雨宿り、猫に話しかけるなど

ペン銀

雨宿り、猫に話しかけるなど

 「なぁ、キミ何をしているんだよ」

好奇心に耐えかねて僕はついに横にいる太々しい茶トラの猫に声を掛けた。

「にゃーん。んなぁん」

猫は気怠げに答えてきたが僕は猫語に詳しくないので彼がなんと言ったのかわからなかった。

 その猫との出会いはついさっき、急な天気雨から避難するためボロボロのトタン屋根と頼りなさげな木の板で囲まれた小さなバス停に駆け込んだ時のこと。僕を見るなり「チッ、人間が来やがった」みたいな顔でベンチから降り、左の壁とベンチの隙間にスッと入って身を隠してしまったのだ。僕はなんだか悪い気がしたけれど、でも田舎道の真ん中ではほかに雨を凌げる所もなかったので猫のご好意(?)に甘え一緒に雨宿らさせていただく事にした。僕がベンチに座ると猫は「ぉあー」と言い、こちらをチラッと見るとフッテリしたお腹を地面にくっつけ伏せてしまった。中は暗く、錆びた時刻表は1日に3本しかないバスの来る時間を健気に教えてくれる。眼前には砂利っぽい田舎道と田圃、遠くの深緑の山々。天気雨は時々強くなったり急に晴れたりと忙しく表情を変えた。一方で、それに合わせるかの様に隣の猫もまた忙しなくしていた。寝たかと思われた体勢でその実何かしているらしい。バス停の後ろと左右を囲う壁は下の方に十センチくらいの隙間があり、そこからパタパタと雫が内側に垂れてきていた。猫はその隙間から何か覗いては毛繕いし、また覗いては小石に肉球を押し付けるなどしていた。


 「……なぁ、何をしているんだよ」

猫語がわからなかったのでもう一度尋ねると僕の質問に尻尾をユラーと振って答えた彼はチラッと僕に目線を寄越すと呆れたようにハァーと溜息をついた。

「おい貴様、さっきオレが静かにしてろよって言ったの聞いてなかったのか?」

驚いたことに猫は身体だけでなく態度まで太々しいので僕はちょっとムッとなってしまった。

「ごめんって、僕猫語は知らないんだよ。そんな熱心に壁の向こうを見て何してるのか気になって」

「ハッ!これだから二足歩行は。違う種族に初めて声をかける時は相手の言葉で話すのが礼儀ってモンだろうが」

「ム……いや、まてよ。キミの方が先に猫語でなんか言ってただろ」

「あぁ、あれは挨拶じゃないからな。『チッ、人間が来やがった』って"独り言"だ」

「なるほど。独り言なら声を掛けたことにはならないか」

「そうだ」

どうやらこの猫は一休さんの様なトンチを好むらしい。ケモノの割によく回る頭だなと思う。

「ところで、」

「なんだ」

「結局キミは何をしていたんだよ」

三度も同じ質問をさせるなんて。少しくらい僕の話を聞いてくれたって良いだろうに!そう思ったらちょっとばかり語気が強くなった。

「オレが貴様に教えてやる理由があるか?ただ雨宿り先が一緒だっただけの人間風情に!」

僕の言外の苛立ちが伝わったのだろう猫はフンッと鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまった。しかしここは猫の言う通りであった。ただ一時、雨宿り先が同じだっただけの見ず知らずの、その上他種族に教えてやる義理は無いよなぁと思う。

「うーん、確かにそうだな。話しかけて悪かったよ。僕はここでひっそり見ているからどうかお構いなく」

「いーや、見るな。オレは見世物じゃねえ」

「そこをなんとか。気になるんだ」

見るな、いや見たい、を数度繰り返しなおも食い下がる僕にいよいよ猫の方が折れた。

「ハァ……これだから二足歩行は。いいかオレはな今日プロポーズするんだ。これはそのための準備だ。」

こんなぶっきらぼうな奴に想い人もとい想い猫がいるなんてちょっと意外だ。

「成る程な、そりゃ忙しなくもなるか。だけど、壁の向こうを見るのはどうしてなんだ?」

「もちろん、彼女が毎日これくらいの時間にここを通るからだ。わかったらもう放っておけ」

猫はそう言い終えるとまた壁の向こうを覗くのに専念し始めた。どうやら人間との問答はこれで終わりらしい。ところが数分の後、猫はオロオロペロペロとしだしたのでついにその彼女が来たんだなと思い至る。

「ま、緊張するな当たって砕けろだ」

「ゔなぁーん」

怒られてしまった。激励のつもりだったのに。雨はもうすっかり上がっており、太陽も顔を出して絶好のプロポーズ日和である。先に出て行った猫を覗き見ると、強張った背中の彼の前には美しいサビ柄猫が凛とした姿勢で佇んでいた。

「驚いた、あいつの想い猫がまさか……」

二、三何事か話し終えたらしいサビの猫は僕に気がつくと素早く近寄ってきた。

「ちょっと、お迎えに来てくれるのは嬉しいけれど見てたなら声を掛けて頂戴」

「えっと、ごめん。それで、その、あの猫にはなんて?」

「あらプロポーズされたけれど知っていたの?お受けしたわ。良いでしょ?」

こともなげに言ってみせた彼女は僕の家で暮らす猫であり、また僕は外出した彼女を迎えに来ていた人間であった。後ろをチラと見ると太々しい彼は目を見開いてこちらを見ている。「あ〜……」僕がしゃがむとサビ猫は腕の中に収まり澄ました顔で彼に言う。

「来るの?来ないの?」

すると気不味そうに彼は「よろしくお願いします……」とだけ言って僕の肩によじ登った。とても重かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨宿り、猫に話しかけるなど ペン銀 @pen_Ag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ