第6話 もう一人のカウンセラー

 やがて苺花は踊るような足取りで引っ込んでいき、彼女の補佐のように立っていた男性が申し訳なさそうに六文銭たちの前まで歩いてきた。

「この度は勘違いをしてしまいすみませんでした」

「あ、いえいえ、俺も強く言えなかったので……」

 六文銭は恐縮して頭を下げる。

 近づいてきた男性もまたぺこりと頭を下げて自己紹介をした。

「僕は椋木幹利。この館の主である椋木苺花さんの親戚です」

 その言葉に六文銭はふと浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

「親戚さんが同居されてるんですか?」

「ええまあ……ここで暮らすのは気楽でいいので、苺花さんのご厚意に甘えているのが現状です」

 幹利は恥ずかしそうに頬をかいた。

「カウンセラーの方が来られるのは聞いていました。お二人の部屋にご案内しますね」

 にこりと微笑み、幹利は二人を連れて歩き出す。

 よかったあ……えにし所長ちゃんと話通してくれてたんですね……。

 ほけほけとした表情で彼についていく六文銭とは対照的に、曽根崎はむすっと不満そうに顔を顰めながら歩き出した。

「本当に広いお屋敷ですねえ」

 外観通りの屋敷の広さに、六文銭はほとんど観光客のような気分になりながら周囲を見回す。

 西洋趣味の古風な内装のせいで、まるで本物の城のようだという印象を強く受ける。

 きっとここは、この館の主だという――椋木苺花のための城なのだ。

 お姫様みたいな格好していたし、ある意味ふさわしいのかもなあと能天気に思いながら六文銭は天井に吊るされたシャンデリアを見上げる。

「ええ。でもこの屋敷にいるのは僕と苺花さんと、先ほどの部屋にいた三人の男性だけですよ」

「あの方たちはええと……苺花さんの婚約者候補なんですか?」

「ああいえ。二人は婚約者候補ですが、残りの一人が六文銭さんと同じカウンセラーの方なんです」

 カウンセラー?

 きっと苺花さんのためだろうけど、猫屋敷さんが俺たち以外のカウンセラーを手配したのかなあ。

 んー? と首を捻る六文銭の仕草に、幹利は苦笑した。

「詳しい自己紹介はきっと夕食時にしてくださると思いますよ」

 そうはいわれてもなかなかの人数だ。

 男性陣だけで四人。苺花も入れれば五人にもなる。

「俺、覚えきれるかなあ……」

 しょも……と肩を落とす六文銭に、幹利は軽く声を上げて笑った。

「婚約者候補が二人と、親戚の僕が一人、苺花さんと、カウンセラーの方で合計五人だということさえわかっていれば、問題なく過ごせると思いますよ。幸いにもここには使用人などはいませんからね」

 でもやっぱり大人数だからなあ。

 不安になりながら六文銭は背後の曽根崎に顔を向けた。

「ねえ、つづるちゃんは覚えられそう?」

 しかし曽根崎は唇を尖らせながらぷいっと顔を背けた。

「……つづるちゃん?」

 重ねて尋ねるも曽根崎は六文銭のほうを見ようとしない。

 突然の友人の異変に六文銭は内心首をひねる。

 どうかしたのかなあ。なんだか不機嫌そうだけど……今になって体調が悪くなってきたとか?

 むくむくと膨れ上がる心配のままに六文銭はさらに曽根崎に声をかけようとする。

 しかし前を歩く幹利が立ち止まったのに気づいて、六文銭は慌てて足を止めた。

「お二人はここをお使いください。お食事の時間になりましたら、また呼びに来ますので」

 幹利が示したのは「ゲストルーム」と書かれた扉だった。

 分厚い扉に施された装飾は細やかで美しく、その豪華絢爛な雰囲気に六文銭の貧困な想像力は高級ホテルのロイヤルスイートをぼんやりと思い浮かべた。

「あ、ありがとうございますっ」

 それが自分たちのために用意されたのだという事実にガチガチに恐縮する六文銭に、幹利は微笑ましそうな目を向ける。

「そんなに畏まらなくても大した場所ではありませんよ。いえ、お客様にこう言うのは失礼ですね……」

 ぶつぶつと難しい顔で自問自答する幹利がなんだかおかしくて、六文銭は少し緊張を解いてふふふと笑う。

 その時、窓から離れのような建物が外に見えることに六文銭は気がついた。

 いや、離れにしては少し小振りだ。それに屋根から煙突が長く立っているのはどういうことだろう。

 もしかしてあそこでゴミでも燃やしてるのかなあ。

 六文銭がそんな視線を向けていると、幹利もそちらを覗き込んで補足してきた。

「ああ、あれは陶芸工房ですよ。先代の――苺花さんのご両親が趣味で使われていたんです」

「へえー、陶芸!」

 ますます何かのテーマパークみたいだ。

 日常ではなかなかお目にかかれない建物にソワソワとしていると、幹利は優しく声をかけてきた。

「行ってみますか?」



 案内された工房は、こじんまりとした可愛らしい建物だった。

 木でできた扉をぎいっと開くと、陶器の原料である土の匂いがむっと押し寄せてくる。

 六文銭はウキウキとした気分を隠さず、薄暗い室内へと足を踏み入れた。

「へえ、本格的なんですね!」

 見た目よりもずっと狭く感じる部屋に粘土やろくろが整然と並べられている。だが、ただ飾っているわけではなくかなり使い込まれたもののようだ。奥の扉を開けると、外にある陶芸窯へと繋がっていた。

「今でも僕が少し使わせてもらっているんです。下手の横好きですけどね」

「へえー」

 感心した様子で六文銭は陶芸工房を歩き回る。

「自由に見てもらって構いませんよ。僕は夕飯の支度で戻るので」

「あっ、ありがとうございます!」

 そう言って去っていく幹利に多少申し訳なさを覚えながら、六文銭はぺこっと頭を下げる。

 使用人はいないと言っていたので、もしかしたらこの屋敷の管理は幹利がおこなっているのかもしれない。

「なんだか山奥の生活を楽しんでるって感じあるよねえ。つづるちゃんはどう思う?」

 後ろについてはきているものの、やけに静かにしていた曽根崎に六文銭は視線を向ける。

 曽根崎はつんっと顔を逸らした。

 やっぱりなんだか様子がおかしい。

 六文銭は顔を背ける曽根崎を覗き込んだ。

「どうしたの? 何かあった?」

「……なんでもない」

 むすっとした顔で曽根崎はボソボソと言う。

「お前は誰にでもああいうことを言う奴だと再確認しただけだ」

「え? ああいう……?」

 唐突に苦言を呈され、六文銭ははてと考える。

 なんでつづるちゃんが怒ってるのかはわからないけれど、こう言うからにはきっと俺の行動に怒ってるんだよなあ……。

 そうやって逆算し、ううんと考えた後に六文銭は心当たりに思い至った。

「もしかして……俺が婚約者候補になるってこと?」

 恐る恐る尋ねると、曽根崎は眉間のしわをますます深くした。

「ええ……でもつづるちゃん、あれは……」

「うるさい。お前は間違ってない」

 言い訳をしようとした六文銭を曽根崎はピシャリと遮る。

 そして顔を顰めたままぽつりと言った。

「……俺が少し納得いかないだけだ」

 それだけを言うと曽根崎は沈黙する。

 つづるちゃんかなり怒ってるよ……どう言葉をかければいいのかな……。

 しょもしょもとした気分で六文銭は曽根崎を窺っていたが、不意に曽根崎はぷいっと踵を返した。

「先に部屋に戻る」

 それだけを言い残し、曽根崎は工房から出ていく。

 六文銭は何もできないままその背中を見送ることしかできなかった。

「つづるちゃん……」

 ぽつりと呟いた言葉が狭い工房に響き渡る。

 あとで謝らないとなあ……。

 でもどうして婚約者候補になるって言ったら怒ったんだろう。

 しょんもりとした気分と納得のいかなさでモヤモヤしていると、不意に工房のドアがぎいっと開いた。

「あれ、こんにちは」

 工房に入ってきたのは六文銭を玄関から強引に引きずっていったあの男性だった。

「君は六津田さん……じゃなくて、六文銭くんだったっけ」

「あ、はい。あなたは……」

「そうか、自己紹介がまだだったね」

 男性は懐から名刺を取り出し、六文銭に差し出した。

「僕はカウンセラーの桃源坂矢取とうげんざか やどり。気軽に矢取さんって呼んでくれると嬉しいな」

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