石が、正面から彼を潰しにかかった。潰される寸前、本当にギリギリまで、彼は周囲への感知を怠らなかった。
そして、ようやく鞘から剣を引き抜き、斜め上に振り上げていった。
巨大な隕石は寸前のところで道を開けるように真っ二つになり通過していく。光の剣はゾンビ達や竜の群れを倒した時よりも長さを増している。そのまま剣を両手に持ち上に掲げた。
「美しいわ。まるで世界と融合しているかのよう」
空から響くベラの声色からは、彼への敵意は微塵も感じられない。むしろ愛情すら込められているようであり、いくつも降り注ぐ流星により、命を終わらせることを後悔しているようでもあった。
しかし、ロランは微塵も諦めるつもりはない。光の剣はなおも成長を続ける。雲を抜け、竜の母が作り上げた世界の頂点まで届いたようだった。四方から迫ってくる隕石に目もくれず、彼は大上段から剣を振り下ろす。
その光はまるで、空を斬り裂いているようだった。肉眼では測りきれないほど大きく長い光が、空を真っ二つにした後、湖に到達して更に抉っていく。
光の剣は、竜が作り出した世界を本当に壊していた。たった一撃が空を、大地を、湖の全てを真っ二つに引き裂き、時空すらも両断する。
「そんな……私の。私の世界を」
ベラと出会ってからというもの、彼女がいつだって冷静でおっとりとしていたことをロランは覚えている。心の底から驚く彼女を知ったのは、今回が初めてかもしれなかった。消え去っていく世界の中で、彼はぼんやりと昔のことを思い返していた。
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