第1話

 ヘルム辺境領には≪帰らずの森≫と呼ばれる暗い森がある。北を山に、南を山に、東にヘルム領と蓋をされるように囲われている西に延びた森だ。

 帰らずの森とは言われているものの、浅い場所へ踏み込むならばそこまで危険はない。

 問題は視界から木のない場所が見えなくなってからだ。

 何故かは分からないけれど、その位置になってから初めて森に住むものたちが牙を剥く。

 厄介なのは襲い掛かってくる獣や虫が群れを成して襲ってくるところだ。

 それらを突破してさらに足を進めると魔力を持った獣や虫、いわゆる魔獣や魔虫の群れが襲い掛かってくる。

 また、それらを突破するとより強大なものが襲い掛かってくるという魔境である。

 森に入っても休む間もない襲撃により採算が取れず、奥に進んでも傷を負い、下手をすれば死んでしまうという事態が頻発するため、忌避をこめて≪帰らずの森≫と呼ばれているそうだ。


 そんな森から離れたところにヘルム辺境伯の治めるベイシア城都に、オーン城壁という立派な防御壁がある。

 四方を囲む一般的な構えに加え、森側前方には幅広く深い堀と通行時に降ろされる橋が備わり、左右には分厚く前方よりも高めに作られた城壁となっている。前方には内側から攻撃できる仕組みがあり、左右の城壁にも何らかの工夫があるとかなんとか。

 どうしてこんな造りになったかというと、昔、帰らずの森から唐突に多数の強力な魔獣が飛び出してきたことにより、ヘルム辺境領及び近隣領地は壊滅的な被害を受けたらしい。

 普段出てこない森の魔獣たちが出てきた原因は未だに分かっていないが、今後そのようなことが起きても対処できるようにと考えられたものだという。


 さて、そんな歴史を持つオーン城壁を今正面から見上げているわけであるのでして。


「相変わらずすごい威圧感」


 感想はこれにつきる。

 噂に聞く王都は気後れして寄ったことはないのだが、この辺境に築かれたオーン城壁は王都のそれに劣らないという。

 オーン城壁の威容を見るとあとで観光がてらに王都に行ってみるのもいいかなと思えてくる。でも王都はね、あまり良い噂を上回る悪い噂を聞くからね。後回し後回し。

 うんうんと頷きながら今日の納品のために商品を積んだ荷車を引きながら橋を渡っていると、いつもの門番さんたちが見えてくる。


「レイナちゃーん! お疲れー!」


 槍をブンブン振り回す門番さんの姿も見慣れたものだ。

 和む。

 軽く手を振りながら近づいていくと、私の引く荷車を見ながら苦笑いをする門番さんたち。


「いやー今日は一段とすごい荷物だね! いつものことながら、すんごいねぇ」

「本当にな。おっさん、こんなの引いたら腰がいっちまう!」

「そもそも引けるのか?」

「無理だな!」

「ハハハハ!」


 手続きのためにいったん荷車を止めてから体を伸ばすとそんなやり取りが聞こえてくる。

 私も苦笑いしながら自分の引いた荷車を改めて見ると、今回は張り切ってしまったなっていう感想が出てくるものだ。

 自分の身長の倍はあろう積み荷に、それに耐えられるだけのしっかりとした荷台。これだけ見れば馬車で来たのかってくらいだもんね。

 馬、居ないけど。


「今回はお祝いですからね。張り切りました!」


 荷車から少し離れると門番さんがさっと荷車を囲む。

 手慣れた様子で荷物を調べていくが、今回は量が量だから少しかかるかな。

 荷台の検分のために何人かが荷車を囲んでるなか、隊長さんが笑いながらやってきた。


「やあ、レイナちゃん」

「こんにちは! 隊長さんは良いんですか?」

「構わんさ。それとも何か、不味いものでも持ち込んだのか?」


 ニヤリと笑いながら荷車のほうを指さすと、隊長さんもニヤリと笑いながら軽口を返してくる。


「どんでもない、不味いものだなんて! 今回はお祝いということもあってかなり良いものを持ってきましたとも」


 ふふん、と胸を張って自慢げに言ってやれば、隊長さんも頭を掻き笑いながらも気まずそうな顔をしている。


「いやー……レイナちゃんがそう言うんなら、そうなんだろうけどな? 毎度のことながら、俺には分からんからなあ。専門外だしな」

「試供品がありますけど、いります?」

「いやいらん」


 懐から試供品の包みを取り出せば途端に真顔になりお断りをされた。解せぬ。

 隊長さんは私の納品する商品たちを口にしたことがないから言えるのだろう。一度口にすれば結構いけると思うんだけどなっと。


「……試供品、自分で食べていいのか?」

「食べて見せるのも商売のうちです」

「そ、そうか……」


 包みから黄金色の商品を取り出して、目の前で口にすると露骨に嫌な顔をされた。

 そんな顔をしなくてもいいじゃないかと思うものの、私以外の人は大体こういう反応をするのだと学んだのだ。

 美味しいんだけどね。

 やる気をみせて隊長にああだこうだと宣伝していると、荷物の検分が終わったようで、囲んでいたうちの一人が呼びに来た。


「隊長! 終わりました」

「お、おお……! ご苦労さん! よし、レイナちゃん行っていいぞ!」

「あ、はい」


 呼びに来た門番さんに嬉々として返事をした隊長さんは、さあさあと言わんばかりに私を促す。

 そこまで嫌なのかと若干納得のいかない気持ちを抱きつつ、強制して余計嫌われるのもなんなのでひくことにする。


「では行ってきます!」

「はいよー! またあとでなー!」


 解放された門をくぐった先には賑やかな街が広がっており、今日もベイシア城都は盛況だと窺える。

 ≪帰らずの森≫という不安要素がありながらも栄えているのは、ヘルム辺境伯への、あるいはオーン城壁への信頼故なのだろう。


 賑やかな空気にあてられて心なしか上機嫌になりながら向かうのはいつものお店。お得意様のところだ。

 私の扱う商品は一般受けしない、というのは各地を旅したときに知ったことではある。

 だったら比較的受け入れられるところに卸しに行くまでである。

 そう、私のような各地を旅することを目的とした者とかね。


「お邪魔しまーす!」

「おお! きたか、レイナちゃん! 今日はすごいねえ」


 着いた場所は冒険者協会。

 各地を旅する、あるいは名前の通り冒険を志すものたちへの支援を行う協会であり、その身分をある程度保障してくれるというとても大事な組織であるのだ。

 もちろん、ある程度というだけあって、冒険者協会の保証があっても方々で完全に信用されるわけではない。ここ大事。

 私が着いたのは自身もお世話になっている協会、その裏手である。


「半分は別のところですけどね」

「というと、やっぱりあっち?」


 裏で作業をしていた男性職員さんが話しかけてきて、私の言葉に反応して顔を向ける。

 職員さんが向いた方向にはひと際目立つお城が建っており、そこに住む者が何者であるかなんてすぐに理解できるだろう。

 

「はい。私の家が完成しましたのでその報告にと。この荷物はその成果というか、どういうものかを試してもらおうかなって」

「なるほどねー。でも、大丈夫……?」

「大丈夫です!」


 何が大丈夫なのか、とは聞くまい。

 懸念は理解しているが、そもそもこれらの品はあちら様のご要望ということで持ってきたものだ。

 問題なんてあるはずもない。

 喋りながらもてきぱきと積み荷を降ろしていき、引き渡しの準備を終える。

 あとは印をもらって完了だ。


「じゃあこれ、いつもの分とオマケを置いていきますね!」

「ありがとう。オマケって?」

「うちで取れた整腸薬です。お腹の調子が良くなるので、職員の皆で使ってみてください」

「ほー? ありがたく使わせてもらうよ。女性連中が使うかは分からないけど、その時はこっちで消費するから」

「はい。では、いつも通り帰りに寄りますね!」

「了解」


 印をもらったあとは、積み荷確認の時間つぶしのためにそこら辺を周るのが常だが、今回はもう一か所寄るところがある。

 

「よし、と」


 大分軽くなった荷車を引きながら、立派なお城へ向かって鼻歌を歌いつつ向かう。

 今日の取引のメインはあそこなのだ。

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虫喰みのレイナ 芋洋館 @imoyo-kan

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