第6話 エアコン



四月一日は強い口調を時折使う。

余程私の行動を制限したいんだろう。


昨日の連絡、『上枝』、家族のこと__。


私が何も知らないと思ってるんでしょ。貴方の秘密なんてとっくのとうに見つけてるよ。








……。


「……商品代が……」


……。


「予算20000円。追加の20000円は当日回収できる。今の案は衣装にお金がかかりすぎでしょ。」


……。


「ただ、スタッフは半減しても回る。そうなると……」








「衣装費 6400円、内装費 12000円! 」


私が唐突に大きな声を出すので、四月一日は少しびっくりして肩をすぼめた。


「……合ってます。残りは商品代に回して、クラスの人から反発が出なければ、予算については通りますね。」


「じゃなくて……!無味乾燥すぎるよ!また雑談も何もしてないし、もう休憩しようよ。」


四月一日は、いつもの感情のない目でこっちを見つめた。


「『必要ですか』以外で答えてね。」



「…………私、体温が低いんですよ。」


めんどくさいのかなんなのか、ため息を一つついてから彼女は話し出した。


「平熱で35.5度くらい。熱を出しても36.5度だから、いっつも平熱扱い。毎年インフルエンザにはかかっちゃいますけど、体温が40度を超えたことはありませんね。」







「だから部屋の温度を上げます。」


ピ、と電子音が1音響いて、四月一日はリモコンを置いた。


「宇沙美さんが作業に関係ないことをする度エアコンの温度を上げます。」


「……そ、そんな殺生なぁ……!」


お、鬼……。誰がこんな猛暑日にあっつい部屋で過ごすのを望むのだろうか。


「私は、効率が悪いのは嫌いなんです。まずは作業をある程度終わらせてから、宇沙美さんがしたいことをすればいいじゃないですか。」


「正論言わなくてもいいじゃん!」


「ここは私の家だし。」


笑ってる、鬼女……!!


「仕事を押し付けられてしまったのは私の責任でもあるし、最大限協力しますよ。そんなにかかりませんって。」







*****



彼女の言葉は本当だった。


クラスの企画の案出し、予算計画、買いに行くもののリスト、帳簿つけ、ポスター担当や衣装担当への根回し、小道具制作……。

四月一日は的確に、効率的にことを進めていった。まるで頭の中にマニュアルを仕込んでいるみたいだ。

お昼も食べて、食べながら粘って、何とか明日少しやれば終わるくらいの量まで仕事をこなすことが出来た。


あの女は、結局お昼の時でもリビングには入れてくれなかった。







「上枝って__」


ピ。


「ちょっと!今日のお仕事はもう終わったでしょ!」


「終わったけど、エアコンの主導権は私にあります。」


四月一日は笑いを我慢していたのか、言い終わったあと薄く微笑んだ。ズレてるし人に興味ないし鈍感なやつなんだけど、こういう顔を一瞬だけ見せるのがずるい。












「文化祭の仕事が終わったら私のやりたい事させてくれるんでしょ。」


「……。」




眉ひとつ動かさず四月一日は、リモコンを机の上に置いて、部屋からいくつか物を手に取ってから立ち上がった。


「お風呂の準備してきたので、先に入ってもいいですか?」


「あーっ!逃げる気……!?」


いつそんなことをする時間があったのだろう。やっぱりマルチタスクができる人は違うな。


「人聞きの悪い。……じゃ、リビングも部屋も漁らないでね。」


「人聞きの悪いのはどっちだって!!」


言い終わるか言い終わらないかのうちに四月一日は部屋を出ていってしまった。またいつもの読めない、掴みどころのない表情に戻っている。


……要は彼女もこの家をほっつき回られるのは想定内だということだ。仕事の労いを得るべく、私も立ち上がった。

















「まあ、願い通り探りは入れないよ。私が興味あるのは……」



……あんたがお風呂にいることの方だしね。

四月一日は……あんなに魅力的で、無垢で、可愛くて、馬鹿で……自覚がないからこんなことされるんだ。そういうところがだめなんだよ。



夜が近づく。夢の中の私が目を覚ます。

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ラムネとさくらんぼ 吉田川 @popoempopoi

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