第7話 桃源坂矢取

「わ、よろしくお願いします、矢取さん」

 慌てて両手で名刺を受け取り、六文銭はまじまじと眺める。

 心理カウンセラー、桃源坂矢取。

 きっと彼が幹利の言っていたもう一人のカウンセラーなのだろう。

「もしかして矢取さんも苺花さんのカウンセリングで?」

「まあね。色々と難しい子だから」

 ひょいっと肩をすくめて矢取は答える。

 たしかにちょっと不思議な人だったなあ。突然初対面の人と結婚したいって言い出すなんて。

 ぼんやりと六文銭がそう思っていると、矢取は工房を覗き込んで中を見回していた。

「それより君と一緒にいたもう一人の子はどうしたんだい?」

「うぐ……」

 小さくうめき声を上げ、六文銭は肩を落としてしょんもりとする。

 察した矢取は優しく六文銭に声をかけてきた。

「何かあったのかな」

 心に空いてしまった隙間に入り込んでくるようなその穏やかな声色に、六文銭は自然と素直に答えていた。

「よくわからないんです」

「わからない?」

「俺たち友達なんですけど、ちょっといろいろあって、複雑というか……」

 もごもごと口ごもる六文銭を、矢取はそっと椅子へと誘導した。

 そしてその隣に自分も座り、六文銭と視線を合わせる。

「よければ話してもらえないかな」

「え、でも……」

「僕もカウンセラーのはしくれだからね。話を聞くことだけは得意なんだ」

 ゆっくりと諭され、六文銭は目を泳がせる。

 そしてたっぷり何秒もかけて迷った後、控えめな声で切り出した。

「ええと、あんまり大っぴらに話さないでほしいんですけど」

 そう前置きをして、六文銭は話し始める。

「俺とつづるちゃんは幼馴染で、でもちょっとした事故のせいで俺、昔のこと覚えてないんです。それをつづるちゃんは気にしてるみたいで」

 自然と組んでいた指を六文銭はいじいじと動かす。

「学生時代に色々あって、つづるちゃんすごく不安定になっちゃって……。目を離すとすぐ死のうとしちゃうから、俺、毎回止めてたんですけど」

「そうなのかい」

「はい。それで、この前大きな事件があって、つづるちゃんが俺に本音を言ってくれたんです。でも俺、つづるちゃんのこと大好きだから生きててほしいのに、なかなかつづるちゃんはそれを受け取ってくれなくて」

「へえ、そんなことが」

「だから俺、つづるちゃんに「一緒に生きてみようよ」って言ったんです」

 ふにゃりと笑って六文銭は言う。

 矢取はにこにことした笑顔のままだったが、心なしか困ったような雰囲気をただよわせていた。

「彼はそれを受けたのかい?」

「はい!」

 六文銭は元気に返事をする。

 矢取は苦笑いをした。

「なるほど。そんなつづるちゃんが今なんだかおかしいと」

「はい……」

 しょも……と肩を落とす六文銭に、矢取はどんな言葉をかけるべきか少し迷った後、乾いた笑いとともに言った。

「僕が思うにそれは拗ねてるんじゃないかな」

 六文銭はきょとんと目を丸くし、それから声を出して笑った。

「ええー? まっさかー」

 今つづるちゃんは拗ねていて、その原因は俺が婚約者候補になったから。

 そう考えれば、あのタイミングと態度にも説明はつくけれど……。

「だって俺たちただの友だちですよ?」

 俺はそう思ってるし、つづるちゃんだってそう思ってるに決まっている。

 六文銭はひとしきりけらけら笑った後、がっくりと肩を落とした。

「そりゃあ俺はお節介でいつもつづるちゃんと一緒にいるけど……つづるちゃんは嫌々それを受け入れてるみたいだし……」

 たしかに「通い妻」なんて軽口で呼ばれたりしているけれど、それは俺が勝手にお世話をしているだけだし。きっとつづるちゃんはお世話されることなんて望んでないし……。

「それに苺花さんのことだって、この場限りのことだって、ちゃんとつづるちゃんだってわかってますって!」

 ふんすと主張する六文銭に、矢取は軽く息を吐いた。

「……出会ったばかりの僕が言うのもなんだけど、少し彼に同情するよ」

 哀れみをこめた目を向けられ、六文銭は困惑で眉を八の字にする。

「そんなにですかあ……?」

「うん。そんなにだよ」

 矢取は穏やかな笑顔で静かに肯定する。

 六文銭はその言葉を受け取り、目を伏せた。

「そっかあ……じゃあつづるちゃんに謝らなきゃなあ……」

 でも何を謝ればいいんだろう。

 つづるちゃんが何に怒ってるのかも、まだピンときていないのに。

 矢取は立ち上がると、うむむむと考え込む六文銭の頭を一撫でして去っていった。

「それじゃあまた夕食の時にね」

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自殺判定士 曽根崎都弦の自殺衝動 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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