第5話 ひと夏の
その日の帰り道。帰り道になってやっと私は、自分がどれほどのことをしたのか理解したのだ。
__四月一日を、お泊まりに誘った。
しかも、あいつの家に。
そしてそれが了承されて、夏休みに1日、私とあの女は同じ部屋で寝泊まりすることになる。
勢い任せだった。昨日のことを探りたくて。半ば探偵が偵察をするような気分で、子どもの頃から得意な嘘を駆使しつつ、なんとか四月一日を言いくるめていた。相手は簡単に騙されるような馬鹿じゃないけど、深く詮索もしてこないやつだって、わかっていた。
それでもこんなにあっさり……あっさりできてしまうなんて、思いもしなかった。数ヶ月前までは教室にいても全く話をしなかった私たちが、いきなり片方の家に泊まりに行くなんて、流石に普通の人なら何か疑うものだ。あの……女は。あの女は……!!やっぱり異常者だ!!なんで私はあんな異常者に特別な感情を持ち続けているんだ。もう全く訳が分からない。わけが分からないはずなのに、なぜだかその日は足取りが軽かった。
*****
その日が近づく。その日が。塾の帰りに四月一日にばったり遭遇した日をすでに「あの日」と呼んでいるから、四月一日の家に泊まりに行く日は「その日」と呼ぶことにした。
日程は後日連絡して決めて、家まではあの日に鉢合わせた信号機のところで待ち合わせて、そこから送って行って貰えることになった。彼女の親御さんについても不安はなく、歓迎してくれているらしい。そりゃそうだ、中学生離れしていた娘が、クラスうメイトを家に連れてきたら親も安心するだろう。
ただ私は同性だけど四月一日を特別視しているので、そこだけは非常に後ろめたかった。
*****
今までのところ。私は現実で会う四月一日にさえ、自分の欲望をぶつけたいという気持ちを持つことが多い。あの鉄仮面を、夢と同じ顔にしてやりたいという……歪んだ欲望が、きっとあの日以来目覚めてしまったのだ。
それで何か、お泊まり中に手違いがあれば、あの鈍感さでも、流石に問題になるだろう。合意がなければ、多分女の子同士でも、普通に、犯罪だし。
いっその事、告白してしまおうか。
……いや、だめだ。今の段階だと「うーん、あなたのことよくわからないのでごめんなさいー。」と返される未来しか見えない。
そもそも、私は”本当に彼女のことが好き”なのだろうか。
今まで、私が恋愛的な意味で好きになるのは異性ばかりだった。初恋も隣の席の男の子。その次に好きになったのは近所のお兄さん。いきなり、クラスの呑気変人女を好きになるのは、あまりに突飛すぎやしないか。
つまり私が彼女を好きなのは、夏の恋愛推奨の空気に飲まれてってだけなのかもしれない。この季節が過ぎ去れば別に、「あの日」のことも、来たる「その日」のことも忘れる。平穏に、いつも通りの生活を取り戻せるんじゃないか。
だったらいっそこの季節くらい、あの子にも私のひどい気分を味あわせてやりたいものだ。
その日。
四月一日は約束通り、信号機の前まで迎えに来た。この前の言葉に違わず、あの時のスポーティな格好より、今日のは露出が少なかった。涼しそうな素材の半袖トップスに、上品なデニムのタイトスカートを合わせて、髪型も落ち着いている。……大人っぽい。普段はこういう服を着ている人なんだ。
今日は私も自転車で来ていたので、家に着くまでの時間はかなり短縮された。移動しながら、四月一日のタイトスカートは、自転車を漕ぐときに足を広げるから、前方から中身がしっかりと見えてしまうことに気がついた。本人は何も気にせず自転車を漕いでいく。周りに興味がないというか、普通に天然なんじゃないか、この人。
山を登りきった時、彼女がある家の門の前でいきなり歩みを止めた。
表札には『上枝』の文字。
四月一日はここで降りて、と指示し、自分の自転車もガレージの中に置いた。
その家には車もなく、彼女が鍵を取り出してドアを開けても、人の声一つ聞こえてこなかった。
「入っていいですよ。」
「上枝って……何?」
「んー……そういう話は涼しいところでしませんか?」
彼女の言うことも正しいので、大人しく家にお邪魔する。
他の家族は今日から用事があるらしい。他の部屋を見ることを防ぐように、真っ直ぐ四月一日の部屋に案内された。
部屋は……意外にも普通の、中学生の、一般的な部屋だった。強いて言うなら少し物が多いくらいだ。
「あっつー……。」
エアコンをつけて、そのままベッドにへたりこんだ四月一日の体は、まだ汗ばんでいて、妙に色っぽい。
力を抜いてベッドに投げ出された足を、嫌々持ち上げて短い丈の靴下を下げる。白くて綺麗な足が顕になった。学校では見るはずのない場所。また、私が荷物を置いてテーブルの前の床に座ると、さっき勝手に注意を払っていたタイトスカートから、もっと見ることができない場所が無防備に暴き出されていたのに気がついた。
うっすらと見えたのは薄緑で、レースをあしらった、想像よりも可愛らしい下着だった。大人っぽい服なんか着て、そこは全然大人びてないじゃん。彼女の秘密をまたひとつ、知れたことに密かな快感を覚える。何にも気づかず顔の前で手をパタパタと動かす四月一日に、言い得ない感情を感じていた。
「上枝ってなんなの?」
「……。」
「昨日のも」
「……」
「それは、言えません。」
毅然と言い放たれて、少し怯む。私は自分の部屋の整頓された机から、プリントを何枚か出してきて、またこっちに向き直った。
「文化祭の案出し。今はそれだけを考えててください。」
四月一日の顔は少し強ばっていた。
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