【短編】毒消しを256個ください

@yambe2002

毒消しを256個ください



【注意】ITエンジニア以外には意味不明な表現があります





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「毒消しを256個ください」


「…は?」


道具屋の店主であるギドさんは、ポカンと口を開けて僕を見ている。


「いや、なんだって、アレク?いや勇者さま?最近ちょっと耳の調子が悪くて」


「いやだなあ。今まで通りアレクでお願いしますよ。それで僕が欲しいのは毒消しです。256個ください」


「…いや、なんでだよ」


ギドさんが真顔で言い返してくる。おかしいな、道具屋が物を売ってくれないなんて。


「あ、お金はありますよ?1個2ゴルだから合計で512ゴルですよね。はいこれ」


「金の心配じゃなくて!いやちゃんと知ってるよ?アレクが今日まで必死に貯めてたの。感心だなあと思ってたよ?」


「じゃあ問題ないじゃないですか」


「大いに問題だよ!何で毒消しばっかりそんなに要るんだよ。どう考えても3つもあれば十分だろ。ほら!」


そう言うとギドさんは3つだけ握らせようとする。おっと危ない。


「そうじゃなくて256個じゃないとダメなんです」


「意味がわからん!」


んー、面倒だなあ。ゲームではお金があれば普通に買えたのに…。あ、そうか!


「じゃあ毒消しを1個、256回ください」


「それ同じことだよね!?なにその冗長な言い方!?」


違ったか。ゲームではまとめ買いができなかったんだよね。だからこそ、このバグが未発見のまま発売されちゃったんだろうけど。


あ、今更だけど僕には前世の記憶があって、ここが某RPGの世界だと知っているのです。【勇者】の祝福をうけ、栄えて16歳の誕生日の今日、いざ魔王討伐の旅に出かけるところなんだよね。


そして早速、アイテム個数まわりのバグを利用して攻略を早めようとしたんだけど…。


「なんで売ってくれないんですか?」


「意味が分からんからだよ!そりゃ勇者には不思議なチカラがあって、一般人には理解不能な言動を取ったりする。それは知ってるよ?」


「じゃあいいじゃないですか。僕、勇者なんで」


「だがいくら何でも毒消しばかり256個は…せめて理由を説明してくれないか」


困ったな。

この世界が実はゲームの中で、バグを使って攻略を早めたいから必要なんです、なんて説明したところで


「うーん。言っても分かってもらえないと思います」


「それでも構わない。知ってるとおり、俺はおまえのことを実の息子のように思っている」


「…」


「だから助けになりたいんだ。話を聞かせてくれたら、何か出来ることがあるかもしれない。もちろん、勇者の秘密というなら無理強いはしないが」


「わかりました。そこまで言うなら」




★★★




「ということで、256個以上あるアイテムをショートカットに設定すると、バグって賢者専用の最強魔法を覚えた状態になるんです」


「思った以上に意味不明だった」


はい。やっぱり分かってもらえませんでした。

これは初期ロット固有のバグで、だからこの世界で使えるかは分からないんだけど、発生条件が緩いわりに強力なので試す価値は大いにあるんだよね。


ギドさんは頭を抱えこんで うなっている。そうだよね。僕も逆の立場だったらそうなるだろうな。


「うーんうーん。すまんが、もう一度キモの所だけ説明してくれんか」


「いいですよ。ええとですね。まず256個の同じものを僕が持っているとします」


「おう」


「それを手に持ってメインメニューを開きます」


「なんだメインメニューって」


「そしてそのアイテムをショートカットに設定します。すると、その個数表示の部分にバグがありまして」


「はあ」


「256個以上…つまり2進数で9ビット分以上ですね、を表示しようとすると、隣のメモリにまで値が書き込まれてしまうんです。このメモリには色々なフラグが並んでいるらしいんですが、その一番右が例の最強魔法の有無なんですよ」


「…」


「なので毒消しが256個いるんです。なぜ毒消しかというと一番安いから」


「がああああ!」


うわっ、びっくりした。ほら、となりの宿屋の奥さんが怪訝そうにこっちを見てるじゃないですか。何でもありませんよー。


「ぜえぜえ…つまりなんだ、この世界は実は劇物語で、アレクは前世でその勇者を演じたことがある。この理解で合ってるか?」


え?


「そしてこの世の中は何らかの仕組みに沿って動いている、と」


す、すごい!ギドさんめっちゃ柔軟だな。こんな 荒唐無稽こうとうむけいな話、よくちゃんと聞いて消化できるな。


「その仕組みの 脆弱性ぜいじゃくせいを突くために何かが256個、欲しい」


ギドさんもしかして天才?


「そ、そうなんです。だから毒消しを256個ください。お金はこちらに」


「だがやっぱり売れないな。納得できない」


だめか。

流石の天才・ギドさんでも常識のカベは高かったらしい。仕方ない、このバグ利用はもともとダメ元だし、さっさと先に進んだほうが良さそうだ。


「ふう。分かりました。では改めて薬草を3束だけ…」


「代わりに俺が毒消しを1個、おまえに貸そう。そしてすぐ使うんだ。いいな?」


「え?」




★★★




「ど、どういうことですか?」


ギドさんはニヤッと笑い、説明を始めた。


「アレクが俺から毒消しを1個借りて、しかし手元には1つもなかったら…それは毒消しを-1個持っている、ということにならないか?」


「それが…ああっ!!」


「気づいたか。-1個ということは2の補数表現でFFFF FFFF(16進数)…つまり簡単にいわゆる256『以上』が作れるって 寸法すんぽうよ」


「ぎ、ギドさん。凄い!」


「まあこの世界が32ビットかはモブの俺には分からん。だが、試してみる価値はありそうじゃないか?せっかく貯めた金も使わなくて済むし、何より他の魔法ビットも立つかもしれんぞ」


「は、はい。ギドさん!いや、ギド先生!!」


いまや先生となったギドさんから震える手で毒消しを借り受ける。この時点でステータスの毒消しは0個のままだ。1つ借りて1つ所持してるからだろう。


「では、こちらは飲んでしまいます」


「おう」


これで…やった!個数が-1になった!


「こ、個数がマイナスになりました。では次にメインメニューを開きますね」


「ああ」


よし、メインメニューを開いたぞ。ここまでは上手くいった。


「あとはショートカットに設定するだけです!」


「ふっ、いよいよだな」


ふう。緊張するな。-1個の毒消しを意識したまま、ショートカットを


『設定!』




★★★




「…」


「どうだアレク?何か変化はあるか?魔法は覚えられたのか?」


「…ククク」


「お、おい」


「ククククク…ハーッハッハッハッ!!!」


「アレク!くそっ、何が起こってやがるんだ!」


素晴らしい。何という全能感。何という幸福感。

全てが理解できる。全てが 把握はあくできる。全てが思うがまま。すべてが。


「ハーッハッハッハッ!ギドさん。ギドさん凄いよこれ。僕は、僕は神になったんだ!」


「お、おまえ…」


「あ、ギドさんって雑魚敵のグラ流用なんですね。ウケる(笑)」


「何を言ってるんだ!」


「【デバッグモード】です」


「何?」


「神々がね、世界を創造するために用意したモードですよ…たとえば、ほら」


店先の薬草に手をかざす。すると薬草はみるみる萎れ、消えてなくなった。そして後には小さなメダルが一つ。


「こんな風に、僕は文字通り、この世界をどのようにも改変することができます。それこそ、世界中の人々を『居なかったことにする』ことだって一瞬で可能です」


「そ、そんな事が」


「ククククク…メモリを上書きしすぎたんですよ。最強魔法なら1ビットだけ変えればよかった。しかし24ビット分はやりすぎでしたね」


「くそっ、上書きしたビットのどれかがデバッグモードだったということか!」


「さすがギドさんですね。その通りです」


ギドさんは僕の創り出した小さなメダルを握りしめたまま、ガタガタと震えだした。


「心配しないでください。この街の皆さんにはお世話になりましたから、何もしません。この街には、ね」


「ま、まさか」


「この世界は美しい。ですが、無秩序に這いずり回る人間どもは実に醜い。そう思いませんか?」


「まさか人間を、いやこの世界を支配するつもりか!」


「支配?いいえ、違います。言うならば『管理』ですね。僕が世界の管理者となります」


「やめるんだ!おまえは間違えてる!あの優しかったアレクはどこに行った!」


「無駄ですよ、ギドさん。神となった僕を止めることは不可能です。さようなら」


「うおおおおおおおおおお!!」




★★★




「で、何か言いたいことはあるか?」


「誠に申し訳ありませんでした」


僕はギドさんに土下座して謝る。本当にごめんなさい。

あ、となりの宿屋の奥さんが「ひぃっ」とか言ってる。そうですよね意味わからなくて怖いですよね。


「まったく、力を持った途端にあんな」


「いや、本当に反省してます。言い訳じゃないですけど、何か変なフラグを立てちゃったんじゃないかと思うんですよ。あれは本来の僕じゃないというか…」


ギドさんはしばらく僕を にらんだ後、はあっとため息をついた。


「まあきっとそうなんだろうな。しかし間一髪だったぜ」


それにしても助かった。ギドさんが止めてくれなかったら、この世界を みずからの手で滅茶苦茶にしてしまうところだった。


「本当にありがとうございました。でも、どうやって僕を止めたんですか?あのモードは完全に無敵でした。普通なら絶対に無理だと思いますが…」


ギドさんはニッと口の端を上げ、右手に握っていたものを僕に見せた。


「これよ」


「それは、毒消し…!」


「そう。これを1個、とっさにおまえのポケットに突っ込んだのよ。『プレゼント』としてな。そうすりゃアレクが持ってる毒消しは0個に戻る。これは賭けだったが、ショートカットとやらが開きっぱなしだったとすれば…」


「もろもろのフラグが0に戻る」


「その通り」


ふう、なんてことだ。

というか表示まわりの処理が雑すぎて怖いぞ。今後、アイテム個数の管理はキッチリやろう。255個は絶対に超えないように。そして貸し借りダメ絶対。


しかしそれにしても、変なフラグもあったもんだ。何のために勇者の性格なんてものが…。


「あ」


「どうした?」


「あははは。いやあ、思い出したことがあるんですけど、前世のことで」


「ほう?」


「ちょっと言いたくないんですが…いやめっちゃ言いにくいんですが」


「今さらなんだ。言ってみろ」


ちらっとギドさんを盗み見る。怒っているような、呆れているような表情だ。

仕方ない。腹をくくろう。


「物語では、最後にめでたく勇者が魔王を倒します」


「おお、それは良かった」


「はい。そうなんですが、そのあとが問題でして」


「ん?」


「すべてを手に入れた勇者が、全能感に おちいって闇 ちし、新たな魔王になるんですよ。ハーッハッハッハッとか たか笑い上げて」


「…」


「バッドエンド。そして次回作の予告が、元勇者が支配する世界を新たな勇者が救う、というものでした」


「…でした、ということは」


「次回作は出ません。開発元が倒産しちゃうので」


「…」


「…」


「クソゲーじゃねえか!」


「クソゲーですよね!」

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