それは豊かな苦悩の濁流です。
世界を見つめる瞳は疲弊し澱み、決定的な破局を迎えることもなくぐずぐずと饐えていく彼の生活を写し取ります。
つまりは表現がとてもいいのですよね。
読み手が気を抜いた瞬間にクリティカルヒットと言った感じの風景描写が覗き、おおーってなってるうちに主人公の男の子のいくつも抱える悩みが流れ込んでくる。
最後に蜻蛉に語り掛ける主人公。
それは読者にほのかな希望を感じさせますが、その光はわずかに浮上したばかりで鈍い。
「とんぼ」っていう平仮名表記にしてあるのがまたエモい。
「汚い」とは「たくさんあること」なのです。
みずみずしさと人生の腐敗は矛盾するものではないと示すのがこの作品。
そこには確かな価値があります。
文学に登場する虫や植物は、かよわい生命体として描かれがちなものなのかもしれません。
この小説を読んでいて、十数年前に市役所のエレベーターの壁に止まっていた「うりは虫」を思い出しました。
こんなところに迷い込み、閉じ込められて、虫にとってはなんの意味もない上下移動をくり返して大丈夫なんだろうか、とか心配になったことをふと、なぜか思い出しました。
日々の生活で次々に襲ってくる不安、不快感。街の風景に、虫の生命に、眼差しをスライドさせて混ぜ合わせる様々な色やイメージ。
一つ一つの段落がどれも濃くて、それでいて断片のように途切れない沈着なトーンがすごく好きでした。
こんな短い作品とは思えない内容だと思います。