気愛
(うう……ホントすみません……)
(謝罪はいいので分かる範囲でどうなってるか教えて、時間が無え)
(碧さんはきっといい上司になります……)
正座状態の委員長が突き出した手に、そこに現れたのは、
(刀?)
(刀です。刀なんですけど、)
委員長が鞘と持ち手に手を掛け、引く。
びくともしない。
(抜けないんです)
(なるほど……ちなみに名前は?)
(『居愛』らしいです。でも何を指すのかイマイチ理解できなくて……)
(いや、分かったかもしれん)
というか、刀でイアイと来たらもうこれしかない。
(居合い斬り専用なんだよ、それ)
(イアイギリ……?)
(えっ知らない!? ほら、時代劇とかの侍が剣抜いてるとこ見せずにばーって倒すやつ)
(マンガもテレビも見ないので……すみません……)
(今時珍しいな……よし、でも分かった)
(何がですか?)
近づいてくるガリガリ音の方を、親指で刺しながら言う。
(それがあれば、アイツたぶん斬り殺せる)
(使えないって言ってたの聞きました!?)
(何とかするんだよ、無理矢理)
◆◆◆
“斬り愛”の主、檜矢倉碧の後輩はあんまり愉快な気持ちではなかった。最高の不意打ちを叩き込んだのに、センパイが脱落した確証が得られなかった為である。
夢で説明を受けた後、試しに近所の同級生数名を斬り殺したとき、その体は『爆発し、そのまま“愛の庭”から退場した』。しかし先輩は『爆発せず、そのまま吹き飛ばされていった』。恐らく異能がダメージ軽減を行うものだったのだろう。腹が立つ。
「まあ、流石に無傷ってことはないでしょうし追撃しますか……面倒だなあ」
降りていったロータリーは、愛の庭に呑まれた影響で一般人はいない。風も吹かず、バスも動いていない、静かな空間だ。だから、
(……なぁんだ、バスの方に隠れてるんですね)
もし話している者がいれば、その声はすぐに聞こえる。
たとえ、彼女たちが声を潜めていても。隠れていることくらいは分かるのだ。
「隠れても無駄ですよ、センパ~イ」
恐怖を植えつけるように、ゆっくりと近づく。センパイが誰かと話しているということは、少なくとももう一人獲物がいる。美味しい機会だが、二人と同時に敵対するのは厳しいか?
いや、関係ない。愛する彼方センパイと結ばれるためには、どうせ全員この手で斬り捨てる必要があるのだ。それなら、戦闘に不慣れな今のうちがよい。
「だって、センパイは」
相手を怖がらせ、逃がさないために。バスごと真っ二つにするつもりで、大鉈に愛を込める。
「私の“斬り愛”の餌食となるんですからねェ~~~ッ!!」
そして、大鉈を振りかぶった瞬間。
私の体は横合いから投げられた何かに当たり、意趣返しと言わんばかりに吹き飛ばされた。
◆◆◆
碧は自分の攻撃で後輩が吹き飛ぶ様を、他人事のように見ていた。
「思ってたより飛んだな……」
とはいえ向こうに、鉈を支えに立ち上がろうとしている姿が見える。私たちより格上なのかもしれない。もう誰か倒したのか?
「……ふふ、フフフ! センパイ、強いですねぇ!」
「もう復帰してきたお前の方が強いだろ……!」
「でも、残念です。攻撃の方法分かっちゃいましたから、もう勝てます」
頭部からピンクのキラキラ(だいぶファンシーだが血相当だろう)を噴き出す後輩は、そう言うと自分がさっき投げたモノを投げ返してくる。
「投げてきたのはセンパイの武器の盾。ちっちゃいからって、そんなホイホイ投げられるものでもないのによくやりますね」
「一発で頭当てたの、自分でもすげえと思うんだけど、な!」
返答を言い終わるか終わらないかのうちに、返ってきたそれを拾い上げ再び投げつける。が、
「芸がないですね、センパイ!」
「っ……! っと、うわアブねっ」
当然のように回避し、そのまま突っ込んでくる。横薙ぎの一撃を、無理矢理転がって避ける。
「フ、フフ……ちょこまかと、ウザったいですねぇ! こんな倫理観のイカれた金持ちの道楽に付き合って苦しめられるより、諦めてスパッとやられた方が良いんじゃないですかァ!?」
「それを真面目にやってるのはお前だろ……!」
「ええまあ、私めちゃくちゃ彼方センパイといちゃいちゃしたいですもん。センパイと違ってなりふり構わないくらいには、ね?」
平然と答えた彼女は、息を整える間にこう告げてくる。
「不意打ちは受けたのに今のは避ける。盾は砲丸みたいに扱う──センパイ、もしかしてもう、異能が武器生成以外使えませんね?」
「だから距離を取ろうとする。ダメージがまともに入る状態で、刃物持った女に近づきたくないですもんねえ? でも彼方センパイもそんな腑抜けと付き合いたくないと思います」
「そして、そ~んなに怖がってる私から逃げないのは、時間稼ぎのため。もう一人お仲間がいるんですよね? 今何らかの理由で動けないその人がいれば私を倒せると踏んでいるから、おっかなびっくり私を相手してるんでしょう」
「……お前、探偵目指した方が良いよ」
「やですよ、彼方センパイのとこに永久就職したいんですから」
そう。私の目的は、時間稼ぎだ。
【ルール3:“愛の庭”内では、恋愛能以外による攻撃手段では傷を付けられない。ただし、周囲の物品に愛情をこめることで即席の武器とすることができるため、緊急時にはこれを使うこともできる】
私たちの攻撃手段は、さっきみたいに盾とか即席武器を当てるのと、委員長の“居愛”しかない。
が、委員長は居合い斬りを知らなかったので「どう立ち回るべきなのか」を一切知らない。普通に斬りかかろうとしようものなら、居愛は起動せず負けるだろう。
そのため、今委員長には弟から借りたマンガを、「侍のキャラがそういう技を使っていたので探して読め」と押しつけて読ませている。
そして何とか分かったら飛び出してくる手筈になっているので、それまで私が時間を稼ぎつつ出来れば鉈の振り回しを止める──というのが作戦だ。
「で、もう一人はどこに? まださっきのバスの方にいます?」
「違えよ、なんでそんな単純な事すんだ」
「──目があらぬ方向いてますね、センパイ? んじゃ、先そっち倒しちゃいま~す!」
元いたバスの方に向かわんと、背を向けようとする後輩に。
「──舐め腐りやがって、よ!」
「おっと。また同じネタ使っ──!?」
「気づいたかよ!」
そこに投げ込んで牽制したのは、──ただの小石。
当然のように避けられたが、私の手元にはまだ盾がある。回避に気を取られてできた僅かな隙。そこへ盾を構えて殴りかかる。
「さっさと、沈め!」
「できるんじゃないですか、そういうの!」
盾は鉈で受けられ、弾き返されたところに追撃を入れられる。無理矢理受けるが、リーチが足りないので直に攻撃に転じることはできない。ので、
「こうよ!」
「──!? 前が見えな──」
「これで倒れとけ……!」
顔面にハンカチを投げつける。攻撃手段にはならないが、視界が奪われればその分動きが止まる。とち狂った才能を見せているとは言え、格闘の経験の無いはずの後輩にはなおさら効くはずだ。
私は、後輩が鉈を構える右手とは逆側に飛び込み、盾付きの左手で腹パンをせんとし──
「──ッ!!!」
刹那、思いっきり飛び退いた。
盛大にバランスを崩し、倒れ込む。アスファルトに擦っても擦り傷1つできないが、緊張状態から突然離れたためか体が上手く動かない。
左手に掴んだ鉈を、地面から引き抜いた後輩が、近づいてくる。
「──いやー、センパイ。スゴいですよ、一発で避けるなんて。まあ避けれなかったら即死だったんですけどね?」
「……持ち替えが早すぎるだろテメー。バケモンか?」
「いや? 単純に武器を一度消して左手に再生成しただけですよ? ……でもこれ、不意打ちに使いやすいですね。今後どんどん使っていきます」
彼女が、私の首のすぐ傍に立ち。鉈を構えている。
「にしても、急に突っ込んでくるんだからビックリしちゃいました。もしかしてさっき、『センパイみたいな腰抜けと付き合いたい人いないと思いま~す♡』とか言ったの図星でした?」
「……んな訳無いだろクソボケ」
「センパイ……いくら悪態ついたって、途中から本気出したって勝てる訳ないのに……」
「腹立つなこいつ……」
彼女が、話に飽きたと言わんばかりに、鉈を振りかぶる。
「最後に言い残すことは? センパイの愛の分だけ私は強くなるので、その辺の礼儀はしっかりしておきたいんです」
「侍か何かかよ……あー、そうだ。さっき私が飛び退いたのスゲえって言ったろ、お前」
「はい」
一息。
「あれ、他の攻撃を避けようとして起こった偶然って言ったら信じる?」
「は? ……ハァ!?」
数瞬のうちに意図に気づきすぐさま振り返るが、もう遅い。
その武器を、胴と脚とを切り離され。その場に彼女は崩れ落ちた。
「委員長、出て来ていいぞー……あークソ、いって……」
「あ、大丈夫で……碧さんボロボロじゃないですか!?」
「脚斬れてる奴居るのにそれ言えるのスゲえよ」
“居愛”の刀を佩いた委員長が車の影から現れ、こちらに駆け寄ってくる。
「な……なんで! なんでそんなことになるんですか!! ずっと、バスの方は気をやっていたのに……!?」
「私のこと舐めすぎだろお前、さっきも言ったけど」
「単純ですよ、名も知らぬ後輩さん。私は碧さんが飛び出した時点で、もう移動してたんです」
「馬鹿だと思ってる先輩に気を取られて、気づかなかったみたいだけどな」
「な……!」
何も馬鹿正直に一所に留まる必要はないし、真っ正面から“斬り愛”に挑む必要はない。気づかれなければ“居愛”で思いっきり削れる――それが私たちの作戦の本質だった。
私が飛びだしたタイミングで、もう一台止まっているバスの方に委員長が隠れる。居合をやってるシーンはそんなにないので、奴がバスの方に振り向いたくらいのタイミングではもう顔を出していた。
遠距離攻撃を最初していたのは、移動中は周囲を見回されると困るので、自分を見続けざるを得ない状況にするため。
途中から殴りかかったのは、逆に委員長が近づいてくるのから気をそらすため。
飛びのいたのは、委員長の攻撃に巻き込まれないようにするため。
私の奴が気づいたら一巻の終わりなので、振り向くことがないようにするのも私の仕事だったのだ。軽い気持ちで提案するんじゃなかった、マジで死ぬかと思った。
「ということで我々の作戦勝ち、ということです」
「あー……せっかくさっき聞いてくれたんだし。何か言い残すことある?」
「ふ……ふざけないでくださいよ! こんな軽薄な連中に、私が負けるなん、て……!! せ、せめて……!! あんたたちだけでも殺してやる……!!」
ぶちギレて絶叫する彼女の手には、再び鉈が生み出されていた。
「あーあー、無茶してんなあ」
「うるさいんですよおーっ!! さっさと死ね、センパイ!!」
動けないからか、顔面を狙って投げつけてくる。が、
「慣れた」
腕だけで投げられたそれは、あまりにも弱弱しかった。ので、その場で構えなおした盾で弾かれる。
「碧さん、そろそろトドメさしますね」
「ん。いやほんと、お前と今日戦えてよかったよ。もっと強くなられてたら手に負えなかった」
「……は?」
「お前の敗因は、たぶんずっと自分が強いって疑わなかったことだと思う。ずっと奇襲してれば勝てたし、喋るときもったいぶってなけりゃもうちょっと余裕持って戦えたろ」
呆然とする彼女の横を、委員長が歩いていく。
「……だいたい、さっき『私はセンパイと違って手段を選びませーん』みてえなこと言ってたけどさ」
一息。
「――私だって、なりふり構わず彼方とイチャコラしてえに決まってんだろうが、アホ」
瞬間。居愛によって完全に胴と首が離別し。
私の後輩は、ハート型の爆炎を上げながら退場した。
【ルール4:恋愛能所有者同士の戦いによって致命的なダメージを負った場合、その人物は超多角関係戦争に敗退する】
【敗退した者は、桐島彼方への愛情、及び桐島彼方からの愛情を剥奪され】
【その全ては勝者が得ることとなる】
◆◆◆
「……ん、何だこのゲージ」
「倒したからポイントが入った、みたいな感じじゃないですか?」
「あー。こっち『+2.0』って書いてあんだけど委員長何点?」
「私も同じですかね……共闘する分には同じ点数らしいですね」
目の前の明らかにオーバーテクノロジーのゲージを見ていると、委員長が迷ったような顔をしつつ口を開く。
「……碧さん、しばらく手組みません? 最終的には殺し合うと思うんですけど、とりあえずーってことで」
「……元からそのつもりだったが」
「いい人だ……!!」
「実際私1人だと攻撃手段ないし、委員長いると助かるから。しばらくよろしくな」
「え、ああ、握手……よろしくお願いしますね!」
手を交わし、私たちはしばらく、後輩の元から上がった炎を見続けていた。
「にしても居合い斬りって不思議ですね。構えて通り過ぎるだけで人が斬れるなんて」
「えっ待って委員長刀抜いてないの? だったらマジで不思議なやつじゃねーか」
愛はiより出でて君より ジェネリック半チャーハン @633udon
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