エピローグ
お楽しみはこれから
七月の最終週に開催される八坂神社祇園祭は、龍ケ崎市にとっては年間を通しても最大のお祭りである。
祭りの期間中は無数の屋台が沿道に立ち並び、その並びに挟まれた中央の道をいくつもの神輿や山車が、太鼓や笛などの鳴り物が、そして市民チームによるパレードが、練り歩く。
ご存知、RYUとぴあ音頭パレードである。
パレードには子供たちも参列していた。子ダヌキのトリオと小次郎くんが、学校のお友達とチームを組んで。
踊り歩く子供たちの最前でチーム名の書かれたプラカードを掲げる大役は、このほど正式に水沼姓になった桔梗ちゃんが勤めていた。
沿道から娘の名前を呼ぶ夫婦から目を逸らした桔梗ちゃんは、恥ずかしそうではあっても決して嫌そうではなかった。
水沼夫妻が父母と呼ばれる日も、そう遠くはないという気がした。
「人と人との関係性ってのは日々変化を重ねて、絆は強まっていくものなのにゃ」
「いつも思ってるんだけど、君はいったいどの立場から物を言ってるんだろう……」
偉そうな口を利く子猫に、今日も今日とて村上春樹的なため息で応じる僕である。
お祭り見物を抜け出してやってきた駐車場は、大通りから一本路地裏に入っただけなのに、不思議なほど静かだった。
僕はそこでマサカドと話し込んでいる。
関係性の変化といえば、僕とマサカドはあれ以降頻繁に会うようになっていた。
この生意気なネコとは、話してみると妙に馬が合うことがわかった。
僕だけが正体を知っているという性質上他に出来ないような話も彼には出来たし、マサカドもまた唯一の話し相手である僕を重宝に感じているらしかった。
美しい友情は絶賛継続中なのである。箱買いしたチュール(いなばペットフード社)だってまだいっぱい残ってるし。
「変化も進展もしないのは、ハッちゃんと夕声ちゃんの仲くらいにゃ」
「うるさいなぁ……」
思いっきり渋面になりながら、屋台で買ったイカ焼きを一口頬張る。
夕声の失踪事件から一月近くが過ぎていたけれど、僕たちは未だに以前と同じような温度の付き合いを継続している。
関係性の名称自体は『友達』から『恋人』に変化しているはずなのだけど、それを確かめることすらできていない。
気恥ずかしすぎて。
そんなのはあまりにも照れが大きすぎて。
「にわかには信じられないような話をしちゃうけどさ……小次郎君と桔梗ちゃん、こないだ手つないで歩いてたらしいよ……最近の子供は進んでるよね……」
「信じられないのはハっちゃんのへたれっぷりのほうだにゃぁ」
心底呆れたという風にマサカドが言った、そのとき。
「ハチ、待たせたな」
水沼さんたちと話し込んでいた夕声が登場した。両方の手にたこ焼きと綿菓子をそれぞれ持って。
「お、マサカド。ハチにいちゃんと仲良くしてたのか? 他の猫はこいつに寄り付きもしないのに、あんたはほんとに人なつっこいなぁ」
たこ焼きの舟を僕に押しつけてマサカドをあやしはじめる。マサカドの弱いところを撫でたりくすぐったりする。
本性を隠してメロメロになっている毛深い友人に嫉妬心が燃え上がった。
おい、その素敵な女の子は僕の物なんだからな。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。つく舞、はじまっちゃうよ」
「あ、うん」
伝統芸能である『龍ケ崎の撞舞』。夕方から特設会場で催されるそれを見物するのが今日の最終目的だった。
「それじゃ、行こう」
そう行って歩き出そうとしてから、ふと思い立って。
夕声に向かって、僕は手を差し出した。
「……」
「……」
なにも言わずとも意図は伝わったらしい。
おずおずとではあるけど、夕声は僕の手を取ろうとして……。
「……!」
「……!」
指先同士が触れた瞬間に、お互い、弾かれたように手を引っ込めた。
「……にゃーん」
マサカドが猫みたいな鳴き声で呆れを表現した。
まぁ、いいや。急ぐ必要なんて無いのだ。
僕と夕声の仲はこれからも続いていくのだ。それこそ何十年先まで。
僕はそう望んでいるし、彼女だってそう望んでくれていると信じてる。
もう何度も擦り続けてきた言葉だけど、最後にもう一度。
お楽しみはこれからだ。
「そ、それより、早く行こうぜ! ほんとにはじまっちまうよ!」
「う、うん。あ、ちょっとまって荷物が……マサカド、イカ焼き食べる?」
「食べるにゃー」
「……え?」
「……あ」
「……にゃ」
やべ……!
女化町の現代異類婚姻譚・完
女化町の現代異類婚姻譚 東雲佑 @tasuku_shinonome
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