白い芍薬
僕の家の近所にあるバス停から三つ程にある、梓の家。
バスの窓から見える空は、どんより曇り空で、どうも気分を下げていく。梓のことを心配して、勢い良く家を出てきたと言うのに、意外と冷静な僕がいた。
ピーンポーン……ピーンポーン……。
「あれ?」
ピーンポーン……。
いくらインターホンを鳴らしても、梓の家から反応はない。梓は別として、おばさんも居ないって言うのか。
仕方ないと思い、玄関扉に手をかける。
あれ、開いてるし。
「お邪魔しまーす」
見慣れた玄関に脱いだ靴を揃え、家の中に入る。電気は消えており、なんだかお化け屋敷を思い出す。
「梓!! 居るんだろ」
分かってはいたが僕の声だけが響いて、返事は帰ってこない。
まさかもう死んでるとかないよな。
梓の部屋に繋がる階段を慎重に登っていく。死んでるとかのドッキリは無しだからな。
梓の部屋のドアの前に立っても、部屋の奥から人の気配を感じられない。
「入るぞ」
ノックはしないで入った。
扉を開けると、縄で作った丸い輪っかの中に頭を通した女がいた。
定番というか、ありきたりだな。
「あっ、」
「……よっ」
「思ったより驚いていないんだね」
「まぁ…な」
最後にここに来たのは、いつだったかは忘れたが、ここまで部屋は荒れていなかったと思う。本は本棚から落ちて無惨に散らかっており、枕も何故か扉の近くに転がっている。外の曇り空のせいで暗く、なんだか廃校の教室のように感じる。
「おばさんは?」
「多分、夕飯の買い物…かな?」
声はガサガサ枯れかけていて、いつもどんな時でも整っていた黒髪もボサボサで、目元は赤いというより痛々しい。
「帰ってきて娘が首吊ってたら、おばさんショック死するぞ」
「そっか。じゃあ何自殺が良いかな」
「……入水」
「あれ、苦しいのに時間かかるし」
「そうか。じゃあ練炭」
「あれは準備が面倒臭いし」
「……。お前もう自殺向いてないよ」
「じゃあ晴人。私を殺して」
「僕を殺人犯にしたいの?」
「いや。あっ、じゃあ投身自殺どうかな? 高い所からピューって」
「それ、後処理する人が迷惑」
「んー。じゃあ車に飛び込むのもダメか。あっ!! なんか醤油を飲みまくると死ねるらしいって」
「梓」
「なに」
「死ぬなよ」
「…………なんで?」
「悲しいから」
「違う!! なんで今そんなこと言うの!? 気持ち決まってたのにさ。簡単に死ねないじゃん。普通じゃない私は死んだ方が社会のためだって」
「………………。じゃあさ。普通ってなに?」
「なに、急に。哲学的なことなんか知らないよ」
「間瀬の話で悪いんだけどさ」
「なに?」
「アイツ、好きな子に降られたらしくてさ」
「……うん?」
「でも、その振られ方が匂わせのストーリーを見て、勝手に振られたって後悔してるんだ。アイツ。これって普通の振られ方か?」
「……普通じゃないね。でも相手は異性なんでしょ? だったら私より普通」
「じゃあ、同性愛の異性を好きなっていた僕は?」
「……知らない。でも馬鹿だと思う」
「梓って美人だよな」
「なんなのさっきから」
「中の上。いや上の中くらいか。凄いよな、それって。これ普通と言うか?」
梓は黙ったまま何も答えない。
「性格は? 僕からしたら振り回さられるから、決して良いとは言えないけど。まぁ、周りからしたら優しい性格って答えるんだろうな」
「本当になにが言いたいの?」
「じゃあ歌声は? 身長は? 体重は? あとはそうだな。あっ、髪質とか家族構成とか」
「ねぇ……」
「僕は間瀬とかみたいに『青春』したいとか思わない。これは普通か?」
「それは個人の考えでしょ」
「じゃあ梓のもそうじゃん。たまたま好きになる人が周りと違うだけ。いっぱいある特徴のうち、一つだけ人と違うだけ。ただそれだけのこと」
「それだけって」
「分かってる。いや分かってないかも。でも、梓が今まで抱えていたものがこんなに軽く言って良いものじゃないってことは分かってるつもりだから」
「うん」
「梓さ。幼稚園の時の卒アル覚えてる?」
「えっ、多分?」
「あれの後ろの方さ。将来の夢を書いたんだよ僕たち」
「そういえば、そうだったね」
「僕は警察官。梓はお花屋さん」
「お花屋さん」
「それでさ僕調べたんだけど、将来の夢を書いた女の子のほとんどがお花屋さんかケーキ屋さんなんだよね」
「……うん」
ぽたぽたと涙の雫が重力に素直に従って床に落ちる。
「めっちゃ普通じゃん」
「うん。うん。私、普通……だね」
なんだか急に恥ずかしくなって窓の外を見る。
「ねぇ、晴人」
「なに?」
「ありがとう」
「うん」
昨夜、一夜だけの大輪の華を咲かせた空には、大きな白い芍薬の花が咲いていた。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く貴女は百合の花 甘雨夜深 @kannu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます