――――――陸――――――


 こんなとこで、死んでたまるか。

 アレを見なきゃいいんだろ。

 見なきゃ……





 ―――ああ、そうだ。

 最近は意識しないと

 本当は見えているのに、見えないフリ。

 


 俺は今まで、無意識の内にやってた。





( 俺の得意分野じゃねえか!!)



『!?貴様、なぜ動け――』

 

 

 ―――ドカッッッッッ!!


 圭一郎の全力のこぶしが直撃し、僧が土塀に叩きつけられる。


『ぐっ』


(……さすがにこれじゃ、祓えないか)




 その瞬間とき


『ぐあああああああ!!』


 銀色の光のすじが、僧の体にいくつも突き刺さる。


 門に人影が2つ。陰陽連の術士が、到着したのだ。


「……祓い浄め給え――急々如律令!」


 五芒星セーマンが地に現れると同時に、まばゆい光が僧の体を包み込む。




『ガァアああァァアアア』



 カッ、と一閃いっせん

 次の瞬間には、虚無僧こむそうは跡形もなく消えていた。




 特級の断末魔が、圭一郎の耳にいつまでも残った。









「えらいけったいな気配やと思って来てみれば……蘆屋あしやの管轄でしたか」


 濃紺の和服に、朽葉くちば色の羽織。切れ長の目は、微笑んでいるかのように細い。門前に現れた、圭一郎とさほど歳が変わらないような青年を見て、特級を祓った術士たちが一斉に頭を下げる。


「……誰だ?」

 圭一郎は小声で泉穂いずほに尋ねる。

安部家あべけのご子息――いや、今はもう当主か。清崇せいしゅう様だよ」

 

(――ってことはこいつが清明せいめいの……)


 清崇せいしゅうと、圭一郎の目が合う。


(……特級アレを素手で殴り飛ばすか)


 長い沈黙の後、


「面白いもん、見せてもらいましたわ」


 清崇は不敵に笑うと、カラン、と下駄を鳴らして去って行った。












 小金井は命に別状はなく、境目さかいめにも別の術士がすぐに対応したため、被害は出ずに済んだ。

 千年の結界が破られたこの事件は、術士界を大きく騒がせ、征志郎もしばらくの間、会議やら諮問しもんやらで家を空けることが増えた。



 

 そして、圭一郎の心境にも変化をもたらした。


 ――圭ちゃん、征志郎さんとちゃんとはなししたことないでしょ。

  

 あの後、泉穂いずほに言われた言葉だ。

 そうなのだ。圭一郎は、跡を継ぐ、継がないの話が出るのが嫌で、父親と話すことを避けてきた。


「――無理に跡を継ぐ必要はないぞ」


だから親父おやじにそう言われたとき、驚きを隠せなかった。


「私はそこまで血族にこだわってないからな。今は分家や民間人のスカウトもある。お前が嫌なら……」 

「いや、俺やるよ」


 俺は、特級を前に何もできなかった。

 泉穂が来なきゃ、死んでた。

 せめて周りの人間くらい、守れるように。


 ――それに、められっぱなしは腹が立つ。


「……陰陽師は、強い精神力が必要だ。心に弱さを抱えていては、闇に飲まれるぞ」


覚悟が決まったような圭一郎の目を見て、征志郎はフッと微笑んだ。







「そうだ、圭一郎」

部屋を出かけた征志郎が、思い出したかのように振り向く。



「いつも観月みづきのこと、ありがとう」


 蘆屋圭一郎あしやけいいちろう、16歳。

 ――彼の陰陽師としての人生は、ここから始まる。


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【序章】Antinomy―六芒星の彼方― 赤蜻蛉 @colorful-08

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