崩壊
「ねぇ。重くない?」
「……大丈夫」
さっきまでの人混みは嘘のように消えて、僕らの周りは夏虫の声だけが響く。
生まれて初めて女子をおんぶしながら、夜の住宅街歩く。
背中には梓の温もり。きっとドキドキしているのは僕だけ。梓は何も微塵も感じていない。脱いで手に持った下駄がカラカラと何度も何度もぶつかり合う。
「あのさ、下駄を脱いだことで思い出したんだけどさ」
「うん」
「シンデレラってあるでしょ」
「ガラスの靴と下駄はだいぶ違うと思うけど」
「それでね」
聞いてないし。
「私がもし、シンデレラだったら王子様じゃなくて、魔法使いのお婆さんを好きになってたと思う」
「……うん」
「だってさ。今まで厳しい扱いを受けていたシンデレラが初めて優しくされた相手でしょ」
「うん」
「良い人過ぎて惚れちゃうよ」
「うん」
「……さっき屋台で会った女子達居たじゃん」
「うん」
「私、その中の一人に告白したんだ」
「……」
「そしたらさ、……嘘でしょって。結構マジトーンだったなぁ。……うん。振られちゃった」
「そっか」
「晴人が勇気を出して私を誘ってくれたみたいにさ。私も、……勇気。出したん、だけど……ね?」
どんどん呼吸が荒くなっていく梓。そんな彼女に相槌を打つことしか出来ない僕。
「ねぇ晴人」
「うん?」
「もう、何もかもやめたいよ。……死に…………たいよ」
「梓が死んだら俺が悲しくなる」
悲しいと言うだけで、死ぬを根本的には止められない。生きることで梓を苦しませると思うと、簡単に生きろとも言えない。
カランカランと悲しい音が僕らを包み込む。
次の日から梓は学校に来なくなった。
二学年の階に上がると、今まで関わったことの無い沢山の人が僕を囲う。
そして、皆口を揃えて言った。
「飯田梓と付き合っているのか?」と。
聞かれるのも当たり前か。去年の文化祭のミスコンに出るような美人が影の薄い僕と付き合っているなんて言ったら話題性抜群だもんな。
マスコミと呼ぶべきか野次馬と呼ぶべきか分からない人達に向かって、きちんと本当のことを言う。
「付き合ってません」
「いや嘘でしょ」
「良いんだって隠さないんで」
「だってお祭りに一緒に行くくらいだもんね」
何故、この人たちは本当のことを信じないで、嘘を信じる。信じないのであれば僕に聞く必要はないんじゃないか。
「良いなぁ。青春じゃん」
青春? 青春、青春か。これが青春なのか。だったら僕の青春を横臥したくないという考えは最初から間違っていなかった。こんなのが青春なのか? こんなのを人は欲しがるのか。こんなにも胸が締め付けられる気持ちをか。
「てっきりさ、飯田さんレズなのかと思ってた」
……は?
「えっ、なんで? 飯田さんが?」
「だってさ。ヒロトの告白受け入れないし、なんか男嫌いぽかったしさ」
「いや、さすがにないでしょ」
バレてんじゃん。梓。なにが『偽り』だよ。なんにも偽れてないじゃん。
「だよね」
「ねっ、久保君も飯田さんがレズだったら嫌だもんね」
何を、言っているんだ。コイツ。
「気持ち悪いもんね」
生まれて初めてだった。僕はこの瞬間、生まれて初めて本気で人を殴った。殴って痛いはずの右手より心の方が痛かった。
「はぁ? マジなにしてくれてんの? お前。マジキモイんですけど」
「お前のほうがキモイよ」
「教師にチクるよ?」
「勝手にチクッとけよ。クズ野郎」
「てめぇ、マジこの野郎。イキってんじゃねぇぞ、ゴミ陰キャ」
レパートリーの少ない罵声を精一杯に出して、アイツらは職員室の方へ歩いていった。
残った周りの人の目は冷たい。僕をまるで人として見ていないような、そんな冷酷で残酷な目。なのに、逆に清々しく感じるのは、どこかしらの器官が壊れてしまったのだろうか。
「久保!!」
変わり者に声をかけられる。
「俺は……お前の味方だからな」
「うるさいから」
その後、教師に呼び出されて二週間の停学処分を言い渡された。
家で反省文を書く日々も一週間が過ぎた。
間瀬から毎日のように来る未読メッセージは、百件になっていた。
その中にある内容だけが頭から離れない。僕が停学処分をくらった日に来たメッセージ。ロック画面を開く。
間瀬:梓ちゃんも学校来てないらしいぞ
間瀬:今日も来てないって
間瀬:そろそろ夏休みだからどっか行こうぜ
間瀬:今日も来てない
どうやら梓も僕と同じで学校に来ていないらしい。ただ、僕と違う所は自分の意思で学校に行ってないというとこ。
あーあ、僕達は本当に何をしているんだろうか。
「クソっ!!」
さっきまで座っていた椅子を蹴飛ばした。
「ハッハッ。……ハッハッハっ。ハァー!! ハッハッ」
自分の心を気持ちをコントロール出来ない。これが自暴自棄というやつなのか?
さっき蹴飛ばした椅子を立てようと手を掛けた。そんな僕の目に入ったのは、幼稚園、小学校、中学校時代の卒業アルバム。その中から一冊手に取ってパラパラと捲る。
懐かしいな。でもこの時の梓はもう普通じゃないんだよな。もう何をしてもそういう考えになってしまう。…………あれ? これ。
あるページに目が止まった。
これって。……これも、これも、……これもだ。梓だけじゃない。
「……行かないと」
ドタバタと勢い良く階段を降りて玄関へ向かう。
「はぁ!? あんたどこに行こうともしてるの!?」
「ごめん、母さん!!」
本当に母さんと父さんには迷惑をかけたと思う。いきなり職員室に呼び出されて、息子が人を殴ったって聞いた時、どう思ったのか分からない。
きっと情けなくて悲しくなったと思う。
でもこれが最後だから。
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