言葉の先で
Day.2/10[第一言ノ葉学園:生徒会室]
「おーい矢冨~!」
「ん? どうした向井木」
「いや、頼まれた写真の見本ができたからよ。見てかねぇ?」
肌寒くなってきた冬のある日。
生徒会のメンバーとして、いろいろと仕事をしていた矢冨のもとに、彼の親友である向井木が姿を現した。
「あ、先輩たちとの写真できたんですか?」
「おっと駒井ちゃん、ちゃっす。いや、まだ数ページだけ。とりあえず、こんな感じでいいかって見本ができたから持ってきたんだけど……」
「えと、僕たちも見せてもらっていいですかね?」
「中村君もちゃす。いいぜ、みんなで見よう」
そこには、次期生徒会メンバーとして矢冨を手伝っていた駒井と中村の姿もあった。
「そういえば、中村君の叔父さんって実際どうなの? 生きてるって聞いてるけど、俺、七月の件で首だけになってたとこ見ちゃったんだけど……」
「割とピンピンしてますよ。一か月もしないうちに退院しちゃって、そっから今度は影世界に行くってことで猪井先輩の手伝いしてました」
「噂に違わない人のようで安心したよ」
それから、ちょっとした好奇心で、あの日一目見た未来のことを中村に聞いてみてあきれる向井木の姿を見ることができた。
ただ、そんな二人のやり取りに興味のない駒井と矢冨の二人は、さっそく向井木が持ってきたアルバムの見本を拝見する。
「あ、これ文化祭の奴ですよね。鬼怒先輩と石津谷先輩が乱入してきた」
「俺と辰先輩が一緒になって鎮めたやつだな……まさか父さんの言霊まで使わされる羽目になるとは思わんかった」
「こっちの写真は……猪井先輩が巫女服着てる!?」
「ああ、毎年恒例らしいぞ。ほら、三年のワードマスターに坊主頭の人がいただろ。あの人が、葉話町の神社の息子らしくてさ、三年生のみんなでお手伝いしてるんだってよ」
「まじですか!? あぁ~……生で見たかったぁ……来年もやってくれますかね?」
「あの人の性格を考えろ」
「は! 確かに、あの人は後輩の押しに弱いところがありますね! ならば不肖ながらこの駒井美咲、全力で猪井先輩をコスプレさせてきます!」
「……お、おう」
ただ、見ているさなか何やら変な方向へと思考がすっ飛んでいった駒井は、どこから取り出したかわからない巫女服を持っては、言霊を使ってまで加速していってしまった。
「やっぱり、ワードマスターって変な奴が多いのな」
「一応、会計としての仕事はしっかりしてくれてるから文句はないんだけどな」
行ってしまった背中に、今日の猪井は提供元の企業の役員会議に出てるから学園にいないといい損ねた矢冨は、横合いから放たれる向井木の素朴な感想に一応ながらのフォローをしておくばかりだった。
「えっと、中村。駒井のことは頼んだ」
「ま、そうなりますよね~……」
そして、暴走した駒井を窘めるために、今日も中村が駆り出される。今や自身の言霊の対象を拡大解釈することにより、無茶苦茶な射程距離を誇ることなった中村の【簒奪】である。たとえ対象が見えない位置にいようと、彼の解釈で触れていると認識すれば従来の言霊の効果を発揮できるため、【瞬】の言霊を使いこなし始めた駒井の高速移動を無力化しつつ、確保できるようになったのだ。
「んじゃ、行ってきます」
「面倒だったら風紀委員と連携してくれ」
「はーい」
そうして、生徒会室には向井木と矢冨の二人だけになってしまった。
「そういや、あと二人は?」
「真昼の奴は樋口さんたちの影世界の研究に参考人として今日も引っ張りだこ。倉橋の奴はよくわからん。選挙に負けてから大人しくはなったが……リコールでも狙ってんじゃねぇの?」
「相変わらず負けず嫌いなんだなあいつ……」
今年度の体育祭で見せた第五位ワードマスター倉橋豊子の執念を思い出した向井木は、なるほどと納得しつつ、自分が持ってきたアルバムのページをめくった。
「……色々あったなぁ」
「なあ、それってもしかしてだけど、アルバムを見ながら今までの学園生活を振り返るっていう青春シチュエーションでもやろうとしてるのか?」
「あ、ばれた? ちなみにカメラはばっちり回ってる」
「あのなぁ……一応、まだ俺たちは二年だし、このアルバムは辰さんたち三年と一緒に撮った生徒会の思い出だ」
「ぶー。少しぐらい思い出に浸らせてくれてもいいだろ」
ピースピースと胸ポケットに入れたカメラをアピールしてきた向井木に対して、半目な視線で対応する矢冨。またいつものことか、と考えつつも、矢冨はふとこれまでの足跡をたどった。
「そういや、俺の言霊も変なことになったよなぁ」
「最初っから変だったぞ、お前の言霊は」
「いうな」
入学直後の矢冨が、二年夏まで所有し続けていた無形の言霊。それは、彼の中に眠るアーリマンの力だったことは記憶に新しい。
「そういや、岸良さんとの決闘の話はどうなったんだっけ?」
「まふゆの奴があれからすごいポイント稼いでてよ……文化祭の時といい体育祭の時といい、対抗祭の時といい、無茶苦茶引き離されてんだ」
「あー……」
「ま、その分俺も頑張ってるから、春になるまでには一回は挑めそうだ」
「そりゃ楽しみだ」
思えば、この学園で生徒会に入るまでの一番最初のきっかけになったのは、岸良との決闘の約束だった。彼女と戦うために争った球技大会。あの約束がなければ、下手をすれば初戦で敗退していただろう。
そうなれば、今につながった空野や戌飼との因縁も生まれなかった。
「愛衣ちゃんって、もう大丈夫なのか?」
「ああ、記憶が戻ったっつっても、情状酌量の余地があるってことで御咎めなしだ。まあ、元をたどればアーリマンの悪意に当てられて、正常な判断ができてなかった。あの戦いでアーリマンがみんなに対して悪意をぶつけてくれたからこそ、証言が立証されたわけだ」
「いや、そっちじゃなくて……」
「……?」
「あぁ……まあ、いいや」
愛衣といえば、矢冨の幼馴染であり、謎の多い矢冨の過去の一端を知る一人としても関係者の間では有名だ。特に、七月の一件で矢冨の過去をのぞき、闇の中にあった真実の多くに触れたと同時に、関係者の間ではとあるレースの首位に飛び出たという話でもあったのだが……どうやら、まだまだであったらしい。
「にしても、お前ほんと鈍感だよなぁ……」
「何の話だよ」
「んー……そうだな。じゃあ藤家さんとか、徒花先輩のこと、お前はどう思ってんだ?」
「真昼と徒花先輩? うーん……真昼はよくわからん。正直、何を考えてるのかわからな過ぎて不気味だが……まあ、悪い奴じゃないことだけは確かだな。徒花先輩は、俺の目標だな。父さんの言霊のこともあるし、今の力に慣れれば徒花先輩みたいに動けるかもしれないから、あの人の戦闘スタイルが俺の一つの到達点だと思って、目標にしてるって感じだ」
「かー! ったく、これだから主人公ってのは……」
「なんか言ったか?」
「いんや、なんも」
自分に向いている矢印に気づいた様子のない矢冨に対して、呆れることしかできない向井木であった。
「……にしても、色々あったな」
「これから先もいろいろあるよ。空野は猪井先輩と一緒に企業を立ち上げる準備をしてるし、戌飼と小鳥遊の奴は第四に殴り込みに行ってもう一か月近く経つ。真昼の話じゃ、影世界への門ももうすぐ理論が完成するらしい。もしかすれば、俺たちが三年のうちにまたあっちに駆り出されることになるかもな」
「冗談じゃないな、それは……ま、そん時はよろしくな、生徒会長さんよ」
「だな。ま、生徒会を背負う立場になったんだ。どんな無茶苦茶だろうと、辰先輩や石津谷先輩に恥じないように頑張るとするよ」
アルバムを閉じた次期生徒会長である矢冨は、そう言って会話を締めくくる。
(……ほんとに、ほんとに長かったな)
そして、思う。
(なんとなくでここに来た。まさか、親に会って喋れるなんて思ってもみなかったけどな)
硫黄島の戦いの終幕で、まさか【呼応将来】の力を使って両親と話せるとは思ってもいなかった矢冨だ。今はもう、声をかけても反応はないが……自分の体に、あの二人がいることは確かに感じることができる。
(友達もできたし、因縁も……まあ、解決できたってところか。影世界にノスグランド。日本の言霊社会だって一枚岩じゃない。まだまだ、俺が踏み込むことができていない因縁は数えきれないが……それでも、その一つは解決できた)
生まれから自分に寄り添ったアーリマンの死。それは、矢冨を縛っていた一つの因縁でもあった。それが失われた今だからこそ、アーリマンが完全なる悪ではなかったことがよくわかる。
だけど、それは……それは、矢冨しか知らないことだ。
あの意識世界の中で、矢冨にだけ向けられたアーリマンの言葉を。
生まれてからアーリマンと共にあったからこそ、なんとなくわかった彼の本心を。
矢冨以外は知らない。
悪意という曖昧模糊としたイメージに上塗りされ、アーリマンという名前で黒く塗りつぶされた一人の少年の話を、誰も信用しないだろう。
ただ、それでも、矢冨は――
「……なあ、向井木」
「どうした」
「言葉がなくとも理解しあえる関係ってあるだろ」
「なんだよ急に。あ、ちなみに俺は矢冨を親友だと思ってるぜ!」
「いや、そういうことじゃなくてさ……やっぱり、言葉がなくとも理解しあえるなんてことはなくて、言葉があるからこそ信頼は成り立つと思うんだよな」
「……ま、確かにそうだな。言い出さなきゃ、何を言いたいのかなんてわかんないもんだ。結局のところ、そいつが何を考えてるかなんてそいつしかわからなくて、言葉もなしに感情をくみ取ろうとしたって、それは汲み取る側の一人称。ただそれだけじゃ、信用も信頼もあったもんじゃない」
「俺は思うんだよな……もしかしたら、アーリマンとも話し合えたんじゃないかって」
「おま……! よく、そんなこと言えたな……」
「だからこそだよ。アーリマンが悪だってのも、俺たち学園側の一人称の意見でしかない。現に、記憶を持ったアーリマンは……誰一人として殺してなかった。だから、もしかしたら……なんて、思っちまうよ」
「はー……ま、確かにな。俺たちはアーリマンのことを何一つとして知らねぇ。当たり前だ。アーリマンと面と向かって話したのなんて、お前程度だしな」
「ああ、そうだ。んでもって、それはアーリマンだけじゃない。まふゆの時も、真昼の時も。ジョンさんの時も、愛衣の時だって。俺はあいつらのことを知らなくて、言葉もなしに決めつけていた。そういうやつだって。だけど違ったんだよ。その人には、その人にしかわからない意味があって、言葉ってのはそれを共有するためのものなんだって」
会話じゃなくてもいい。
一方的でもいい。
主義主張を表すために必要なのは、まず初めに伝えることだ。
伝えなければ、何も伝わらない。
「それは言霊だって変わらない」
喋らずとも発動できる言霊を持っていたからこそ、よくわかる。
言霊だって、自らの意思を示すことで初めて効果を発揮するのだから。
「だから、俺は伝えていこうと思うよ。俺の言葉を。俺の思いを。俺の意思を。俺は、そういう生徒会長になる」
「そうだな。親友からは何一ついうことはないよ」
「よっし、見ててくれよ。んでもって、いざとなったら頼らせてもらうからな!」
「おうよ。戦えなくて、お前の後を追いかけることしかできなかったこの二年間、俺だって何もしてなかったわけじゃないんだぜ。期待してな、俺の進化した言霊【木工】の力をよ!」
まだまだ続く学園生活。
生徒会長となった矢冨に待ち受けるのは、まだわからない。
それでも、彼は進むだろう。
言葉という手段を使って。
会話という行動を用いて。
たとえ、その言葉が人を傷つけても。たとえ、その言葉のせいで争いが起こっても。
戦った先で、もう一度と言葉を交わせることを願って。
――ワードマスター 【完】
ワードマスター 日野球磨 @kumamamama
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