第11話 決戦

「うおおおおおおお!」

「て、てめええ! ああああ!」


 二人の叫びが混ざり合い、揉みくちゃになったままの一人と一体が硬い壁に衝突した。その衝撃をほぼ全て受ける羽目になったゴードリックは絶叫を上げる。壁は衝撃に耐えきれず、そのまま二人は貫通して城内に突入した。いくつもの壁をぶち破り、ようやく止まったと思われた時、二人は想像もしていない所にいた。


 ゴードリックは仰向けに倒れ、血を吐いて体を痙攣させる。ロランを刺し殺すべく、揉み合いの中で振るっていた剣が自身の胸を貫いている。一体どうしてこうなったのか、彼自身にも解らない。


 竜の剣はロランの持っていた剣と盾を見事に切断した。しかし、肝心のロラン自身には当たらず、あろうことか彼は打撃で反撃を試みたのだ。最初は鼻で笑っていたゴードリックだったが、拳の一撃一撃が芯に響き、あっという間に追い詰められた末に倒された。


「嘘……だろ。こいつはマジで、化け物……だ」


 竜達を率いていたはずの化け物が、死ぬ寸前で新たな化け物を認めた。息を弾ませ、汚れた風体になりつつも勝利したロランは立ち上がり、あっと息を飲む。


「ここは謁見の間か。大臣殿! ……?」


 ロランは周囲の奇妙な状況に混乱していた。大臣や兵士達数名が、なぜかおしゃぶりを口につけて四つん這いになっている。そして振り返った先で、更なる衝撃が待っていた。


「父上! む! お前は誰だ? そこで何をしている?」


 ゴードリックは静かに瞳を閉じると、誰にも聞こえない微かな声で最後の詠唱をする。次第に全身が赤く光りだした。


「あ……これは!?」

「心配には及びませんよ」


 ロランは魔法の知識が深いわけではない。しかし、幾つかの戦いを乗り越え、観念した敵がする最後の足掻きを見てきた。自爆をしようとしているのだと直感した。


 だが、太々しくも玉座に腰掛ける女が右手を上げると、青い光の玉が無数に生まれ、瞬きする間にもゴードリックを囲む。青い玉は水飛沫を上げるように飛び交いながら、ゴードリックを濡らしていく。赤い光がうっすらと消えていき、そのまま体全体が霧のように消えていった。


 しかし、剣だけは真紅の絨毯を貫通してその場に残っている。


「これは弔いの魔法と呼ばれるものです。私が強制的に力を奪ったのではなく、彼自身の選択ですからね。そこは誤解しないでほしいものです」


 薄暗くてよく見えなかった玉座から、知っている声がする。それはひどく懐かしく、また信じられないものだった。彼女は立ち上がり、一歩、一歩と距離を縮めてきた。


「その声は……。姿は違うが、まさかベラなのか。一体どうなっているんだ」

「ええ、私はベラですよ。うふふ! 私ったらドジを踏みましたわ。すぐに顔を戻しますね。まずは私から質問させてください。どうしてレシアに戻ってこられたのですか?」


 質問を投げかけると同時に、少しだけ彼女は顔を俯かせ、またロランと向き合う。知らない女の顔が、いつも一緒にいてくれたメイドの顔に変化していた。

 ロランは動揺を隠せなかったが、目は逸らさない。


「それは……ベラが渡してくれた手紙に、この国が破滅するって話があったから」


 この話をすることは、彼にとって気まずいことだった。約束を破ったと勘違いされてしまう。いや、結局は手紙の内容に耳を貸した時点で、破ったことに違いはなかったのだが。


「まあ。私の手紙まで読んでしまったのですね。あなたは二つも、約束を破ってしまった」

「違う! いろいろあったけど、その」

「良いのです。ロラン様を責めてはいません。どうして私にあなたを責める資格がありましょう。むしろ憎まれるべき存在であり、裁かれるべきだったのです。私は」

「違うよベラ。手紙に関しては、悪いのは僕だ。しかしこの状況は一体?」


 ベラは苦笑しつつ首を横に振る。


「優しいのですねあなたは。手紙を読み、ここに来た以上既に分かっている筈です。そして心は決めているはず。違いますか?」

「さっきから何を」


 あっと息を飲み、ロランはベラから数歩遠ざかった。


「さあ、決着をつける時ですよ。人間と竜の終わらないはずの争いを、今ここで」


 ベラの姿が変化していき、全身から黒いモヤのような何かが膨れ上がる。瞳は赤く光り、黒い天使のような翼が背中から生えてくる。


 ロランは開いた口が塞がらない。ずっと一緒に過ごしていたメイド。心の中では姉のように慕っていた存在が、まさか本当に怪物だなんて信じたくない。しかもこの魔力は、あふれ出る異様なほどの圧力は、ゴードリックより更に上をいっている。


「ひい! ひいいいい! ロラン、ロランやあああ」


 四つん這いのまま、国王はロランの足元へと縋りつく。


「助けてくれ! 助けてくれ! ワシはあいつに殺されてしまう。恨みを晴らす為になりすましておったんじゃ! 奴は、奴は」

「黙りなさい。そして王子から離れるのです。お仕置きしますよ」

「はひぃっ!?」


 国王は手足をバタつかせながら、今度は必死に大臣達の所へ向かう。しかし、家臣達には既に尊敬の気持ちは微塵もなく、強い軽蔑だけが色付いている。


 その時、背後からふわりと風を感じた。飛んできたそれは、兵士達が常用している鋼の剣だ。赤ちゃんの真似事をさせられていた兵の一人が、丸腰である王子の力になろうとした。竜の母は気にする素振りすらない。ロランは絨毯の上に落ちた剣を拾い、鞘から引き抜いた。


「心の整理がつかないよ。ベラ」

「まあ、あなたは今もなお、私をその名で呼ぶつもりなのですね」

「他になんて呼べばいいのか分からない。いきなりそんな格好をされて、竜でしたなんて言われたって、はいそうですかと納得できるものじゃない」


 しかしロランは剣を構える。両手にしっかりと握り、正面から真っ直ぐに向けられた眼差しに、ベラは満足げに笑った。


「でも、僕はレシアを守りたい」

「成長しましたね。ええ、それでこそ私と戦う資格があるというもの。全力で受けて立ちましょう」


 ベラの人差し指から、小さな光が生まれる。白い光はやがて増長を始め、眩しき世界に引き摺り込む。二人はいつの間にか、黒い岩に包まれた奇妙な島で向かい合っていた。

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