第4話 派手な勘違い

 週末。

 曽根崎と六文銭はS県山奥に向かうタクシーに揺られていた。

 こういった移動中の曽根崎の行動は、常ならば読書をするか外をぼんやり見るかの二択だ。だが、道が悪いせいで車体の揺れはひどく、結果として彼に残された選択肢はその片方しかなかった。

 しかめっ面で変わり映えのしない山の景色を眺める曽根崎の横顔に、六文銭は心配そうな声をかける。

「つづるちゃん酔ってない? 大丈夫?」

「大丈夫だ」

「でも顔色悪いよ……?」

「俺の顔色が悪いのは普段からだろう」

「それはそうだけどお……」

 対する六文銭はこういった時、そわそわと落ち着かない様子で外を見たり、同行者に話しかけたりすることが多い。

 だが曽根崎が同乗しているときは、そのほとんどの時間が彼に対する心配に割かれていた。

 つづるちゃん、調子が悪いのを隠して乗り物酔いしちゃうこと多いからなあ……。

 いつでも酔い止めの薬を出せるように準備しながら、六文銭は自分の折りたたみケータイをちらりと見る。

 右上のアンテナは心細く一本だけしか立っていなかった。

「猫屋敷さんの言ってた通り、電波はあんまりきてないみたい」

「これだけ山奥ならな。目的地の屋敷に電話線はつながっているらしいから別にいいだろう」

「さすがに電話がつながってないと不便だもんねえ」

 内容があるようでない雑談をしているうちに、タクシーは急にぽっかりと開けた場所に出た。

 後部座席に座る二人が少しかがんでフロントガラスの向こうを見ると、そこには三階建ての洋館が鎮座していた。

 小洒落た形の窓に、狭いバルコニー。正面には広い階段と、いかにも重厚そうな入口の扉。

 薄暗い木々に隠されるようにくすんだ白色の壁が聳え立つ様は、まるで御伽噺の中の建物をいびつに切り取ったかのようだ。

「ひええ……こんな豪邸なんて聞いてないよお……!」

「わざわざ山奥にこんなものを建てて住むとは趣味が悪いな」

「つづるちゃん、それ依頼人さんたちに絶対言っちゃだめだよ……?」

 無駄に終わるかもしれないとは思いつつ、六文銭は釘を刺す。

 どうしてつづるちゃんは息をするように喧嘩を売っちゃうのかなあ。

 腕っ節が弱いくせにやけに好戦的な物言いをする友人に肩を落としながら、六文銭はタクシーから降りた。

 料金を支払うと、タクシーはガタゴトと車体を揺らしながら来た道を去っていった。

 猫屋敷が通してくれたアポイントによると、自分達はここに一泊してケア対象の話を聞くらしい。

「俺、うまくできるかなあ……」

「喧嘩を売らなければ上出来だろう」

「もーつづるちゃんじゃないんだからそんなことしないよ!」

「お前はお前で相当だと思うが」

 曽根崎の言葉に、六文銭は首をかしげる。曽根崎は嘆息した。

「天然だからタチが悪い」

「えっ」

「いいか。踏み込みすぎたことを言うんじゃないぞ。お前はその辺の距離感に鈍すぎる」

「ええ……?」

 珍しく忠告めいたことを言う曽根崎に、そんなにかなあと六文銭は脳内にはてなマークを飛ばす。

「フレンドリーなのも考えものだということだ」

「うーん……よくわかんないけど、つづるちゃんがそう言うならそうなのかもねえ……」

 ここで考えても仕方がない、と思考をストップさせ、六文銭はふにゃりと笑う。

「……そういうところだぞ」

 しかめっ面で言いながら、曽根崎はさっさと玄関へと向かっていった。

「ま、待ってよお」

 宿泊用の大きなカバンを持ちながら、六文銭も玄関前にたどり着く。

 しかし、玄関扉は大袈裟なほど立派で、六文銭はその前に立ってオロオロしてしまった。

「つづるちゃん、これどうすればいいの……?」

「その輪っかがドアノッカーだ。それでノックしろ」

 言われてみると、六文銭のちょうど視線より少し下の位置に、ライオンが輪っかを咥えた装飾があった。

 六文銭はそれに手をかけると、ごくりと唾を飲み込んだ。

「い、いくよ」

「さっさとやれ」

 輪をドアにぶつけると、コンコンと大きめのノック音が響く。

 十数秒の静寂。

 一向に開く気配のない扉に、六文銭は曽根崎に困り果てた目を向けた。

「ど、どうしよう……もう一回鳴らしてみる……?」

「もう少し待て。屋敷は広いんだから、すぐには開かないだろう」

「あ、それもそう――」

「いらっしゃいませ、どなたでしょう?」

「わひゃあ!?」

 突然開いた扉に六文銭はひっくり返るほど驚いた。

 一方、扉を開けた人物はキョトンと目を丸くしている。

 三十代ほどの物腰柔らかそうな青年だ。ほんの少し色がついたメガネをかけており、その奥には吊り目がちの目元が隠されている。

 いつまで経っても挨拶しようとしない六文銭に、曽根崎は仕方なさそうに咳払いをした。

 六文銭はハッとして姿勢を正す。

 そしてガチガチに緊張しながら彼に頭を下げた。

「こっ、こんにちは。俺、今日ここに来る予定の六文――」

「もしかしてだね!」

「へっ?」

 聞き覚えのない名前で呼ばれ、咄嗟に否定できずに六文銭は停止する。

 ドアを開けた男性はそんな六文銭の腕を引いて、屋敷の中に引きずり込んだ。

「ほらほら早く入って! 他の方はもう来ているよ!」

「えっ、えっ!?」

 困惑したまま素直に引きずられていく六文銭に、曽根崎は嘆息して、その後ろをマイペースについていった。

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