課題と未来


 day.8/4[言ノ葉大学:とある一室]


「ってなわけで、全員の生存が確認されてますね」

「え、まじで?」

「さっきからマジって言ってるだろ。これだから、君は頭が固いと言われるのだぞ石津谷正一郎」

「といっても、にわかには信じられないんだよね……いや、あのフルマーとかいう火陰者にしても、未来さんにしても、確実に死んでるでしょって感じだったからさ」


 大学の会議室。そこでは、猪井が操る映写機に映りだされた、先日の決戦についての報告会が行われてた。


 戦闘参加者や、それ以外の関係者の中から、希望者に当てた説明会だ。主な情報を猪井が、細かい補足を樋口が担当することで、恙なく報告会は進行して――


「見間違やないんか? 流石に言霊を使ったところで、首が取れるなんて惨事を修復できるとは思えんのやけど」

「いやいやいや! 確実に取れてたね、あれは。といっても、ここに僕以外の証言者がいないのがこまるな……」

「鬼怒は仕事だし、高校生諸君は勉強会。決戦後から二週間。中には怪我で休んで、起きたら夏休みになってたって生徒がいるせいで、こっちにまで顔を出す余裕がないからな」

「俺の言霊で嘘ついとらんのはわかるんやけど……石津谷のこともあるしなぁ……」

「なぜ僕の信頼度が低いのだ!」

「自分の過去の行いでも振り返ってみたら?」

「迎之、阿良間。ステイステイ。石津谷がもんどり返り過ぎて奇妙なオブジェクトになってるから」


 恙なく進行するわけがなかった。


 そもそも、件の決戦には裏方の更に裏方として、病院や交通手段などを提供していた京都と大阪の第二、第三言ノ葉学園のOBであり、元第一位ワードマスターにして元生徒会長である迎之いばらと阿良間奏も協力していた。その関係で、報告会に彼らが参加しており、無論第一の関係者として石津谷正一郎と樋口優子というあまりにもマイペース極まりない人間ばかりが集合しているのである。


 こんな中、報告会が進行するわけ――


「お前ら! 世間話をするのはいいが、これ以上くだらない会話するんなら会議室の外にほっぽりだすぞ!」

「「「あ、はい。すいません」」」

「……随分と、覇気が付いたな猪井」


 と思えば、猪井の一喝によって問題児三人は縮こまってしまったのだった。


 思えば、猪井は様々な会社と多くの機械やシステムを共同開発をするほどの言霊使い。その知名度で言えば、樋口優子に次ぐレベルだ。社会での地位を重んじる阿良間や、金を重んじる迎之は彼女に対して強く出ることができないのは当然。そして、あの戦いでアーリマンの一角を討ち取ったとはいえ、その後の撤退戦から、最後の戦いまでのすべてにおいて参加できなかった石津谷は言うまでもないだろう。


 そんなわけで、ワードマスターたちの中でも一際うるさい問題児たちを黙らせた猪井は、手元のPCを使ってスクリーンを操作しながら、あの戦いの結末を報告していった。


「まず、戦闘による被害ですが……重軽傷者は作戦参加者全員だ。特に入井。あんたは遊撃の要だっつってんのになんで最後の最後で突っ込んだ」

「いや~……流石にあそこで僕が出ないわけにはいかないかな~って」

「聞いた私がばかだった。まあ、重傷者はいたものの犠牲者はなし。後遺症は……鬼怒の奴のリハビリぐらいか?」


 余談だが、鬼怒の腕はなぜか修復できた。何を思ったのか、鬼怒が猪井に頼んで人の腕を【具現】の言霊で作って貼り付けてみたところ、拒絶反応もなく移植できてしまったのである。


 二度と戻らないとも思われたが……おそらくは、鬼怒の腕を奪っていったアーリマンが死んだことで、言霊の効力が失われたのだろう。


 とはいえ、筋肉や使い心地は以前のそれと比べるまでもなく、慣れるまでにリハビリが必要だったのだが……この一件のせいで、周囲から本当に鬼怒が人間なのか、更なる疑問が寄せられることとなった。


「協力者であるノスグランドファミリーについてだが、こっちは私と空野が交渉しているところだ。ま、変なことにはならないだろう」

「いや~、僕たちよりも優秀な後輩がいてくれてうれしい限りだ」

「だな。彼らには私も期待している」


 ノスグランドファミリーは、元はといえば空野と戌飼が呼び込んだ協力者である。……というよりも、アーサーたちの独断であったらしく、少々ノスグランドのトップともめてしまったのだが……卒業後、空野と猪井が立ち上げる企業にほぼ強制的に入れられる戌飼を派遣することで話は丸く収まった。


 どうやら、あちらも戌飼には目をつけていたらしい。猪井としては後輩をマフィアに売るのは少々心苦しいことなのだが……まあ、戌飼が道を踏み外すとも思えないし、なんだかんだでアーサーたちを信用しているため、戌飼を送り込むことが決定した。


「また、拘束した火陰者は、言霊使い専用の地下牢獄に幽閉されている。まあ、彼らは一生あそこで暮らすことになるだろうな」


 影の世界でかろうじて一命をとりとめていたところを発見されたグローリーをはじめ、あの硫黄島の戦いで散った火陰者の中にも死者はいなかった。そんな彼らは、しっかりと拘束されて地下牢行きだ。


 しかも、言霊を使った犯罪行為は世界規模。日本の裁判機関が対応できるようなテロリストではないために、無期懲役という名の拘束で済ませている。


 ただし、戦場にいた彼らは大事なことを隠している。あの場には、自分たちが逃した三人の火陰者がいたことを。


「硫黄島及び、その周辺の言霊の余波だが……まあ、こっちもおおむね問題ないな。摺鉢山の形状が少し変わったぐらいだ」

「播田實愛衣とアーリマンの戦闘はすごかったな。地形すらも変えていたが……あれは影の世界の影響で、こっちの世界には何の影響もなかったということだね」

「しかも、一番の被害が予想された力のアーリマンとの決闘は海の上だし、石津谷の戦闘は影の世界だけだった。富士の二の舞にならなくてよかったよ」

「あはは~……」


 二年生の時に、富士山の登山で言霊使いと戦闘し、富士の峰の一部をえぐり取った経験がある石津谷は苦笑いを浮かべている。


「まあ、大した被害がなかったと喜ぶべきだろうな」

「間違いない」

「いやいや、そうとも言えないぞ」

「なにかあるのか、猪井」

「ああ、何かあった。というか判明したことだな。……これは矢冨から報告されたことだが……影の世界にて、アーリマンは生まれたのだそうだ」

「なんだと?」


 続いて、猪井がスクリーンに映し出したのは、影の世界についてまとめたレポートであった。


「影の世界。情報源が矢冨一人なのが少々信ぴょう性に欠けるが……まあ、あいつの実績を知るやつなら、話の確度については今更だろう。ともかく、あの戦いで観測された、人間の認識から作られたリソースの世界、通称『影世界』」


 影世界。彼女がそう読んだその世界は、現実世界の投影でありながら、まったく違う要素を持っていると語られる。


「この世界は空想が現実になる特性がある。現実世界で語られる空想が、より多くの人間に本当だと信じられると――それが存在するものとして認識されると、影世界に出現するそうだ」

「それの何が問題なんだ?」

「いいか、石津谷。アーリマンは影世界と現実世界を行き来する力をあの戦いで見せた。そして、こちら側からも現二年第一位の藤家真昼が影世界との境界線を斬って捨てることで、一時的に出入り口を作ったんだ。影世界で生まれた何かが、こちら側に絶対に来ることはないと断じることはできない――この意味はよくわかるよな?」


 硫黄島という、本州から隔離された孤島の出来事でしかなかった。しかし、彼を復活させるために作られた組織は世界的なテロリストと名を馳せるに至っており、そうでなくとも言霊という力を生み出すほどのことをやってのけた怪物でもある。


 その存在一つが、世界規模の災害になりかねない。


 そんなものが生まれた影世界において、考えられる最悪は二つ。


 これから、アーリマンと同規模の怪物が生まれるか、すでに生まれているかの二つだ。


「そこで、私はとある企業を立ち上げることにした。この場にいる全員には、私の名を使って協力、あるいは資金援助を行ってほしい」

「ふぅーん……ちなみに、詳しい活動内容は?」

「わてら使うんやったら、高くつくで」


 企業の立ち上げと資金援助と聞いて、守銭奴二人が声を上げる。そんな二人に追従するように、ほかの面々も口々に意見を述べていった。


「とりあえず、当面の目標は影世界への移動経路の確保及び研究だ。移動方法についてはめどが立っているな。なにしろ、実際に移動して見せた記録がいくつもある。問題はその後、影世界を調査するにあたる人員だ。ある程度の戦闘力、対応力を持った人選が必要になってくるはずだ。……つまり、あんたたちのような人間が、必要なんだよ」


 彼らにとって、アーリマンは一つの災害だった。


 アーリマンという災害は確かに取り除かれたが――災害とは、再び起きる可能性を秘めているものだ。


 だからこそ、彼らは備えなければならない。


「リソースの研究なら私の分野だな。良ければ優秀な人材を紹介しようか、猪井二千華」

「抜け駆けはよしてくださいよ樋口はん。こっちからも、紹介したい人材がいるんですわ」

「うわぁ……なんか変なところで権力争いしてるわ。ああいうの見てると、全部上から引きつぶしたくなるわね」

「阿良間君。喧嘩するほど仲がいいともいうだろう。だからこそ、僕たちはここで見守って居ようじゃないか!」

「あぁ……まぁた、めんどくさいことになりそうだなぁ」


 次のために。あるいは、次を起こさないために。彼らは、備えなければならないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る