第5話 三人の婚約者たち

 屋敷の玄関ホールを抜けて右に曲がり、しばらくいったところの突き当たりのドアが開く。

 そこで六文銭を待っていたのは、三人の人物だった。

 奥にスーツ姿の男性が一人、手前にラフな格好の男性が二人だ。

 いっせいに注目された六文銭は居心地悪そうに縮こまった。

「最後の一人を連れてきましたよ、幹利さん」

 ここまで案内してくれた男性がそう言うと、奥に立っていたスーツの男性は不審そうに六文銭を見た後、誰かを呼びに行ったようだった。

 困惑顔の六文銭はおどおどと辺りを見回し、すぐ隣にいた男性に問いかけた。

「一体何が始まるんです……?」

「何って、婚約者ゲームだよ」

 据わった目の彼は、ほとんど睨みつけるようにスーツの男が消えていったドアを見つめている。

「苺花さんが出した試練を最初に突破した人が、苺花さんの婚約者になるんだ」

「こ、婚約者……?」

 言葉の端からひしひしと伝わる異様な気迫に、六文銭は逃げるように後ずさる。

 遅れてきた曽根崎とぶつかった。

「何がどうしてこうなっちゃったのかな」

「お前がその六津田とかいう男と間違えられているんだろう」

 冷静に指摘する曽根崎に、六文銭は顔を青くした。

「もしかして俺、婚約者候補だと思われてる?」

「もしかしなくてもそうだ」

 面倒そうな顔をする曽根崎とは対照的に、六文銭はあわあわと慌て始めた。

「あ、あのー俺違うんです、婚約者候補とかじゃなくて……」

 小さく手を上げながらの発言に、婚約者候補たちは殺気だった視線を向けてくる。六文銭は縮こまった。

「ひえ……」

 叱られた犬のような顔で六文銭はそろそろと曽根崎のもとへと後ずさってくる。

「苺花さんってたしか亡くなった被害者の婚約者さんじゃなかったっけ……」

「そうだな」

「ま、まさか婚約者を亡くしたばっかりなのに新しい婚約者を探してるってこと……!?」

「うるさい」

 耳元で小さく叫ぶ六文銭に、曽根崎は心底迷惑そうに体を傾ける。

 その時、部屋の奥の扉が開き、先程出ていった男性が戻ってきた。

 その後ろには一人の女性の姿が。

「皆さんようこそいらっしゃいました。この館の主人の椋木苺花です!」

 芝居がかって自己紹介をしたのは、時代錯誤なドレスを着た若い女性だった。

 その表情は晴れやかで、心の底から今から行われるイベントを楽しみにしているといった様子だ。

「なんか想像と違う感じだねえ……」

 悲嘆に暮れている女性を想像していた六文銭は、声を潜めて曽根崎に顔を寄せる。

「一途な愛情なんてそうそう存在しないということだろう。いなくなったから次を見つける。合理的なことだな」

 突き放すように言う曽根崎に、六文銭は眉を八の字にした。

「合理的って……もしかしたら婚約者がいなくなった寂しさをごまかすためにこんなことしてるのかもしれないでしょ!」

 曽根崎は片眉を跳ね上げて視線だけで六文銭を見た。

「お前は物事を好意的に捉えすぎだ」

「そんなこと言われてもぉ……」

 言いがかりのようなことを言われ、六文銭はがっくりと肩を落とす。

 そうやってヒソヒソと話し合っていると、ふと苺花がこちらに目を向けた。

「あら? あなたがたはどなたかしら?」

 不思議そうに尋ねる苺花に、六文銭をここまで案内した男性がきょとんと首をかしげる。

「ん? 六津田さんですよね? 最後の婚約者候補の」

「ち、違います! 俺は六津田さんじゃなくて六文銭です!」

 沈黙。

 自分で主張したというのにいたたまれなくなってきた六文銭は身を縮こまらせる。

 やがて、ここまで案内してきたあの男性が苦笑いしながら手を挙げた。

「あー……ごめんなさい。僕が人違いをしちゃったみたいです」

 ははは……と乾いた笑いが虚しく部屋に響く。

 その微妙な空気を破ったのは、苺花を呼びにいったあの男性だった。

「だとすれば君は誰なのかな?」

「あっ、俺セラピスト見習いの六文銭です。後から来る予定の夢食えにしの弟子? です!」

「六文銭さん……?」

 苺花にぽつりと復唱され、六文銭は挙動不審になりながら彼女を伺う。

「はい六文銭ですが……」

「…………」

「あのー……?」

 苺花に食い入るように見つめられ、六文銭は一歩後ずさる。

 一方の苺花はキラキラと目を輝かせていた。

「な、なんて……」

「え?」

 ずだだっと苺花は六文銭に駆け寄り、彼の両手を掴んで詰め寄った。

「なんて素敵な殿方!」

「へ?」

「わたくし、一目惚れしてしまいましたっ!」

 高らかに宣言する苺花に、咄嗟に反応できず六文銭は固まってしまう。

 それをいいことに苺花は抱きつかんばかりに六文銭へと密着する。

「ええ、ええ! 決めました! わたくしこの方と結婚します!」

 ぱくぱくと口を開け閉めしていた六文銭は、その時になってようやく事態を理解した。

「えっ、ええええ!? 結婚!?」

 六文銭が離れようとするも、苺花はその腕をがっしり掴んで離さない。その表情はすっかり恋する乙女のそれだ。

「苺花さんそんな無茶なことがありますか」

「そうですよ、試練で選ぶという約束じゃありませんか」

 婚約者候補と思わしき二人に異を唱えられ、苺花は大げさに天を仰いだ。

「そうですよね、遠路はるばる来てくださったお二人に悪いですもの。六文銭さんにも試練を受けてもらわなければ!」

 くるくる踊り出してしまいそうなテンションの苺花を六文銭はなんとか止めようとする。

「えっ、あのっ、俺結婚とかは考えてなくてっ」

「六文銭さん!」

「は、はいっ!」

 強く名前を呼ばれ、六文銭は思わず背筋を正してしまった。

 そんな彼に苺花はしなだれかかって涙ぐむ。

「今のわたくしには結婚に思いを馳せることしか心の支えがないのです。もしあなたに断られたら死んでしまうかもしれません」

「そ、そんな死ぬなんてダメですよお!」

「ええですから六文銭さん。六文銭さんもこの試練を通してわたくしと愛を確かめあい、ゆくゆくはわたくしと人生を共にしてほしいのです!」

「…………」

 人生を共に、のあたりで曽根崎の目が鋭くなる。

 ただよってきた不穏な雰囲気に曽根崎は肘で六文銭を小突いた。

「おい六文銭」

「……わかりました」

「は?」

 間抜けな声を上げる曽根崎をよそに、六文銭はキリッとして苺花の手を取った。

「それで苺花さんが満足するなら、俺、試練に参加します!」

「嬉しい! あなたならきっと試練を乗り越えられますわ!」

 まるで御伽噺を切り取ったような二人だけの世界が形成される。

 視界の端で曽根崎がショックを受けたように顔をしかめたことに、六文銭は気がつかなかった。

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