最終章 再開


 その後、POTの今後を担うであろうという、ワケアリ人間救済プロジェクト、好評を博していたこの体当たり企画はその人気ぶりを一気に低迷させることとなった。

 理由としては、こうである。

 栞の退出が決まると、その翌々日に、

「しおちゃんが辞めるならあたしもや~めゆ~」

 などと言って薫子が周囲の人物を驚かせた。

 投票第一位の薫子が辞めるとあっては、番組の今後に差し障りが出るということで、スタッフからの静止もあったらしいが、相手はあの薫子である。周囲の声など聞く耳持たず、さっさと荷物をまとめて出て行ったらしい。


 そのさらに二週間後の話。

 お披露目ライブは一応開催された。

 番組の熱心なファンは、それでも今まで応援をしていたメンバーたちをひと目見ようと駆けつけ、持ち曲が一曲しかない彼女たちを存分に応援した。その為か、大半は、視聴者からの質問に答えていく形式のトークに終始することとなった。尺の問題か、ステージ上で愛が持ち歌をせがまれていたが、固辞していた。

 栞は、そんな様子を実家で一人、体育座りになって視聴した。


 さらにお披露目ライブが終わったその翌日。

 今度は由利穂、新垣、知菜、愛が揃って退出を申し出た。

 由利穂は思うところがあって。

 新垣も同じ理由で。

 知菜は結局のところ、学業に専念する道を選んだらしい。やはりあの毎日は、まだ小学生の知菜にとっては窮屈だったのだろう。もちろん、仲の良かった薫子が突然いなくなったというのも理由としては大きいとのことだった。

 愛は流石に娘が出て行ったのに、自分が一人ここに残るわけにはいかないという至極全うな理由からである。

 最も――、栞は染夜愛のその理由だけは信じていなかった。彼女は、また新たな隠れ蓑を探しに行ったのだろうと思っている。

 そうして轍だけが残った。

 かに見えた。

 暫く経つと、新しいメンバーが三人も追加された。

 聞くところによると、メンバーの複数追加は既定路線だったらしい。

 最下位を連続で取ったら強制退出というラインも、いずれは繰り上がって最下位&その一つ上の順位になる予定だったそうだ。マンネリ化しない為の、番組側のテコ入れである。度重なる退出の申し出に、番組側がメンバー追加の予定を早めただけなのだとか。

 なんのことはない。

 結局、栞が退出するのは、遅かれ早かれ時間の問題だったのだ。

 しかし、追加されたメンバーに、いなくなった染夜愛や神瀬由利穂を補うだけのネームバリューは無かった。

 視聴者の声も、

『うーんいまいち』『面子が微妙』『もう見なくていいや』『そういえば、いなくなった奴らって今なにしてんの?』『俺もそっちのが興味あるわ』

 と、相も変わらず辛辣だった。

『俺はまだ見るぞ』『応援してる』『まあ、だらだら見るにはちょうどいい番組だし』

 こんな温かい(?)声援も中にはあったが。

「がんばって」

 そう呟き、栞はスマホの画面をそっとオフにした。




『おまたせ。どこにいる?』

 しゅぽんとメッセージが届く。

『公園。噴水のとこ』

『りょうかい』

 二分後。

「待った?」

 キラキラと輝く少女が栞の元に駈けて来た。細身のジーンズに黒のシャツ。出会った時のオーラと変わらない、そう、神瀬由利穂である。

 駅前にいた周りの人たちも栞には気が付かなかったようだが、由利穂の存在には気づいたようだ。ちょっと傷つく。これでもかなりの間メディアに露出し、話題になった方だと思うのだが。

 比較。悪い癖だと首を振る。

「って、どうかしたの?」

「ううん。なんでもない。千里さんとも今会ったところ。愛さんはわかんない。かおちゃんは遅れて来るとか言ってたよ」

「ふーん。で? その千里さんはどこ?」

 鼎ハウスでも散々遅刻してきた薫子だった。由利穂も、そんな薫子には慣れっこなのか、大して反応を示さない。

「え? 千里さんならそこに――って、あれ? いない……って、ああ!」

 新垣の姿を探してみれば、駅前から離れて行くところだった。

「栞、走るよ」

「う、うん。ていうか千里さん、なんでお土産屋入ってくの……」


「栞は今実家だっけ? 薫子さんは今どこで何してるの?」

「実家だよ。かおちゃんは、愛さん家に居候してるらしいよ。だから今日ももしかしたら一緒に来るかもね」

「マジで?」

 目的地までの道すがら、由利穂と新垣の三人で話す。現状の報告だ。

「なんでまた」

「さあ……わたしにも。頼んだらおっけーもらったーわーいって、本人は言ってたけど。だいたい知菜ちゃんと毎日遊んでるだけだって」

「自由が過ぎる」

「栞さんも住むところまだ決まってないのなら、私の家に一緒に住みますか? 部屋は余ってますよ」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。元アナウンサーの家。一体どんなお屋敷なんだろう。

「えー? それなら私と一緒に住もうよ」

「由利穂って実家でしょ?」

「そうだけどさあ……いいなあ。懐かしい。カメラはもう懲り懲りだけど、みんなで一緒に住むのももう一回くらいやりたいな」

 ほんの一ヶ月前の出来事なのに、もう懐かしかった。無理もない。それほど密度の濃い一ヶ月だった。

 風が吹いた。北から吹く、少し冷たい風。夏も終わりが近づいて来ている。

 栞は立ち止まって新垣に頭を下げる。

「よろしくお願いします。今度は本気で親を説得しなきゃいけないので、その後になりますけど」

「こちらこそ、お待ちしております」

 そう言って新垣は丁寧に頭を下げ返した。


 部屋をノックする。たしか、ここのはずだ。

「はーい」

 中から聞き慣れた、甲高い耳に付く声が聞こえた。

「やっほー。しおりーん。また会ったねー。ゆりぽんに千里さんも」

「……りん?」

「……ぽん?」

 由利穂が不愉快そうに片眉を上げた。相変わらず相性はそこまで良くないと見える。

 そこはビルの一室だった。古臭いオフィスビルの一角である。

 扉を開けると、部屋の中央にガラステーブルがあり、向かい合うようにして濃い茶色のソファが置いてあった。その一つにアリサが身を沈めている。肌の露出はあの時と変わっていなかった。あの生活で露出にでも目覚めたのか。ゴスロリはどうした。あれからも、ファンに向けて配信を行っているようだし、いちいち着替えるのが面倒くさいのかもしれない。彼女の性格なら有り得る話だ。

 セクシーというより、これはもう下品の領域だと栞は思っている。口には出さないけれど。

 隣にはこれまた見慣れた塩入と広田の姿があった。

「お久しぶりです」

「お久しぶり」

「ひさー」

 塩入と広田との挨拶もそこそこに、アリサが話し出す。

「じゃ、始めちゃおっか。おっつけあいつらも来るっしょ。ま、適当に座って座って。

 真逆ねー。こんな簡単にお金集まると思ってなかったー。やっぱ今の時代、なんでもかんでも自分でやっちゃった方が早いよねー。みーんなネームバリューだけはあるし、余裕っしょ」

「相変わらず舐めてるね。アイドル」

「はあ? じゃあ、やんなきゃいいじゃん。言い出しっぺはあたしなんだから今回はあたしが一番偉いはずでしょ。社長よ、社長。あん時とは違うんだよ。センターはあーたーしー」

「はいはい。分かりましたよ、アリサさん」

「気に食わねー。ねー? しおりん。こんなん外してあたしらだけでやろっか?」

「ええっと。それは……」

「アリサー。残念だけど、もう広田さんとの話し合いでメインは新垣アナって決まってるから無理ー。そこはひっくり返せなーい」

「やーだ! 千里さんならあーしだってオッケーあげちゃーう!」

「曲は本当にポイント・オブ・ノーリターンでいくんですか?」

 アリサのことなどガン無視して、新垣が広田に問いかけた。

 その質問を待っていたのか、広田がにやりと笑う。

「作曲者俺だし。著作権は俺にあるからね。曲をどう扱おうと俺の自由……曲の収録もこれからのはずだったのに、君らどんどん退出するもんだから結局流れちゃったし。ま、俺からすれば万々歳よ。お蔵入りには勿体ない出来だったし、それに……せっかく歌上手くなった子もいるのにね。忍びないじゃない」

 広田が栞をちらと見た。

 複雑な心境だった。栞としても名残り惜しかったのは事実だ。部屋で一人丸くなって由利穂たちのライブを見るのは何とも言えない気分だった。自分がいたかもしれない空間。応援したいが、気分は沈む。

 しかしである。時間が経過し、ようやく気持ちを整理させた後で今回の話である。気持ちが追いついていなかった。

「安心してよ。POT側にはちゃんと許可取ったから。君らがもう一回アイドルグループ始めようとしてるって聞いたらプロデューサー、喜んでたよ?」

「なんでまた?」

 由利穂が問い返した。

「始めこそ、あのプロデューサーも凹んでたんだけどね……。でも思い直したらしいよ? 君らが成功すれば、ワケアリ人間救済プロジェクトの注目度もまた上がるって。いずれは対決みたいなことやりたいってさ。そっちの方が燃えるし、グループ名も曲もそのまま使ってくれるんなら良いですよって向こうから言われたよ。そのうち取材に行くからそん時はよろしくって」

「調子の良い」

「タダじゃ起きないという気概が伝わってきますね」

「そんなわけだから。これからよろしく」

「よろしくー。結構みんな踊れてきたのに勿体なかったからねー。知菜ちゃんは残念だけど」

「そうですね……」

 一瞬、静寂が満ちた。

 その静寂を破るように、栞のスマホが鳴った。

『しおちゃ~ん! ここどこー! 迷子になっちゃったよ~!』

 薫子だ。愛も一緒らしい。

 電話を切って、皆に告げた。

「すいません。ちょっとかおちゃんと愛さんを迎えに行ってきます」

「いてらー」

 アリサが脚を組み、偉そうに手を振った。……いや、偉そうではなく、実際に偉いのだ。

 今やアリサは、このアイドル事務所の社長、兼所属アイドルだった。


 知菜を覗く、栞、由利穂、新垣、薫子、愛はもう一度アイドルグループを始めようということになった。

 由利穂も新垣も、薫子も愛も、栞に対して思うところはあったらしい。

 そうしてコンタクトを取ったのが、ワケアリ人間救済プロジェクトで一番始めに脱落したアリサだった。

 アリサが自らアイドルグループを発足しようと資金を募り、クラウドファンディングを始めたことは、新垣の話で聞いていた。

 新垣は密かにアリサと連絡を取り合っていたらしい。

 実家で日がな一日これからどうしようとぼうとしている栞に――それでも強制退出になって一週間後の出来事だったのだが――新垣からアリサのアイドルプロジェクトを紹介されたのだ。

 ――そういえば、メンバー募集してるとか言ってたっけ。

 驚きだったのはアリサが会社を立ち上げたということだ。何かの間違いじゃないかとも思ったが、『アイドルやるなら事務所なきゃ始まんないよねー。でももう命令されんのやだしー、なら自分で作っちゃおって思って。お金いーっぱい集まったし。きゃは』という新垣からそのまま伝え聞いたアリサの言葉を聞き、多少は納得できた。

 しかしそうは言っても、発起人があのアリサということでは胡散臭さしかない。頼るにしてもアリサだけはないんじゃないか。だが、携帯電話の番号を交換した由利穂からその後、また一緒に何かやれないか、と度々せっつかれていたこともあり、じゃあやるにしてもやらないにしても、とりあえず一度会って話を聞いてみるくらいならいいかという結論に至ったのだ。

 それが今日である。

 ずっと一緒にいると誓った薫子を誘わないわけにもいかない。

 声を掛けると一も二もなく、飛びついて来、『じゃあ、愛さんも暇そうにしてるから連れてく~』とも同時に送ってきた。

 暇そうって。

 ――まあ、鼎ハウスよりは自由がきくよね。

 愛がまたアイドルを始めるとしても、鼎ハウスに一人残る選択肢と違って、何も離れ離れで暮らすわけじゃない。それに今は薫子も居候として住んでいるらしい。なんとかなりそうだ。

「広田さんと塩入さんまでいるとは思わなかったけど」

 元々アリサが所属していたザ・セスタ活動中に知り合ったのは、なんとなく知っていた。

 連絡先の一つ二つ知っているのは分かるが、それであのアリサの依頼をすんなり引き受けてくれるとは。

 ――点数、か。

 人からの評価。

 見た目や性格、態度だけで計れないものだってある。

 一回や二回、それこそ一ヶ月付き合っただけじゃわからないものだって当然あるだろう。

 それまでの付き合いだってあるし、目には映らないところを評価している場合だって。

 ある人にとっては、最低かもしれなくても、別の人にとっては最高かもしれないのだ。一部が良くて、他は全部駄目なんてことだってあるわけだし、その逆だってあり得る。

 点数だけじゃ計れないものだってある。

 ――誰かにとっての最高、か。

 あの脱落が決まってしまった瞬間、久し振りにSNSを開くと、それまで放置しっぱなしだった栞のアカウントに大量のダイレクトメールが届いているのに気が付いた。それまで通知をオフにしていたのである。

 共感の言葉。

 応援の言葉。

 栞のこの先を憂いる言葉。

 そのどれもが今や栞にとって宝物で、滅気かけた栞にもう一度勇気を与えてくれた。

 アイドルとしてのわたし、それも悪くない。今ならそう思える。

 バンドは、まだ諦めたわけじゃないけれど。

 ――進もう。

 未来なんて結局、明るいんだか暗いんだか行って確かめてみるまで分からないんだ。その時になってみても、それが自分だと分からないことだってある。

 今立っている場所は、もしかしなくとも自分の理想とは違う場所なんじゃないか。

 謎だらけで闇だらけ。明るくても一寸先が落とし穴で奈落の底、なんてこともあるし、実際あった。

 栞だけじゃない。あらゆる人にばらばらに、さながら雨みたいに降り注ぐ。

 けれど、それでも。

 ――進むしか、ないよね。

 ――今度、あきちゃんに会いに行ってみよう。

 怖くて目を背けていたけれど、いい加減向き合わなければ。


 そうだ。

 もう一度這い上がるんだ。

 また、底に落っこちちゃったけれど。

 ――それでも。

 照らされる一筋の光に向かって。





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炎上上等!! ワケアリ人間救済プロジェクト ~あなたの夢を叶えたい~ 水乃戸あみ @yumies

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